第21話 会見 1
案内された客室は、行き届いた部屋でした。アーチ型の大きな掃き出し窓が二つ並んでいて、明るい夏の光が室内に差し込んでいます。窓は両開きで、そこからバルコニーへ出られるようになっていました。ここは三階なので、バルコニーへ出ると王都の町並みが眼下に広がります。
部屋の中央には、ふかふかのソファと、長方形のガラス製テーブルが置かれています。壁には、王国の景勝地を描いた美しい風景画が三枚、等間隔に飾られていました。
風景画の向かい側の壁には、作り付けのマントルピース。その奥には、隣の寝室へ通じる扉です。マントルピースの上の壁面には、王家の紋章をデザインしたタペストリーが掛けられています。そしてマントルピースの上には、いろいろな種類のパイプ煙草が、きちんと並べて置かれていました。
クロコディウスはさっそく、高級そうなソファにダイブします。うつ伏せに寝転がり、ひじ掛けに下顎を載せました。だらしなく尻尾を床まで垂らして、完全リラックスモードです。
「すげえいい部屋だな。博士の家とは大違いだぜ」
「イナカン村の一般民家と王城の客室を比べるのが間違っとるんじゃ」
「それにしてもよお、ずいぶん快適じゃねえか。廊下と温度が違うだろ」
クロコディウスの言う通りでした。外は暑い盛りだというのに、この部屋の中は暑くなく寒くなく、実に快適な居心地です。ときおり、どこからともなく柔らかい風が吹いてきて、心地良く肌を撫でていきます。
「これにはな、種も仕掛けもあるのじゃよ。えーっと……」
博士は室内を見まわしました。部屋の奥のほうの一角に、腰の高さほどの、大きなサイコロ型をした木箱のようなものが置かれています。きれいに磨かれた箱の表面には、びっしりとルーン文字が彫られていました。
「おお、やっぱりそうじゃ! これじゃよ!」
博士は嬉しそうに木箱に近寄ります。
「これは精霊統御箱といってな、精霊の力を調節して周囲を快適に保つ魔導具なのじゃ。たとえば今は夏だから、火の精霊の力を少し弱めてやる。すると、この部屋のように涼しくなる。わしも実物を見るのは初めてじゃ」
「そいつは便利だな。一台買おうぜ」
「馬鹿を言うでない。これは最新の魔導具で、家が二、三軒建てられるほどの値段なんじゃぞ。それに、魔術師でないと扱えぬ。わしは仕組みは知っておるが使いこなせぬよ」
「なんでえ。それじゃしょうがねえなあ」
と、扉がノックされ、侍女の服装をした、金髪のエルフ女性が部屋へ入ってきました。手には、グラスを三つ載せたお盆を持っています。
「失礼します。お飲み物をどうぞ」
女性はテーブルの上にグラスを並べます。
「おう、ありがとよ。レモン水か。よく冷えてるな」
クロコディウスは寝そべったままグラスを手に取ると、行儀悪くレモン水をぴちゃぴちゃやりはじめました。器用にこぼさず飲んでいます。
「ああ、どうぞお構いなく」
博士は精霊統御箱に夢中です。箱のあちこちを眺めたまま振り向きもせず、気のない空返事を返しました。たぶん、女性の声などまともに耳に入っていないでしょう。
「あの、わたくしもここで一緒にレモン水、頂いてもいいかしら?」
「おう、飲んでいけよ。それにしても、仕事中に客の部屋でサボるとはいい度胸じゃねえか。へっへっへ」
客と一緒に飲み物を、とは、珍しい侍女です。ソファに腰かけると、なにやら楽しそうに二人の客を見やります。
「先生も、冷たいうちにどうぞ」
「そうだぜ。せっかく持ってきたのに、無視すんのは失礼ってもんだ」
「わかったわかった。今行くから……ん? 先生……じゃと?」
博士は、はっとして振り返りました。目に飛び込んできたのは、姿勢よくソファに腰かけるエルフの女性と、その向かいのソファで寝転がって尻尾をブラブラさせているワニ獣人の姿です。博士は青ざめました。
「ク、クロコディウス! 跪くのじゃ!」
博士は急いで侍女の前に来ると、自らも跪きました。
「失礼いたしました! 女王陛下!」
「女王陛下だと?」
「そうじゃ。ファンタジア王国第十八代国王、ヴィジンダナ女王陛下じゃ!」
「へっ、冗談キツイぜ」
「冗談キツイのはお前の態度じゃ。せめて敬語で話してくれ」
「いいえ、いいんですよ先生。クロコディウス様も、普通になさってください。ごめんなさいね、先生がいらしたと報告を受けたものだから、ちょっとびっくりさせようと思って」
女王陛下と呼ばれた女性は、楽しそうに笑いました。人間の年齢でいうと、二十代半ばといったところです。長く美しい金髪、陶器のように白い肌。目鼻立ちは、これ以上は望めないといったほどに整っていました。
ただ美しいだけではありません。深い緑色の瞳は理知的で、王国を背負う者としての、強い意志が感じられます。
まだ若く、体つきは華奢な印象を受けますが、弱さを微塵も感じさせないオーラのようなものを放っています。美しさと強さを兼ね備えた、統治者として申し分ない女王の姿でした。
「まさか、博士が女王と知り合いだなんてな」
「アリゲイト博士は、わたくしの魔法学院時代の恩師なのですよ」
「陛下、申し訳ありませぬ。陛下と会見するなどということが万一にも漏れぬよう、この者本人にも伏せておいたもので」
「わたくしも、正式な謁見式をと思ったのですが、それでは話しにくいこともあると考え直し、こういう形でお話をすることにしたのです」
ヴィジンダナ女王はにこやかな表情から真面目な表情に変わり、居ずまいを正してクロコディウスのほうを向きました。
「クロコディウス様。ワルダーの件ではイナカン村を救っていただき、ありがとう。王国を代表してお礼を申し上げます」
女王は一介の獣人に、深く頭を下げました。こうなると、クロコディウスも寝転がっているわけにはいきません。慌てて起き上がり、まともに座り直しました。
「やめてくれよ。女王様に頭を下げられちゃあ、調子が狂っちまう。それに、博士との約束だからな。俺は約束通りにしただけだ」
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