第二部
第20話 王都ファンタジア
王都ファンタジアは美しい都です。
王都へ近づくにつれ、広い平野に広がる小麦畑のなかに、青磁を思わせる薄青色の王城が浮かび上がるように見えてきます。
最初に見えてくるのは、『三つ子の騎士』と称される三本の高い塔。
さらに近づくと、高くそびえる城壁と、見る者を圧倒する巨大な王城が威容を放ちます。
王城の建物はすべて、王国特産の青英岩という青みがかった石が使われています。極めて硬く、また、光を反射しやすい性質があるため、王城は薄青色にぼんやりと輝くように見えるのです。
堅固さと優美さを兼ね備えたファンタジア王城は国のシンボルであり、国民の誇りなのでした。
王城の周囲には、王都ファンタジアの町並みが広がっています。大通りが十字型に伸び、東西南北の門に通じています。特に南門はひときわ大きく堅牢な造りで、王都の正門と呼ぶにふさわしい、素晴らしい建造物でした。
一行は、この南門ではなく、東門から王都へ入りました。博士やバウマンの言うには、東門は通用門に近い扱いなのだそうです。
衛兵は博士とバウマンの顔を知っていたせいか、すんなり通してくれました。クロコディウスを見てもさして驚くふうもありませんでしたが、それはそれで警戒感が無さすぎるように思われます。これもまた、平和慣れの弊害でしょう。
「こいつは、すげえ都だな」
白を基調にした石造りの建物が並ぶ大通りを行きながら、クロコディウスが感嘆したように言いました。街は活気にあふれています。
「王都の中でも、東側は商工業中心の区域だからなあ。特に賑やかなんだ。有名なイースト・フォートレスも北東地区なんだぞ」
バウマンが得意げに説明します。
イースト・フォートレスとは、ファンタジア最大の繁華街のことです。ウキウキしながら語るバウマンの様子に、ランセルがちょっと顔をしかめました。
「僕は、ああいう場所はちょっと……。皆さん気をつけたほうがいいですよ。なんでもあり、っていうのは楽しいことばかりじゃないそうですから」
そんなことを話しながら、一行は王城へと向かいました。
王城は、王都の中央からやや北西寄りに建っています。
衛兵にランセルのことを話すと、すぐに数人の兵士たちがやってきました。松葉杖を携えています。
博士は、経緯を記した手紙を隊長らしい男に手渡しました。ランセルが松葉杖をついて立ち上がります。
「ありがとうございます。村の皆さんの親切は忘れません」
ランセルは深々と頭を下げました。別れの時です。クロコディウスが、布に包んだ三点の形見を手渡しました。
「こいつは、おまえの仕事だぜ。家族に渡してやれよな」
こうして、ランセルは同僚の兵士たちの元へと帰っていきました。一期一会。おそらくもう、会うことはないでしょう。
「さて、バウマンよ。あんたともここでお別れじゃ。わしがイナカン村に住み着いてから、あんたはいつも良き友人として付き合ってくれた。本当にありがとう」
博士の言葉に、バウマンは泣きそうな顔になりました。
「水くさいこと言うなよ。もう少し、そうだ、クロコディウスを会わせたいって人の家まで送っていくよ」
「いやいや。実はなあ、もう着いておるんじゃ」
「えっ?」
「目的地はここ、王城なのじゃよ」
「ええっ!?」
「おいおい、俺も初めて聞いたぜ?」
「すまんな。いろいろ浮き足立っては困ると思ってな」
「……そうか。わかった。じゃあ、二人とも元気でな。それと……やるべきことが終わったら、ちゃんと帰ってこいよな。博士とはチェスの決着をつけないといかんし、クロコディウスとは一緒に釣りに行くって約束しただろ。それに、村のみんなも待ってるから……」
それ以上は言葉がありませんでした。三人は握手を交わします。
荷馬車の御者台に座ったバウマンは何度もこちらを振り返り、振り返るたびに手を振って、そうして、寂しそうに去っていったのでした。
博士は王門の衛兵に何事かを伝え、書簡を渡しました。衛兵はのろのろと面倒くさそうな様子で、その書簡を詰所へ持っていきます。
ややあって、詰所の中から兵士を叱る声が聞こえてきました。隊長風の男がもの凄い勢いで飛び出してくると、博士の前で敬礼します。
「失礼しました、アリゲイト博士。直ちに取り次ぎます!」
隊長はそのまま、王宮内へと駆け込んでいきました。
「へえ。博士、アンタ有名人なんだな」
「なかなかのもんじゃろ。なにせ魔法学院元教授じゃぞ。最高学府の先生だったんじゃからな」
博士は得意満面です。えっへん、という偉そうな擬音が今にも聞こえてきそうです。
「こんなゴタイソウな場所で、誰に会わせるんだ? 俺を王国軍に推薦でもしようってのか?」
「いいや。王国軍よりも、もうちょっと上の役職の人物じゃよ」
「へっ。そのジョークはぶっ飛びすぎて面白くねえよ。王城の偉いさんが、異世界の賞金稼ぎに気安く会うわけねえだろ」
夏の日差しの下、額の汗をぬぐいながらしばらく待っていると、城の中から侍従らしきエルフの男性がやってきました。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
侍従は洗練された物腰で丁重に挨拶すると、二人を城内へ案内します。
王城の中は、意外なほど簡素な造りでした。一般的な城に見られるような、豪華絢爛な装飾の類は、最小限に抑えられています。
かといって、貧相なわけではありません。飾り気は少ないながらも、使われている材質の良さや仕上げの巧みさが際立っているのです。
このため、装飾が少ないことが逆に、圧倒的な上品さを醸し出しているのでした。おそらく、そこまで計算し尽くした、名匠の手による仕事なのでしょう。
まあ、博士はともかく、クロコディウスにそこまでの審美眼が備わっているかどうかは定かではありませんが……。
「こちらの部屋で、しばらくお待ちください」
廊下を進み、階段を二度上った先で、二人はとある一室に案内されたのでした。
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