第19話 王都へ
翌日。
雨あがりの夏の日ざしの下、イナカン村では朝から祝宴が始まっています。もちろん、村の危機を防いだクロコディウスをたたえる祝宴です。
まずは村長が、クロコディウスに感謝の言葉とやらを述べました。しかし村長は既に立っていられないほど酔っ払っているため、なにを言っているのか意味不明です。
鐘を鳴らした羊飼いの少年には、金一封が贈られました。いち早く危険を知らせてくれた謝礼です。これで羊飼いの一家は、減ってしまった羊を補充できるでしょう。
そして、乾杯!
あとはもう無礼講の大騒ぎです。
飲んで、食べて、歌って、踊って、また、乾杯。
そんな陽気で楽しい祝宴が、一日中続いたのでした。
夜も更け、祝宴もようやくお開きとなりました。
「さてと。ヒーローになった気分はどうじゃな?」
酔い覚ましに夜風を入れた居間で、博士とクロコディウスはくつろいでいます。
「悪くねえな。飲んで食って、じゅうぶん楽しんだぜ。けど、オーガ一匹でここまでされちゃあ、ちょいと過剰接待ってもんだ」
「まあ、村人たちの気持ちじゃからな。遠慮はいらんよ。で、楽しい気分に水を差すようじゃが……」
「これからのことだな」
「うむ」
博士の表情が引き締まりました。ランタンの光に照らされて、憂いの表情が浮かび上がるように見えました。
「今回の件ではっきりした。時代が変わったとみて間違いないじゃろう。混沌の時代に入ったのじゃ」
「なんでわかるんだよ?」
「滅多にない危難が訪れたこと。それと、ランセルが言っておったじゃろう、不運な偶然が重なったと。混沌の時代の特徴じゃ」
「……」
「我々は平和の時代、混沌の時代などと呼んでおるが、これは戦争をする、しないといった単純なことではないのじゃよ。時代の繰り返しは、いわば自然現象、あるいは世界の意志、とでもいうべきものでな」
「止められないのか?」
「難しい。過去に何度も、混沌の時代を避けようとする試みがなされたが、すべて失敗した。平和の時代には、危機が起きても偶然が良いほうに転がって事なきを得られることが多い。逆に混沌の時代には、いかに最善を尽くしても、ありえないような不運や手違いなどが重なって悪い結果をもたらしてしまうのじゃ」
「じゃあ、博士は何のために俺を召喚したんだよ?」
「我々にできることは、世界の意志たる混沌の時代の波に精一杯逆らって、少しでも被害を減らすことのみ。その手助けをしてほしいのじゃ」
「……言い分はわかった。だが、俺からも言いてえことがある」
「なんじゃ?」
「アンタは、俺に隠してることがあるだろ。俺は酒も飲むし、飯も普通の人間より大食いだ。ポーカー賭博もやるし、無駄遣いも結構する。だが、アンタは文句も言わず全部払ってくれる」
「それは、最初からそういう約束だったじゃろうが」
「この前の地図もそうだ。アンタは地図を見ながら、いろいろと説明した。つまり、全部頭の中に入ってるってことだ。だったら、高価な地図を急いで買う必要なんかねえ。あれは俺に見せてくれるために、わざわざ大枚はたいて買ってきたんだ」
「……」
「たいした収入も無さそうなアンタがそこまでするからには、もっと差し迫った事情があるはずだ。それに、腹を合わせたスポンサーもいるんだろう。そこらへんを聞いとかないと、命は賭けてやれねえな」
博士は、大きく吐息を漏らしました。しばらく沈黙が続きます。
博士は立ち上がると、窓辺へ歩み寄り、窓を閉めました。カエルの鳴き声が遠くなりました。
「認めよう。確かに、わしは隠し事をしておる。きわめて重要な点を隠しておる。だが立場上、いま、わしの一存でそれを語ることはできぬ」
「……」
「数日以内、なるべく早くにランセルを王都へ送っていく。医者に診せねばならんのでな。そのとき、お前さんにも同行してほしい。王都で会わせたい人物がおる。その場で、すべてを話そう」
「……」
「わしは隠し事はした。だがこれまで一度も、お前さんに嘘を言ったことはない。あと数日、わしを信じてはくれぬか?」
クロコディウスは、博士の顔をじっと見つめています。博士の言葉を値踏みするかのように、あるいは、この世界へやって来てからのことを思い出すように。
「……いいだろう。今夜のところは、それで手を打とうじゃねえか」
博士はふたたび、大きく息をつきました。今度のは安堵の吐息でした。
「最後にもう一つ」
「なんじゃ?」
「今夜もずいぶん長話だったが、お得意のオヤジギャグは不発だったな」
「……ひとつふたつ思いついたがな。大事な話の途中だったから自重したんじゃよ。聞きたいかね?」
「いいや。まっぴらだぜ」
クロコディウスはニヤリと笑ったのでした。
それから三日後。
博士とクロコディウスが王都へ向かう日がやってきました。
バウマンの荷馬車には即席のワラ布団がしつらえられ、ランセルが座らされます。
御者台にはバウマンと博士。クロコディウスは馬車とは別に馬をもう一頭借りて、それに乗っていくことになりました。
村人たちが見送りに来ています。
「気をつけて行けよ」
「また、帰ってこいよな」
バウマンが手綱を操ると、蝉しぐれの中を馬車が動き出しました。
手を振る人々の姿が、しだいに小さくなっていきます。
いよいよ、王都へ向かうときが来たのでした。
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