第18話 ハーフオーガのワルダー
「俺が仕留める」
クロコディウスが、短くそう言いました。
「無茶だ、ワルダーと一対一なんて」
ランセルは反論しようとしますが、クロコディウスはそれ以上何も言わず、出ていきました。代わりに博士がランセルに告げます。
「ランセルよ、あやつの強さを信じて任せるしか道はないのじゃ」
広場へ向かう道すがら、追いついた博士にクロコディウスが尋ねます。
「ワルダーってのは、どういうやつなんだ?」
「ちょうど一年前のことじゃ。トゥナリー国境に近い山間の村が襲われ、村人が何人も食い殺された。その犯人がワルダーじゃ。前にも別の村を襲っておって、第一級の賞金首だった。討伐隊が送られ、激しい戦闘の末にようやく捕縛したのじゃが」
「なんでそんなのが生きてんだよ?」
「ただのオーガなら当然処刑されておったはず。ところが、捕縛された後でハーフオーガだと判明した。人間の血が混じっておるというので、司法院が終身流刑と決定してしまったのじゃよ」
「えらく甘々な裁決じゃねえか」
「純モンスターと混血種とで差をつけたいという、妙な思惑があったらしい。流刑地のケイム諸島は大型生物が住めるような環境ではないから、流刑者のほとんどは数年以内に死亡する。ならば同じことと考えたのじゃろう。だが、刑罰は種族や出自ではなく、犯した行為を基準に決めるべきじゃ。わしは司法院の判断ミスだと思っておる」
「ゴコーセツイタミイルけどよ、アンタの話はすぐに小難しい方向へ流れちまうのが欠点なんだよ。要するに、首を取ればいいんだろ。ほら、もうみんな集まってるぜ」
広場には、大勢の村人が集まっていました。その人だかりの中央では、羊飼いの少年が半狂乱でわめいています。
「落ち着くのじゃ! さあ、落ち着いて話せ」
「オ、オ、オオ、オガ、オガガ」
「オーガだな? どこで見たんだよ?」
「牧草地! おいらの羊が食われた! それからおいらのほう見たから、逃げたんだ! うわぁー食われたくないよぉぉっ!」
泣き叫ぶ少年の証言に、広場は騒然となりました。
「すぐ逃げよう!」
「うちの婆さんは足腰が弱っとる、無理だ!」
「もうだめ、あたしたちみんな死ぬのよ!」
「うるせえっ!!! 黙って聞け!!!」
クロコディウスの大喝で、広場は静まり返りました。
「ワルダーは、俺が迎え撃つ」
「一人でやれるのかい? 俺たち村の人間は戦いの経験なんてないんだ。手助けしようにも、足手まといになるだけだよ」
バウマンが心配そうに尋ねます。
「手助けなんかいらねえ。必ず仕留める。おまえらは、残るか逃げるか自由に決めろ。残る者は全員、家の中に入って、博士がいいというまで外へ出るな。特に子供は絶対に出すなよ。ガキに見せるもんじゃねえ」
そう言い残すと、クロコディウスは牧草地の方角へと走っていきました。もちろん、博士も後に続きます。
「……俺は残るぞ。あいつは強いんだ。俺は見た。それに、俺たちの代わりに戦ってくれるのに、その俺たちが村を捨てて逃げるなんてのはおかしいじゃないか……」
バーナードが、呟くように言いました。村人に語りかけるというより、自分自身に言い聞かせているようです。反対の声を上げる者は、誰もいませんでした。みんな、示し合わせたように牧草地のほうを見やります。
曇った空からは、パラパラと雨が降りはじめていました。
二人が牧草地に着く前に、疫病神は向こうからやってきました。逃がした少年の匂いをたどってきたのでしょう。小雨の中、まっすぐに村へ向かって駆けてくる姿が見えました。
ハーフとはいえオーガだけあって、ワルダーは巨体でした。巨漢のクロコディウスよりもさらに一回り大きく、身の丈は三メートル以上ありそうです。
青白い肌にぼうぼうの髪の毛。服とは呼べないようなボロ布を一枚、身に
その羊の足にときどきかじりつき、くちゃくちゃと肉を噛みながら、こちらへと向かってくるのです。その姿は、まさに青鬼、といった様相でした。
村はずれの草地で、クロコディウスとワルダーは対峙しました。博士はクロコディウスよりも数メートル後方に位置どります。博士にできることは、邪魔にならないようにすることぐらいなのです。
「どけよ、ワニ」
博士の通訳ではありません。ワルダーは人語が話せるのです。
「おいワルダー、俺のシマを荒らしてんじゃねえよ」
「ちょ、シマってなんじゃい、それは悪役が使う台詞で……」
言いかけた博士は、ふと思い出しました。クロコディウスがこの世界へやってきてすぐのころ、用事もないのにやたらと村の周辺を歩き回っていたことを。あれはもしかして、ナワバリを示すためにマーキングしていたのでは……。
とはいえ、いまはそんなことを言っている場合ではありません。ワルダーは売り言葉に買い言葉で激高しています。
「黙れよワニ! オレはオレの好きにするんだぜ。だいたい、この村がテメエのシマだなんて誰が決めたんだよ?」
「俺だよ。俺がそう決めたから俺のシマだ。死ぬ用意はできてんだろうな?」
「テメエこそ死ね! そのあと村のやつら全員、食い尽くしてやるよ!」
ワルダーが恐ろしい声で吠え、棍棒を振り回して突進してきます。クロコディウスも剣を抜いて飛びかかりました。
クロコディウスのスピードが勝ったようです。一歩遅れたワルダーは、棍棒と羊の足を十字に交差させてクロコディウスの剣を受け止めようとしました。しかし止めきれません。傷は受けなかったものの、羊の足が砕け、弾き飛ばされました。
「へっへっへ。運がいいじゃねえか。羊に感謝しろよ」
飛びずさって間合いを取ったクロコディウスが挑発します。ワルダーは怒りの形相で叫びます。
「ちくしょうめ! オレは人間を食いたいだけだ! なぜ邪魔をしやがる!」
「おまえが賞金首で、俺が賞金稼ぎだからだよ。理由なんてそれで充分だろ」
クロコディウスは少し腰を落として態勢を低くし、剣を右肩に担ぐような、不思議な構えをしました。全身の力を溜めているかのようです。
数秒の間をおいて、クロコディウスが弾けるように飛び込みました。一撃目よりもいちだんとスピードの上がった動きに、ワルダーの棍棒は空を切ります。カタス・ギル鋼の刃がワルダーの左肩に食い込み、胴体を袈裟懸けに切り裂きました。
大量の血を噴水のように噴き上げながら、ワルダーは仰向けに倒れました。流れる血が雨と混じりあいながら、大地に赤い模様を描きます。
クロコディウスがゆっくりと近付きました。
「ま、待てよ。勝負はついた、オレはもうこの村には近寄らねえ。それでいいだろ、な、見逃してくれてもいいじゃねえか」
「その傷じゃ助からねえよ。食ったぶんのツケを払う時が来たんだぜ」
クロコディウスの剣が、ハーフオーガの心臓に突き立てられました。
戦いは、終わったのです。
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