第17話 襲撃事件 2

 そうこうするうちに、クロコディウスは最後のオークを倒しました。逃げようと背を向けた相手に、容赦なく剣を振り下ろします。


 背を向けた敵を、というのは勇者の行動としてはちょっとどうかな、と感じないでもありませんが、やってしまったものはどうにもなりません。命を賭けた戦場では、やり直しはできないのです。

 この日四度目のオークの悲鳴が上がり、戦いは終わりました。


 戦いが終わったことを確かめると、博士とバーナードは急いでクロコディウスに駆け寄りました。クロコディウスは返り血を浴びて、顔面も鎧も朱に染まっています。


「見事な腕前じゃのう。これほどとは思わなんだ」

「元の世界じゃ、俺なんてせいぜい上の下ってとこよ。もっと凄腕は何人もいる」


 いっぽう、一緒に駆け寄ったバーナードのほうは、血だらけの惨状と死体を見るなり、街道脇の草むらに駆け込みました。ゲエゲエと嘔吐する音が聞こえてきます。


 かっこ悪いなどと思ってはいけません。冒険者でも兵士でもない一般人は、こうなってしまうのが普通なのです。






 クロコディウスは馬車を、博士は兵士たちを調べます。


 馬車の周囲には四頭の馬が倒れています。二頭は馬車に繋がれたまま、あとの二頭は鞍がついているので乗馬だったのでしょう。四頭とも、もう身動きしませんでした。


 壊れかけた馬車は頑丈な造りで、装飾は一切ありません。細長い窓には、鉄格子がはめられていました。馬車は囚人護送車だったのです。そして非常に困ったことに、馬車の中に囚人の姿はなく、彼を拘束していたはずの鎖が切れていました。


「来てくれ! 一人は生きておる!」


 博士が叫びました。


 四人の護送兵のうち、一人だけ生存者がいたのでした。頭を打ったらしく、ぐったりと気を失っています。足にも深い傷を受けていました。十七、八歳といった感じの、まだ若い兵士です。


「馬車に乗せよう。バーナード、精神的にキツイじゃろうが、ここは勇気を出して手伝ってくれ。クロコディウスは、死者のほうを頼む」


 博士がテキパキと指示を出します。長く生きているだけに、こういう修羅場の経験もあったのかもしれません。


 博士とバーナードは、気を失った兵士を馬車の荷台に横たえました。


 その間にクロコディウスは、兵士の遺体を街道の脇へ運んで並べました。三人から、形見になりそうな短剣、手袋、指輪を取ります。最後に、荷馬車に備え付けのほろを広げて、三体の遺体を包みました。


「悪いな。埋めてやる時間はねえんだよ」


 怪我人がいる以上、のんびりしてはいられません。一行は大急ぎで、村へと馬車を走らせたのでした。






 若い兵士は、とりあえず村長の家へ担ぎ込まれました。

 村じゅうが大騒ぎです。なにせ、オークに襲われた兵士が担ぎ込まれるなど、この村では前代未聞のことですから。


 イナカン村には医者がいません。治療に当たったのは、ケンタウロスの薬師です。この中年のケンタウロスは元冒険者だったそうですが、四十肩とかなんとかで武器が取れなくなって引退したという男でした。


 経歴的にはきわめて不安ですが、村には他に薬師はいないので頑張ってもらうしかありません。


 おっかなびっくりの頼りない手つきでどうにか応急処置を終え、ようやく落ち着いたのは夜半を過ぎた頃でした。






 翌日、兵士の意識が戻ったとの知らせを受け、博士とクロコディウスは村長の家へと向かいました。詳しい事情を聞くためです。最も気がかりなのは、逃げた囚人のことでした。


「村長、ご苦労じゃな。あの兵士の具合はどうじゃね?」

「薬師のデルスが言うには、命には別条ないらしい。ただ足の傷が深いから、早めに医者に診せたほうが良いそうじゃ」


「そうか。命が無事なら一安心じゃが……なにやらあわただしいのう」


 博士の言うとおり、村長宅には何人もの村の女性たちがひっきりなしに出入りしています。心なしか普段よりもスカートの丈が短い気がするお姉さんや、ずいぶんと胸元が涼しそうな服装の奥様などもいらっしゃいます。


「みんな看護人じゃよ。看護人が定員オーバーなんじゃ」

「はあ?」

「あの兵士、ランセルという名前なのじゃがな。母性本能をくすぐるベビーフェイス系美少年なんじゃよ。それに気づいた村の女性陣がもう、そばで看護したくて順番待ち状態なんじゃ」

「なにをやっとるんじゃ……」


 あきれ顔の博士ですが、村長は好意的なようです。


「まあ無理もなかろう。四十年前のわしを彷彿ほうふつとさせるイケメンじゃからな」

「村長よぉ、モロバレの嘘は感心しねえぜ」

「ははは。すまん、つい見栄を張った。四十年前じゃなくて五十年前じゃな」

「そこじゃねえだろ。『わしを彷彿とさせる』が虚偽申告だって言ってんだよ」






 名残惜しそうな奥様たちを病室から追い出し、ようやくランセルに話を聞くことになりました。すでに村長が大まかな事情は説明済みです。

 沈痛な面持ちのランセルは、博士とクロコディウスに丁寧に礼を言いました。


 気丈に振る舞っていたランセルですが、戦死した三人の話になるとさすがに堪えきれず、涙を流します。


「素晴らしい先輩たちでした。まだ未熟な僕を親切に指導してくれた。僕は、仇を討たないといけないのに、この足では……うっうっ」

「まずは傷を治すことじゃ。傷を癒し、ふたたび国のために働くことが、亡くなった三人への何よりの恩返しになるじゃろう」

「そうでしょうか……」

「そのためにも、事情を教えてくれ。オークどもが、囚人を奪い返しに来たのじゃな?」

「いえ、たぶん違うと思います。オークは殺戮と略奪のために馬車を襲っただけで、囚人馬車だとは認識できていませんでした」

「じゃあ、偶然だったってことかよ?」

「はい。しかも普通なら切れるはずのない手鎖が、変な具合に力が加わって切れてしまったんです」

「不運が重なった、ということじゃな……」


 博士はなぜか、とても嫌そうな顔をしました。


「それで、機密だと思うが敢えて教えてほしい。囚人は誰じゃ?」

「……。ハーフオーガのワルダーです。すぐにでも最寄りの村、つまりここを襲うでしょう。王都に救援を求めても、今からでは間に合いません。一刻も早く逃げてください」


 悲痛な表情でランセルがそう言った、まさにそのときでした。村の広場から、激しい鐘の音が聞こえてきたのです。


 危険を知らせる鐘でした。ここ数百年もの間、一度も使われることのなかった危険の鐘が、打ち鳴らされているのです。


「逃げる時間はないようじゃ。立ち向かわねばならん」


 鐘の音を聞いた博士は、天を仰いで長嘆息したのでした。

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