第13話 湖の女神 1

 農夫のバーナードが博士とクロコディウスのところへ相談に来たのは、気の早いセミが鳴きはじめた頃のことでした。


「いい儲け話があるんだ。これを見てくれ」


 開口一番、バーナードはそう言うと、テーブルの上に数枚の古い書きつけを並べました。


「なんじゃね、これは?」


 博士とクロコディウスは、その紙片を覗きこみます。紙片には丁寧な筆跡で、なにやら書かれていました。書いたのは几帳面な人物だったのかもしれません。


「ふむ。見たところ、なにかの覚え書きのようじゃな」

「ご明察。三年前に死んだ親父の遺品をさいきん整理してて、それで見つけたんだ。で、筆跡からすると、書いたのは親父の親父、つまり俺の死んだ爺さんらしいんでさ。爺さんが書き残した雑記帳らしいんですよ。親父が爺さんの形見のつもりで保管しておいたんだな」

「つーことは遺言状ってやつか?」

「いや、そういうわけでもないんだ」

「詳しく読ませてもらおうかの」


 博士は紙切れを順番に並べ、丁寧に読んでいきました。


「この世界の伝説や伝承を集めたもののようじゃな」

「そう。爺さんはそういうのが大好きでね。俺も子供の頃はよく、面白いおとぎ話を聞かせてもらったもんですよ。で、読んでほしいのは、ここなんですがね」


 バーナードは一枚の紙を博士に渡します。


「ふむ。湖の女神の伝承じゃな。よく知られておる話じゃが」

「なんだそりゃ?」

「ああ、クロコディウスは知らないよな。昔からある伝説なんだ。どこかの湖に女神が住んでいて、その湖にものを投げ込むと、金や銀のアイテムと交換してもらえるって話なんだよ」

「なんだ、それなら俺の世界にもよく似た話があったぜ。ただし、女神に認められるような人格者とか、そんな条件つきだったな」

「同じ伝説があるとは興味深いのう」

「まさか、そんなガキのおとぎ話を本気で試そうってんじゃないだろうな?」

「そのまさかだよ。大発見かもしれないんだ」


 バーナードは力説します。


「これまでは、湖の場所がわからなかった。だが爺さんの書きつけによると、その湖はネッス湖だと書いてあるんだ」


 ネッス湖とは、村の北にある森の中の湖です。狼が住む森なので、村人はあまり近寄らない場所でした。


「ふーむ。確かにそう書いてあるのう。旅の吟遊詩人が、一夜の宿の礼として教えてくれた話らしい。これは信憑性があるぞ」

「そんな与太話のどこに信憑性があるんだよ?」


 クロコディウスの言いぶんのほうが正しい気もしますが、博士はすっかり乗り気になっています。


「何冊か欲しい魔導書があるんじゃ」

「俺は酒場のポーカーでだいぶ負けちまって、女房にバレるとまずいんだ」

「いい大人が二人して泣き落としかよ。情けない声出すなよ。しょうがねえ、猫探しや店番よりはマシだ」


 結局、狼が出たときの護衛役として、クロコディウスも同行するはめになってしまったのでした。





 約束の日です。

 朝一番に、博士は毎度おなじみのバウマンの荷馬車を借りてきました。馬車馬のオグリハットともすっかり顔なじみです。


 博士は張り切った様子で、荷台に何本もの魔力の杖を積み込む作業をしています。もちろん、魔法を使うつもりではありません。積み込まれた魔力の杖はすべて、安物の使い捨て品なのです。使い終わってただの棒切れ同然になったがらくたを、湖に投げ込もうという魂胆なのでした。


 いっぽうクロコディウスのほうは、大剣と鎧で武装しています。久しぶりに実戦で剣を振るう機会があるかもしれないと、こちらも違う意味でやる気のようでした。


「やはり、武人は武装をするとサマになるのう」

「俺は武人じゃねえ。賞金稼ぎだって言ってるだろ」


 やがて、バーナードがやってきました。使い古して錆びついたクワを肩に担いでいます。


「おい、仕事道具を投げ込むつもりかよ?」

「少し前に新しいクワを買ったんだよ。こいつは捨てようと思ってたんだ」

「二人ともひでえな。これじゃゴミ捨て場じゃねえか」

「こりゃまた、ずいぶんと杖を積み込んだねえ。やるねえ博士」

「欲しい魔導書が多くてな。金がいくらあっても足りんわい」

「クロコディウスはなにも持っていかないのか?」

「俺はそもそも、そんな話信じてないからな」


 博士とバーナードが御者台に座り、クロコディウスは荷台に乗り込んで出発です。


 道中、御者台の二人はお金が手に入ったときの話でもちきりです。何々が欲しいとか、この女神はいい神だとか、そんな話で盛り上がっているのでした。


 ちなみに、この世界では信仰や宗教という概念はあまり広まっていません。強大な力を持った、神と名のつく者は確かに存在します。しかしその強大な力は極めて狭い範囲だったり、厳しい条件があったりして、人々に広く恩恵をもたらすことはできないのです。


 つまり、いくら崇めても「御利益(ごりやく)」が得られないことがわかっているため、人々は『神を信仰する』という行為に魅力を感じないのでした。


 ですから、神官が回復魔法で傷をパパッと治してくれることもありません。けがをしたら、医者や薬師に診てもらって、時間をかけて治すしかないのです。なんともせちがらい話ですが、それがこの世界の常識なのでした。

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