第11話 お馬鹿な恋の物語 3
「うぎゃあっ!」
不意打ちを食らったクロコディウスは避けることもできず、土手の下へ転げ落ちます。
「きゃー! って、エンセンじゃん。なにやってんのよ?」
「僕のリズをいじめるなー!」
「え? あたし別にいじめられてな……」
「リズ! もう大丈夫だよ! 僕が君を守るから!」
「え? えーと」
エンセンの乱入に、リズは訳が分かりません。立ち上がったクロコディウスが声をかけます。
「おまえなあ、俺はまだ悪事を働いてないだろ。それに、せりふが状況に合ってねえよ。少しはアドリブ利かせろよ」
「せりふ? アドリブ? なにこれ? 寸劇? 寸劇なの?」
「リズ、僕と結婚してください!」
「はあ?」
興奮して血走った目で、エンセンはあまりにも唐突にプロポーズ敢行です。頭に血が上って完全に暴走状態、いまにも押し倒さんばかりの勢いで、リズに近づきます。はっきり言って怖いです。
「僕は君のことなら何でも知ってるんだっ! 好きな食べ物も、毛虫が嫌いなことも、お風呂に入るときは必ず右足から入ることも全部! だから結婚してください!」
「なんで風呂のことまで知ってるんだよ? 気持ち悪いヤツだな」
「あーそういえば、子供の頃よく結婚式ごっことかやって遊んだよね」
「ぼ、僕は! ええっと、あう、えう」
それ以上の言葉が出てこないエンセンに、リズはおかしそうに笑いかけました。
「うんいいよ、結婚しよ」
エンセンにとっての歓喜の瞬間は、あまりにもあっさりと訪れました。あきれたのはクロコディウスのほうです。
「待て、おまえらは二人とも人間だぞ。チテキセイブツってやつなんだぞ。もうちょっと考えるという行為をしろよ」
「あうあうあう」
エンセンは喜びのあまり、顔をぐちゃぐちゃにして泣いています。ただ、リズの返事には続きがありました。
「でもさ、今すぐはちょっとダメなんだよね」
「うん、いろいろ準備があるよね」
「あと三十年ぐらい経って、フランおばさんとマルクおじさんが、よぼよぼのお婆ちゃんとお爺ちゃんになった頃に結婚しようよ。それと、あたしたちはサプライズ婚だから誰にも絶対に秘密ね」
「なんだそりゃ?」
「うん、わかった」
「簡単にわかるんじゃねえよ! 条件ちゃんと聞いてたのか?」
エンセンはもう、頭の中にお花が咲いている状態です。
「おっと、そろそろ行かなきゃ。父ちゃんに本気で怒られちゃうからねー。クロコっちもエンセンも、またねー」
リズは手を振って村へと帰っていきました。男二人が後に残されます。
「クロコディウスさん、ありがとう! おかげで僕たち結婚できます!」
「なに言ってんだこのアホが。三十年後だぞ、そんなの約束になりゃしねえ。おまえは、うまいことリズに逃げられたんだよ」
エンセンはもう心ここにあらずです。アハハと笑いながら言いました。
「そんなことありませんよ。愛は永遠なんです。リズはそう言いたかったんですよ」
「だめだこりゃ」
「楽しみだなあ。フランおばさん、早くよぼよぼにならないかなあ」
「おばちゃんが聞いたら泣くぞ」
「今後、なにか困ったことがあったら僕に相談してください。お礼になんでも協力しますから。それじゃ!」
スキップしながら去っていくエンセン。クロコディウスはつぶやきました。
「おまえに相談ごとなんて、恐ろしくてできるわけねえだろ」
その夜。
「……というわけでよ。まったく、バカバカしい話だぜ」
クロコディウスはエール酒を飲みながら、ことの顛末を博士にグチっていました。土手を転げ落ちたときに地面に打ちつけたらしく、膝には湿布が貼られています。
「三十年後に結婚だなんてよ。へんてこな言い訳を思いついたもんだぜ」
博士は空になったクロコディウスのジョッキに酒を注いでから、にやりと笑うと言いました。
「いや。リズめ、なかなかの策略家かもしれんぞ」
「どういうことだよ?」
クロコディウスは意味がわからず聞き返します。
「ドルポンド家が、この村では有数の資産家だということは知っとるじゃろう?」
「ああ。でも、それがどうしたってんだ?」
「ドルポンド夫妻には子供がおらん。どうじゃ、わかってきたか?」
「あ。もしかして将来その財産は……」
「そういうことじゃ。ただ一人の血縁者である甥のエンセンが、すべて相続することになるじゃろうな」
「げえっ! リズのやつ、そんなこと考えてたのかよ!」
「後妻業ならぬ後嫁業じゃな。まあ、あくまでも推測じゃ」
「あんな脳天気娘でも、やっぱ、カネってことか」
クロコディウスは黙ってしまいました。エールの入ったジョッキを見つめるその姿は、なぜか少し寂しそうでした。
「……なあ博士、昼間のラブレターの話、本当にあったことなのか? ちょいとバカにしすぎたかなと反省しちまってよ」
しばしの沈黙の後、クロコディウスは再び博士に話しかけました。もしかすると、話題を変えたかったのかもしれません。そんなクロコディウスの意図を汲んだのでしょうか、博士はあえて普段どおりの、飄々とした調子で答えます。
「何百年も昔の話じゃ。気にすることはない。……実は実話でした、なんてな」
「へっ。このタイミングでオヤジギャグかよ。まったく、イヤになるぜ」
空には三日月が、地上をぼんやりと照らしています。人々の悲喜こもごもを包み込むようにして、夜はゆっくりと更けていくのでした。
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