第10話 お馬鹿な恋の物語 2
リズの居場所は予想がついていました。村の中央広場です。晴れた日はたいてい、実家の手伝いをサボって広場あたりで遊んでいるので、探すのは簡単でした。
中央広場には昨日から、南方からやってきた果物売りが屋台を出しています。リズは数人の友達と、その屋台を見ながらゲラゲラ笑って何か話していました。笑い声をあげるたびに、栗色のポニーテールが揺れています。
友達と別れてリズが一人になったところを見計らって、クロコディウスが計画を実行します。
「じゃあ、始めるぜ。エンセン、しっかりやれよ」
物陰に隠れたエンセンに声をかけると、リズのほうへ近づいていきます。
「よう、リズ。今日もしっかりサボってやがるな」
「あ、クロコっち。やっほー」
「今から俺とイイコトしようぜ」
「おっけー。なにしよっか?」
クロコディウスはため息をつきました。こういう反応をされては困るのです。若者を正しく導くのも正義の勇者の任務です。ここは説教しないといけません。
「あのな、見ず知らずの男に声かけられてるのに、平気でおっけーするなよ」
「えー、だってあたしクロコっちのこと知ってるもん。見ず知らずじゃないし」
「そうだけど、そこは空気読めって」
「なにそれ。あ、そうだ、果物買ってよ。いっしょに食べよ!」
「人の話、聞いてんのか?」
「あたしね、あの屋台で切り売りしてるやつ食べたいんだよね。ウォータメロンっていうんだって」
リズの指さした果物売りの屋台には、南方の珍しい果物が並んでいます。行商人は、いかにも南方人らしい褐色の肌の男でした。明日には王都へ向かうから、今日を逃したら来年まで手に入らないよ、というのが売り文句です。
ウォータメロンは、人間の頭よりも大きいほどの丸い果物です。皮には、緑と黒の縦縞模様がついています。外側は南方の果物にしてはやや地味な色合いですが、中の果肉は真っ赤でした。
行商人はこの大きな果物を、半月型に切り分けて売っているのでした。相場を知らない村人相手の商売ですから、おそらく相当なぼったくり値なのは間違いないでしょう。
リズに駄々をこねられると厄介です。クロコディウスはウォータメロンを二切れ買い、一つを彼女に渡しました。
「やったー。お礼にあたしのお気に入りの場所教えてあげる。そこ行って食べよ」
リズは先に立って広場から出ていきます。しかたがないので、クロコディウスも付いていきます。
いっぽう、蚊帳の外のエンセンはイライラしていました。どうも当初の作戦とは予定がずいぶん違っています。二人でなにやら楽しそうにして、果物まで買いました。しかも今度は広場から離れて、人気のないところへ行こうとしています。
こんなことを許すわけにはいきません。すっかり疑心暗鬼のエンセンは、二人の姿を絶対に見失うまいと固く決意して、慎重に尾行を始めました。
リズの『お気に入りの場所』は、村はずれにある川沿いの低い土手でした。
この川はフェアリーテイル川といい、村の南をかすめるように流れています。井戸が壊れたときなどには、生活のための水源として村人がお世話になる川でした。
リズが案内した場所は、村から少し外れています。街道からも外れていて、リズにとってはちょうどいい隠れ家的な場所なのでした。
リズとクロコディウスは土手の草の上に並んで座り、ウォータメロンをかじります。
「ここ、いいでしょー。あんまり人も来なくて。誰にも文句言われずに、好きなだけゴロゴロしてられるんだ。それになんか、落ち着く景色なんだよね」
「確かに、いい眺めだな」
二人が座っている土手は緩やかに傾斜していて、二メートルほど下ると平らな草地になります。その向こうには、フェアリーテイル川がゆっくりと流れています。地形も、川の流れも、川を渡るそよ風も、すべてがゆったりとしていて、リズの言うとおり、落ち着いた気分になれる癒しスポットでした。
ただ一人、癒されていないのは木立に隠れて見張りを続けるエンセンです。なんだか、目の前の二人はどんどん『いい感じ』になっているように思われます。ゆったりどころか、気が気ではありません。
楽しそうにウォータメロンを食べる二人。
「なかなか美味いな、これ。種が邪魔くさいけどよ」
「クロコっち、種飛ばし競争しようよ。……ぺっ!」
「お、やるな。次は俺だ……ぺっ! だめだ、口の形が違うから上手くいかねえや」
「キャハハハ! あ、口の横に種くっついてるよ」
「んん? どこだよ?」
「取ってあげる。……はい、取れたー。キャハハ、なんか楽しいねー」
もう限界です。クロコディウスが仕掛けるはずの悪いことなど何も起きません。エンセンの頭の中で、なにかがプツンと切れました。いわゆる嫉妬の末のブチギレです。
「わああああっ!」
エンセンは奇声を上げながら猛ダッシュすると、クロコディウスの背中を背後から突き飛ばしました。
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