第8話 雑貨屋にて 2

「飴、買おうかな」

「おう、ガキはそっちのほうがいいよな。飴玉は、えーっと、三個で二ブロンズだ」

「じゃあ、九個買うよ」

「おう。好きな色のやつ取っていいぜ」


 クロコディウスは、飴玉の箱をピーターのほうへ押してやります。箱の中には、赤、青、黄、白、緑など、いろんな色の飴玉がぎっしりと詰まっていました。直径が二センチくらいもある、大粒の飴玉です。


 ピーターはさすがに子供らしく、ちょっとウキウキした様子で飴玉を選び出しました。


「決まったか? そんじゃえーとな、九個だから……」

「六ブロンズでしょ」

「うーんと、そう、六ブロンズだ」

「じゃあ、これ」


 ピーターはポケットからブロンズ硬貨を六枚取り出してクロコディウスに渡そうとしたのですが、急に手を引っ込めました。


「と思ったけど、やっぱりやめた」

「ハァ?」

「小遣いなくなっちゃうし、一度に九個もいらないや。六個にするよ」

「なんだよ。男ならガーンと買っちまえよ。なんなら、ツケにしてやってもいいぜ」


 たかが店番が、しかも子供にツケ買いを勧めるのは感心しません。しかしピーターはしっかりした少年なので大丈夫でしょう。


「いいよ。六個にしとく。じゃあ、三個返すよ」

「おう」

「飴を返したんだから、そのぶんお金も返してもらうね」

「んん?」

「だって、飴とお金は交換でしょ。そうじゃないと、この飴は無料ってことになっちゃうじゃないか」

「んんん? んーっと、確かにそうだな。無料ってわけにはいかねえな」

「じゃあ、飴玉は三個返したから」

「おう、硬貨を三枚返すぜ」


 クロコディウスからブロンズ硬貨三枚を受け取ると、ピーターは、


「これからジャックと遊ぶ約束してるんだ。じゃあねっ!」


 風のように速く、店から駆け出していきました。


「おう、コケないように気ぃつけろよ! やっぱガキは元気なのが一番だな」


 ピーターを見送ると、クロコディウスは再びカウンターに座りました。なにやら紙切れを取り出します。紙切れには、『ホウキ 一本 三十』と書かれています。


 これはバウマンさんから頼まれた仕事です。帳簿をつけさせるのは無理と考えたバウマンさんは、売れた品物の商品名と金額だけメモしておいてくれと頼んだのでした。それくらいなら、クロコディウスでも簡単にできると思ったのです。


「んん? おかしいじゃねえか」


 首をひねるクロコディウス。飴玉六個で四ブロンズのはずが、手元に三ブロンズしかありません。


「なんでこうなるんだよ? ピーターがちょろまかした……ってことはねえな。俺もちゃんと見てたしな。……よくわかんねえが、一回取ってから一部を返すと安く買えるってことなんだろう。ピーターのやつ、頭いいな」


 早々に考えることを放棄したクロコディウスですが、代金が足りない事実は変わりません。


「ちっ。たった一ブロンズのことで、俺が売上をごまかしたと思われるのも面白くねえな。しょうがねえ」


 クロコディウスは自分の財布からブロンズ硬貨を一枚、売上金に加えました。これもあまり良い解決法とはいえません。どうも、彼は商売の道、もっといえば、お金をきちんと計算する職業には向いていないように思われます。


 そんなこんなで、クロコディウスが店番を務める、バウマン雑貨店のなんとも危なっかしい一日は過ぎていったのでした。






 夕方になり、バウマンさんが帰ってきました。


「いやあ、店番ありがとうな。久しぶりの休みで、女房も子供たちも喜んでくれたよ。何も問題は起きなかったかい?」

「安心しな。バンジツツガナクってやつよ」

「そいつはよかった。博士が帰ってきたら、また挨拶にいくよ。ありがとな」


 カウンターに本来の主が着いたところで、クロコディウスが言いました。


「さてと、これで俺はもう店番じゃねえ。客だ。おっさん、飴玉を九個買うぜ」

「飴玉? お前さん、甘い物なんか食べるのかい? てっきり酒のほうだと思ってたが」

「俺は両方いけるんだよ」

「そうかそうか。でも飴なら、そんな子供のやつよりこっちの高級飴のほうが美味いぞ。三個で四ブロンズだが、味の差を考えるとこっちが断然おすすめだね」

「じゃあ、そっちにするか」


 さすがはバウマンさん。たった一言で、二倍も値段がする高級飴を売ることに成功しました。これぞプロの技というべきでしょう。


「九個でえーっと……」

「十二ブロンズだよ」

「そう、俺もそう思ってたんだ」


 クロコディウスは十二枚のブロンズ貨を数えます。しかしバウマンさんが受け取ろうとすると、さっと手を引っ込めました。


「と思ったけど、やっぱり六個にするぜ」

「一度手に取ったのを返すのかい。食べ物でそういうのは困るんだがねえ」

「硬いこと言うなって。んで、飴玉を返したぶん、金を返してもらうぜ。そうしないと無料になっちまうからな。ほら、飴玉三つだから硬貨三枚返してもらって、と」

「え? いや、ちょっと……」

「また困ったときはいつでも言いな。それから、奥さんに弁当美味かったって言っといてくれよ。じゃあな」


 クロコディウスは飴玉六個をまとめて口の中に放り込むと、バリバリと噛み砕きながら帰ってしまいました。


「やれやれ。今度、博士に会ったときに返すとするか……」


 一枚多く貰ってしまったブロンズ硬貨を手の中で弄びながら、ため息をつくバウマンさんなのでした。






 一方その頃。

 王都のとある宿屋の一室では、アリゲイト博士が若いエルフの女性と対面していました。身なりからして、女性は良家の召使いのようです。


「では、この手紙をお届けください。詳しくはその中に」

「かしこまりました。それであの、私個人からの質問なのですけど」

「なんですかな?」

「あの、ワニ様というのは、やっぱり口が大きいのでしょうか?」

「まあ、大きいですな」

「人間でもエルフでも、一口で丸呑みにするとか」

「丸呑みですと? いや、さすがに、そんなことはしないでしょう」

「あ、そうですの。子供のころ、そういうお話を聞いたことがあって怖くて。これで少し安心できましたわ。それでは」

「は、はあ。ご主人様によろしくお伝えください」


 なにやら珍妙な会話の後、女性は博士からの手紙を大事そうに携えて帰っていったのでした。

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