第7話 雑貨屋にて 1

 イナカン村には数軒の店があります。


 ここは田舎の村です。観光地でもなければ、交通の要所でもありません。商売で大儲けできる土地柄とはいえません。


 しかしそうはいっても、人々が暮らしていくためには、生活必需品を入手したり、日々の憂さ晴らしのために酒を飲んだりする場所は必要なのです。


 そうした数軒の店の中で、村人たちが比較的よく利用する店の一つが、村の中央広場の近くにあるバウマン雑貨店でした。


 店主のバウマンさんは、小太りで口髭を生やした気のいいおじさんです。クロコディウスを召喚した儀式のときになんとなく場を仕切っていた、あのおじさんです。博士とは気の合う友人同士でした。


 雑貨店という名にふさわしく、店には本当にたくさんの種類の雑多な商品が売られています。生活に欠かせない日用品から始まって、へんてこな置き物や安っぽいアクセサリーのたぐい、子供のおもちゃ、駄菓子などなど。


 どちらかというと、利益よりもバウマンさんの趣味で仕入れをしているようなところがありました。


 店内には所狭しと陳列棚が並べられ、商品が置かれています。そして、いつもならバウマンさんが座っているはずの店のカウンターに、なぜか今日はクロコディウスがふんぞり返るように座っているのでした。


 バウマンさんは今日、奥さんと子供たちを連れてピクニックに出かけています。久しぶりの家族サービスなのです。そして店番として白羽の矢が立ったのが、クロコディウスというわけでした。


 ちなみに、今日は博士も村にいません。朝早く、荷馬車を借りて王都へ向かいました。一か月に一度くらい、博士は王都へ行きます。そして魔導書や魔導具を調達し、王都の友人たちと旧交を温めたりして帰ってくるのでした。


 王都までは馬車でも丸一日かかります。帰りは明日か、用件が手間取れば明後日になるでしょう。




 さて、店番の大役を任されたクロコディウスですが、すっかり退屈していました。


 まず、お客がほとんど来ません。午前中、噂話の大好きなおばさんが一人来ただけなのです。


 おばさんは誰が店番だろうが容赦ありません。クロコディウスは、まったく興味のないご近所の噂話を、たっぷりと二時間以上も聞かされました。おばさんはそうやって午前中いっぱいおしゃべりを続けてから、ホウキを一本買って帰っていきました。


 それっきり、午後になってもお客は一人も来ていないのです。


 これは今日に限ったことではありません。そんなに大きくもない村の店です。普段から、お客はせいぜい多くて日に数人程度なのです。


 田舎の村の雑貨屋の客足というものはその程度だということを、クロコディウスは知らなかったのでした。




 ぽかぽかと暖かい、気だるい午後です。窓から差し込む陽光が、陳列してあるガラス細工に反射して光っています。バウマンの奥さんがお礼にと作ってくれたお弁当は、とっくに食べてしまいました。


「まったく、バウマンのおっさん、よくこんな暇な仕事を毎日やってられるもんだな。でも弁当は美味かったし、放り出すわけにもいかねえな……」


 意外と一宿一飯の恩義には律儀なクロコディウスでした。しかし、時間はやたらノロノロとしか進んでくれません。


 クロコディウスの瞼がしだいに重くなりはじめ、金色の眼がとろんとしてきました。やがて半眼になって、座ったままの姿勢でうつらうつらしはじめます。

 万引き犯がいれば、正義の勇者を出し抜くチャンスといえるでしょう……。




「あ、クロコディウスだ」


 名前を呼ばれたクロコディウスは、跳ねるように飛び起きました。店の入り口には、一人の少年が立って店内を覗いています。


「おう、ピーターじゃねえか。中に入れよ」


 少年の名はピーター。十一歳になる、村のいたずらっ子連中の一人です。早いうちからクロコディウスに興味津々で、よく話しかけてくる子でした。


 買い物をしに来たわけではなく、たまたま通りかかってクロコディウスを見かけただけのようですが、招きに応じて店に入ってきます。


「こんなとこで何やってんの?」

「店番だよ。この店は、今日一日は俺の店になったってワケよ」

「それはちょっと違うんじゃないかなあ」


 ようやく話し相手ができ、クロコディウスは元気になってきました。


「せっかくだから、なんか買っていけよ」

「なにかいい物あるの?」

「よし、おすすめ商品を教えてやるぜ」


 取り出したのはホウキです。午前中、おしゃべりなおばさんが買っていったのと同じものです。


「こいつはな、今この店で大人気の商品なんだ。なんたって、今日、店に来た客は全員これを買っていってるんだ。すごいだろ?」


 子供相手に、ホウキの売り込みを始めました。確かに一応、嘘ではありません。しかし、どう考えても誇大広告です。まっとうな商人のやることではありません。こんなインチキくさい手口をどこで覚えたのでしょうか。


「ふーん。全部で何本くらい売れたの?」

「え? え、ええとな。そこはほら、営業上の重要秘密ってやつよ」


 ピーターの鮮やかな切り返しです。痛いところを突かれたクロコディウスは、しどろもどろになりながら、なんとかごまかしました。

 どうやら商売ごっこでは、ピーターのほうが一枚も二枚も上手のようです。


「お小遣いがあんまり残ってないんだ。それにホウキなんて要らないよ。家にあるし。それより……」


 ピーターの目がきらりと光りました。なかなか利口な子供のようです。目ざとく見つけたのは、カウンターに並べてある飴玉の箱でした。

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