第5話 勇者の初任務 2
大工ハンスの作業場は、村の中心部から少し離れた森の近くにあります。木こりが木材を運び入れるにも便利で、大きな音を立てても気にせず作業ができる場所でした。
広めに作られた作業場は木造の平屋建てですが、一部分だけ塔のように高い造りになっています。そこだけは、高さは三階建てくらいありました。
博士、クロコディウス、フランさんの三人が行ってみると、ハンスは作業場の外で椅子に腰かけ、パイプで一服つけているところでした。
ハンスはがっしりした体格で、黒いもじゃもじゃ髭を生やしています。変な言い方ですが、ドワーフを人間の身長になるまで縦に引き延ばしたような雰囲気です。仕事が丁寧で評判の良い大工でした。
「おや、三人お揃いで。ドルポンドさん、こないだ直した納屋の扉、調子どうです?」
「すごくいい感じ。ありがとうね。でも良すぎて主人が指はさんじゃった」
「それは扉の建て付けとは関係ねえだろ。旦那がおっちょこちょいなだけだな。それよりハンス、ピンクの服着た猫、見なかったか?」
「あー、ついさっきまでいたよ。偉そうに服なんか着てたから、ちょいとからかってやろうと思ったら逃げ足が速くて……」
「ストップ! 今そういう話は蒸し返さないでくれよ。で、今どこだ?」
「ここが気に入ったみたいだったから、まだ敷地内にいるんじゃないかな。野良猫に居つかれちゃ困るんだがなあ」
「それ、うちのミュウミュウちゃんなのよね。探させてもらっていい?」
捜索隊にハンスも加わり、作業場を探し回りますが見当たりません。
「だめじゃな。他を探すかのう」
「待て。鳴き声が聞こえる。全員、音を立てるな」
諦めかけたとき、クロコディウスが鳴き声を拾いました。ワニというのは、意外にも聴覚や嗅覚が優れているのです。
「いたぞ。あそこだ」
クロコディウスは作業場の塔になった場所を指し示しました。その高い屋根の上に、泥だらけでピンクというより茶色になった服を着た猫がうずくまっています。
「ミュウミュウちゃーん、元気ー?」
「うーむ、その呼びかけ方は違和感があるのう」
「登ったはいいが降りられなくなったんだな。アホなやつだぜ」
「ハシゴを持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
ハンスが塔の扉を開きます。両開きの縦長の扉の上に、もう一組、同じような扉が取り付けてあります。
中に入って滑車を操作すると、今度は上の扉が開きました。こうして上下両方の扉を開けると、塔の屋根のすぐ下まで高く開いた縦長の出入り口ができるのです。長い材木を出し入れしやすくする、ハンスの工夫でした。
その細長い出入り口から、ハンスは長いハシゴを持ってきて壁に立てかけます。
「一番長いハシゴだ。これでぎりぎり屋根まで届くだろう」
「ずいぶん古臭いな。大丈夫かよ」
登るのは、当然のようにクロコディウスです。なにしろ正義の勇者ですから。他人の嫌がる危険なことは進んで引き受けなければなりません。
屋根に手が届き、屋根の上に乗ろうとした時でした。
ベキッ! バリバリッ!
「うわぁっ!」
嫌な音がして、足を置いていたハシゴ段が外れ、ハシゴ自体もも真ん中で折れてしまったのです。クロコディウスは屋根にぶら下がる格好になってしまいました。
「危ない!」
「やーん、クロちゃん落ちるとこ見るの痛そうだから、目つぶってるわね」
「慌てるでない。クロコディウスよ、むやみに動くでないぞ」
すぐに反応したのは博士でした。クロコディウスに向けて呪文を唱えます。クロコディウスの体に、ぼんやりとした青色の光が吸い込まれていきました。
「すごい。博士、魔導書が無くても魔法が使えたのかい?」
ハンスが感心して言いました。
「安心せい。本職の魔術師ほどではないが、わしとて魔法の基礎は学んでおる」
博士は自信満々です。
「おい、もういいのか!? 飛び降りるぞ!」
しかし上からクロコディウスが確認すると、博士はとんでもない、と否定しました。
「なにを言う。その高さから飛び降りたらケガをしてしまうじゃろうが」
「え? だって博士、今、魔法をかけたでしょう?」
「あれは一時的に痛みを感じないようにする魔法じゃ。万一のために唱えた。落ちても無傷でいられる魔法は高度じゃから、魔導書と魔導具が必要じゃな。王都から取り寄せにゃならん」
「なんかさ、おばさん博士のことバカにしちゃいそう」
「ふざけんな! いつまでもぶら下がってられるかよ!」
クロコディウスは尻尾を振り子のように使って体を左右に振ります。そして勢いをつけ、何回も失敗した末、ようやく屋根の上に飛び乗ることに成功したのでした。
「ハァ、ハァ。危ねえとこだった。ったく、役に立たねえ魔法だ。期待して損したぜ」
「大丈夫かクロコディウス? ハシゴが壊れちまったから、短いハシゴを繋いで届くようにする。ちょいと時間かかりそうだが、しばらく待っててくれ!」
「作業場の中からは登れないのかね?」
「あそこは長い材木を立てかけて保管できるように、吹き抜けになってるんですよ。だから足場がなくて登れないんです」
ハンスは短いハシゴやら大工道具やらを運んできて作業にかかりました。
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