第4話 勇者の初任務 1
クロコディウスがファンタジア世界へやってきて、二週間が過ぎました。
最初、アリゲイト博士はクロコディウスがこの世界になじめるかどうか、おおいに危ぶんでいました。なにしろ、ワニ型獣人ですから。
どんな動物にも、イメージというものがあります。ウサギやネコなら、なんとなくかわいいイメージです。犬や馬なら、人間に従うイメージ。虎や熊はパワー系ですね。キツネや狼は、まあ、悪役です。
そして、ワニ。これはもう、獰猛で凶暴としかいいようがありません。かわいい声で甘えたり、忠実に荷物を運んだりなどとは考えられないのです。なので博士は、クロコディウスが外見で偏見を持たれることは充分あるだろうと思っていたのです。
実のところ、クロコディウスのような獣人が召喚されたのは、博士にとっても予想外でした。
博士は、やって来るのはエルフかエルフの亜種だと思い込んでいました。なぜなら、ファンタジア王国の現在の女王様はエルフですし、王国の統治を担う地位にある者たちは全員ではなくとも大半がエルフですし、博士自身もエルフだったからです。
要するに、無意識のうちにエルフ中心の思考になってしまっていたので、正義の勇者が他の種族などとは、可能性すら考えていなかったのでした。
これはこれで偏見に満ちた考え方で、村人に偏見を持たないでくれなどと言えたものではないのですが、なかなかに自分の欠点は気付きにくいものなのです。
さて、実際はどうだったかというと、博士の危惧は裏切られました。この二週間で、クロコディウスはすっかり村になじんでしまったのです。
なにしろ、この異世界からやってきた獣人に対して、村人たちはまったくといっていいほど警戒心がありませんでした。イナカン村のあるイナカーノ地方は、王国の中でも特に治安の良い地方なのです。村はこの五百年、平和な時代を満喫していて、人を疑うとか、怪しむとか、そういう感覚が希薄になっているのでした。
クロコディウスのほうは、何をしていたのは判りませんが、毎日のように村の中や村の周辺をぶらぶら歩き回っていました。が、なんの問題も起こしませんでした。
むしろ、村はずれで野犬を追い払っているところを目撃した村人がいたらしく、ちゃんと言葉は通じるし、野犬は追っ払ってくれるし、さすがは正義の勇者だけあっていい奴じゃないか、と好意的に受け入れられていたのでした。
クロコディウスは、子供たち、とくに男の子たちに人気がありました。どんな世界でも、子供は珍しい動物や強そうな動物が好きです。たとえば、カブトムシだったり、ライオンだったり、ドラゴンだったり。
クロコディウスもまた、そういった『強そうな者たち』の仲間に加えられ、格好の遊び相手にされたのでした。
さて、そんなある日のことです。一人の女性が博士の家を訪ねてきました。
「博士~、クロちゃ~ん、お邪魔するわね~」
声の主を察して、仰向けになって床でごろ寝していたクロコディウスが迷惑そうに言います。
「まーたあのおばちゃんかよ。ほとんど毎日じゃねえか」
「まあそう言うな。あの人には、いろいろ世話になっとるからのう」
勝手に入ってきたのは、四十代くらいの女性でした。やせ形で、髪は短くまとめ、ゴブリンの顔が大きく刺繍された服を着ています。最近、王都の富裕層のあいだでは、モンスターの図柄を大きく刺繍した服装が流行っているのです。
「今日はゴブリンの顔アップかよ。趣味悪いなおばちゃん」
「えー、そう? これ、王都でけっこう流行してるんだけどな。クロちゃん、ゴブリン嫌いなの?」
「そんなの当たり前だろ。昨日着てたゾンビも今日のゴブリンも、好きな奴なんかいねえよ」
「まあまあ。ドルポンドさん、座ってクッキーでもどうぞ」
このなんとなくちょっとズレた感じのする女性は、フラン・ドルポンドさん。博士が借りている家の大家さんで、村でも有数のお金持ちです。
珍しいものや新しいものが大好きで、クロコディウスが来てからというもの、なにかと理由をつけては様子を見に来るのでした。
「今日はねえ、相談があるのよ。うちのミュウミュウちゃんがいないの。一緒に探してほしいんだけど」
「ミュウミュウちゃんてのは、おばちゃんの子供か?」
「うちで飼ってる猫ちゃんよ。今朝から姿が見えないの。あたし心配でねえ、食事も喉を通らないのよ。……あら博士、このクッキーあんまり美味しくないわねえ」
美味しくないと言いながらも、フランさんは三個目のクッキーに手を伸ばします。食事は喉を通らなくても、おやつなら大丈夫な体質なのかもしれません。
「今朝からって、たった半日じゃねえか。好きにさせとけよ。猫なんて、そこらへんを勝手にうろつき回るのが普通だろ」
「まあそう言うでない。ドルポンドさんは、魔法実験でもなんでも自由にやっていいという破格の条件で家を貸してくださってるのだ。協力しようではないか」
「利害関係があるから受けるってのか。やらしいなあ」
「こういうときは利害ではなく、恩義という語句を使うのじゃ」
「ものは言いようってやつだな。しょうがねえ、どういう猫なんだよ?」
クロコディウスは面倒そうにのそのそと起き上がると、フランさんと向かい合ってソファに座りました。クッキーを一つ、自分の口に放り込みます。
「んーとねえ、かわいい猫なの」
「そんなんでわかるかよ。もっと何かないか?」
「そうねえ、とってもかわいい猫だわね」
「だから、そういうこと聞いてるんじゃねえんだよ。……かわいい以外になんか特徴あるだろ?」
「今日はピンクのドレスを着せたわ。とってもかわいいのよ」
「ピンク? ああ、あいつか。あの服、おばちゃんが着せたのかよ」
クロコディウスの言葉に、会話が一瞬止まりました。
「クロちゃん、知ってるの?」
「昼頃、ハンスの作業場で見たぜ」
「大工のハンスのところじゃな?」
「ああ。いっちょ前に人間の真似して服なんか着てるからよ、ちょっとからかってやろうとしたらビビって逃げだしやがって……な、なんだよ?」
二人分の冷たい視線を感じて、さすがのクロコディウスもひるみます。
「ひどいわぁ、おばさんクロちゃんのこと軽蔑しちゃいそう」
「小動物をいじめるのはいかんのう。正義の勇者にあるまじき行為じゃ」
「俺がどっかへやったわけじゃねえぞ。……わかったよ。ちゃんと探すの手伝うって」
こんないきさつで、正義の勇者としてのクロコディウスの初仕事は、猫探しに決定したのでした。
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