第19話 予期せぬ再会
隣町へは徒歩で半日かかった。
コンツェと同じように外敵を避けるため市街地の周囲は石の城壁で取り囲まれており、門番にヨシュアが発行した身分証を渡す必要があった。
早速道行く人に例の金貸しの家はどこかと尋ねたところ、すぐにわかると答えが返って来た。
「ここが」
確かにわかった。三階建ての邸宅は街中にあり、この世界では珍しい大きな窓ガラスがはめ込まれている。貴族でもこんな邸宅は持っていないだろう。
「ヨシダと申します。ご主人はいらっしゃいますか?」
「失礼ですがお約束は?」
門番は王の使者が来た時の吉田と同じように胡散臭気だが、ここで門前払いを食うわけにはいかない。
「ありませんが、緊急なのです。ガライ家の者が来たとお伝えいただけますか?」
門番が使用人に伝え、その使用人は屋敷の中へ消えていく。吉田は歩き疲れ棒のような足で三時間近く門の前に立っていた。
辺りが赤く染まる頃、ようやく使用人が声をかける。
「少しなら時間をとれるようです。お入りください」
案内されて入った屋敷内も、やはり贅を凝らした作りだ。事務所と兼ねているのか、白い壁に金縁の装飾、客の目を引き、愉しませる調度品があり、大きな機械式の時計まであった。こんな時でもなければホテルの参考に見学させてもらいたいくらいだ。
吉田は奥の部屋に通された。深呼吸してガゼルの形のノッカーを叩く。
「失礼します。本日は貴重なお時間をくださり……」
向上を述べかけ、吉田は思わず息を呑んだ。
「やあ、ヨシダさん。久しぶりだね」
「あなたは……」
部屋で待っていたのは、オープン初日に泊まった立派な髭の客だった。
「ようこそ、我が屋敷へ。ホテルに負けず劣らず、なかなか立派だろう?」
吉田はまだ事実が呑み込めていない。
「確かに素敵なお屋敷ですが。前に、物を買って売る仕事をしていらっしゃると」
「別に嘘をついたつもりはない。借金の担保にして安く買いたたき、高く売りさばく商売をしている。あの時は記名できなかったが、俺の名はサルバシュ。金貸しのサルバシュってこの辺じゃ結構名が知れてるんだ」
言葉の言い回しでここまで職業の印象が変わるのかと、ぼんやりと思った。
「それで、何の用だい? 王に渡す三千ドゥカードが必要になったのかな?」
「耳が早いですね」
「商人は情報が命だからな」
額までぴたりと言い当てたサルバシュは涼しい顔で金属製のゴブレットを傾けている。前にもガライ家が金に困ることを突きとめていた。
これが皆から恐れられる金貸しか、と吉田は冷や汗が流れた。
しかし、すべて筒抜けだろうと、足元見られようと、やることは変わらない。吉田は頭を下げた。
「三千ドゥカード貸していただけませんか?」
「その金額はさすがの俺でも大金だ。返す当てはあるのかい?」
吉田は荷物を探った。本来ならここで髪用の石鹸等を出す予定だった。でも相手はホテルの
「こちらを」
吉田はヨシュアが作成した今月の決算書を差し出した。
「ホテルの先月の利益が100ドゥカードになりました。順調に行けば三年もしない内に完済できるかと」
「順調に行けばか。なかなか正直だ。今は物珍しさから客が来ている。冬は客足が鈍るし、この好調がいつまで続くかわからない。そもそもそちらが提出したこの書類は信頼に値するか?」
さすが金貸しだけあって痛い所をついてくる。
「それに、金貸しが何故金を貸すのかわかるか? 利息をとるためだ。貸した金額がそのまま返ってくるようじゃ、何の旨味もない」
「ですので、三年でお返しします。毎月100ドゥカードずつ、三年で利息込みで3600ドゥカードです」
「随分低い金利だな」
20%なら、現代日本では法律で定められた金利を超えるか超えないかの利息なのだが、異世界ではもっと高いらしい。
しかし、どんな高い金利でも、相手が金を出してくれなければ話にならない。ドアインザフェイスではないが、ここから相手が呑めるような都合の良い条件を提示していく他ないだろう。王への借金を半分残したままで、返済計画も両立させるとしたら、どんな方法があるだろうか。やはり自分を身売りするしかないかと吉田が覚悟を固める。
沈黙の中、サルバシュは突如机に置いてあったベルを鳴らす。すると、屈強な男が二人入って来た。追い出すつもりか、と吉田が身を固くしていると、男たちは随分と重そうな木箱を運んできて、テーブルの上に置いた。
サルバシュは髭の下、首から下げた鍵でその箱を開ける。中にはドゥカード金貨がいっぱいつまっていた。
「全部で6000ドゥカードある。王への支払いに使ってくれ」
「え!?」
「俺にしても大金だったよ。財産整理のおかげでしばらくここを離れられなかった。毎月100ドゥカードなら、五年で返してくれ」
「なんでですか、利息をとらないなら何の得にもならないんじゃ」
「そんなに利息払いたいのなら、年利30%にするかい? 勿論複利で」
吉田は慌てて首を横に振る。
「あのね、ヨシダさん。我々迫害されてきた約束の民にとって、安心できる場所と言うのは本当に得難いことだ。
我々は金貸しや商売に明るい者が多いが、それは金しか自分を守ってくれないからだ。我々には国が無い。帰る場所がないと言うのは惨めなものだ。同胞が虐殺され、身ぐるみ剥がされ、行く先々で石を投げられても逃げる所がないのだから」
淡々と語られたのは迫害の歴史だった。七つも蝋燭がついている燭台の灯に、サルバシュの指や腕、顔にも小さな傷跡があるのを吉田は見た。
「君は何の偏見も無く我々を迎え入れてくれた。我々の同胞に寄り添ってくれた。我々の文化を理解し、食事を用意してくれた。これでも感謝しているんだ。
そして私事で恐縮だが、同胞たちのためにそんなホテルと言う施設をもっと広めてもらいたい。ここで終わってもらうわけには、いかないんだよ」
サルバシュの言葉は、ありがたいものだと言うのになかなか受け入れられない。あれだけ覚悟を決めて来たのに。ほっとしたと言うべきか、拍子抜けしたと言うべきか、なんだかまだ信じられなくて、夢でも見ている気分だった。
「でも利息は」
「もちろん、何も無しとは言わない」
サルバシュは髭の中でにやりと笑った。
「借金を返すまで、またホテルに泊めてくれ」
吉田はとびっきりの笑顔で答えた。
「勿論です」
その後、吉田はサルバシュに晩餐を御馳走してもらった。サルバシュの家族との戒律を守った食事は、それでも暖かなものだった。チキンスープを飲みながら、サルバシュがふと尋ねた。
「ところで、俺がさっきの条件に頷かなかったらどうするつもりだったんだ?」
「えっと、私は髪用の石鹸とかその他色々な知識があります。それらのアイデアを売るとか、担保が足りなければ借金奴隷になろうと思っていました」
吉田が馬鹿正直に答えると、サルバシュは、「それは惜しいことしたな」と商人の顔でぼやいた。
*
「まさか本当に用意してくるとはな」
少年王はドゥカード金貨が納められた木箱を面白くなさそうに一瞥した。
時間が惜しかったので吉田は貸衣装屋に行き、衣装を借りてヨシュアとしてそのまま王と面会した。コンツェに留まった使者には文をやったので、後ほどやって来るだろう。
「どうやって用意した?」
「融資をしていただきました」
宮殿の謁見室でひたすら頭を下げていた吉田は、顔を上げぬまま答えた。護衛付きの運搬用の荷馬車はサルバシュが用意してくれた。
「落ち目のガライ家に金を貸す物好きがいるとはな」
「我々はホテルを経営しておりまして、その将来性を認められたかと」
「ほてる?」
吉田は恭しく、残っていたパンフレットを差し出した。
「邸宅を宿泊施設にしたのか。しかも高いな。儲かってるのか?」
王のくせに金銭感覚は庶民よりらしい、と吉田は場違いな感想を抱く。
「ぼちぼちでしょうか。まだ始めたばかりですし」
「ふーん」
「近くをお立ち寄りの際は是非お越しください」
つい癖で宣伝してしまったが、相手は以前、身内をおびき寄せられ殺されている。気を害してしまっただろうかと心配になったが、口に出したものを取り消すわけにもいかない。
少年王は眉をしかめながら、「考えておこう」とだけ返した。
何はともあれ、こうして王への支払いは終わったのだった。
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