第9話 動物病院の問題

 チロ(チロル)は、猫の集会所にいる兄弟よりも二回りくらい小さかったが、やがて一回り小さい位まで挽回する成長を見せた。


 そのチロが問題行動を起こすようになったのは、翌年からだった。


 チロは発情期特有の声で鳴き始めた。

 思えば、先代のボケはメスだったにも関わらず、一度も発情期らしきものを迎えたことがなかった。前の飼い主が、避妊手術を受けさせていたのかもしれない。

 チロは避妊手術をしていなかったので、こうなることは想定済みだった。だが、こんなに何度も繰り返し発情期が来るものだとは、思っていなかった。


 発情期は十日程続き、終わるとおとなしくなる。しかし十日程経つとまた始まる。それを三月から九月まで繰り返すのだ。


 ただ大きな声で鳴くだけなら、我慢できる。いたずらをするのだ。私が嫌がることを繰り返し。

 上ってはいけないところに上り、そこにある物を落とす。入ってはいけないところに入り、中をかき回す。そして私に怒られると逃げる。それを何度も何度も繰り返す。


 怒られて逃げるのだから、怒られるようなことをしている認識はあるのだろう。それなのになぜ悪事を繰り返すのか。おそらく発情期のストレスからくるものなのだろう。


 夜通しそういうことを繰り返すので、私はチロをなんとか捕まえて、キャリーバッグに閉じ込めた。すると最初のうちは嫌がって鳴くが、割とすぐに眠りにつく。暴れまくったせいで疲れているのだ。


 避妊手術を受けさせるべきなのは、わかっている。それが私にとっても猫にとっても、最善の道なのだろう。


 だが、私にはそれができない理由があった。


 田舎には動物病院が少ない。それに数だけの問題ではない、質がとんでもなく劣るのだ。


 二代目のボケが風邪を引いて、動物病院に連れて行ったことがあった。そこは開業して間もない病院で、医師も看護師も感じの良いところだったから、結構繁盛していた。

 ボケが次に風邪を引いたときも、その病院に連れて行った。ところが、注射してもらって帰ったその日の晩、ボケは激しいけいれんに見舞われた。私は注射の量を誤った医療ミスを疑った。


 そこで次の日、再びその病院に連れて行って、症状を説明した。すると医師は、「脳腫瘍の疑いがある」と言い、抗けいれん薬を処方された。


 私は「違うんじゃないか」と思いつつも、ボケに薬を飲ませた。

 すると、まもなくボケは目が見えなくなり、それでも動き回ろうとするので、危険を回避するためケージの中に入れた。


 ボケは段々動きが鈍くなり、やがて寝転んだまま全く動けなくなった。

 私はそのとき、ボケが死ぬのだと覚悟した。そして徹夜でボケを見守った。


 明け方、ボケは少し動いた。それから時間をかけて起き上がった。でもまだ目は見えないままだ。

 私はボケの世話を、今は亡き母に頼んで仕事に出かけた。仕事から帰ってきたら、ボケは少し元気になり、目も見えるようになっていた。


 これは、①注射量の誤り②誤診③薬剤の処方ミス・・・のトリプルミスだと私は確信した。ボケは、あの獣医に殺されかけたのだ。


 それ以来その病院には行ってないし、ほかに動物を飼っている人にも、あの病院はやめた方がいいと伝えている。私のほかにも、死の兆候などなかったのに、入院した当日のうちに電話がかかってきて、ペットの死を知らされたなどという人もいた。


 この辺りの獣医のレベルはこの程度なのか。Googleで検索して口コミを見ても、怖ろしい情報があったり、情報自体が全くないとかだったりする。

 これだと、オスの去勢はそれほど難しくないかもしれないが、メスの避妊手術は危険が伴うと思う。もし失敗して死んでしまったらと考えると、とても手術には踏みきれない。


 だから私はやむを得ず、チロに避妊手術を受けさせないで、私が我慢する道を選択した。

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