第2話 世界の入口

 「えっ…ちょ、あ、えっ?!」

 「何度も言わせるな。今日付けで君はクビだ。それと同時にここからも出ていってもらう。」

 言葉が出ない。思考が頭の中で空回りする。

 「分かったら、さっさと荷物をまとめて出ていけ。諸々の手続きも既に済ませてるから安心しろ。」

 しかし真っ白になった頭でも、疑問の言葉はすぐに出た。

 「なっ、何でですか!こんないきなり言われても…私ここ以外に帰る場所はありません!

 せめて…せめてあと2週間は待たせ…

 「これは決定事項だ。早く出ていけ。」

 呆れたような口調で司令は言う。こちらを見つめる瞳は、これっぽっちも情が入る余地は無かった。

 「……わかりました。今まで、お世話になりました。」

 私は、空っぽになった心を抱き、部屋を後にした。

           *

 …身体が重い。これからどうすればいいんだ。私は孤児だ。母は病死、父は行方をくらましている。外の世界に、私の居場所は無いのだ。

 失意に染まりながらソファに寝転んでいると、聞きなれた声が、私の耳に入ってきた。

 「どうしたの?」

 「…フウカ。」

 この話を聞いたら、彼女はどんな顔をするのだろうか。

 「…私、知ってるよ」

 重そうな口を開くフウカの目は、あからさまに悲しい目をしていた。

 「クビになったんでしょ?」

 「…!なんで…!?」

 「さっきの話、こっそり聞いてた。」

 なんて事だ。もっとも知られたくない人に、もっとも早く知られているとは。ますます心が絶望に染っていく。

 「私はね、出会いがあれば、別れも必ず付いてくるって思うんだ。悲しいことだけど。でも…」

 じっと私を見つめながら、彼女は続ける。

 「でも、こんな形の別れなんか、納得できない。だって、せっかくできた親友だもん!もっと、もっと一緒にいたい!だから…」

 「私もここを辞める。」

 彼女の瞳は、既に涙で溢れていた。

 「で、でもそんなことしたら!」

 思わず声を荒げて反論してしまう。しかし彼女の瞳の色は、全くもって意志を貫いていた。

 「もう、辞めてきた。」

 見せてきたのは、既にハンコが押されている書類だった。…本当に辞めてきたらしい。

 すると、視界が突然霞み始めてきた。頬を何かがゆっくり伝っている。───涙。溢れかえって止まらない。気づいた時には、フウカの胸の中で泣いていた。

 「ごめん…ありがとう…ありがとう…」

 彼女の柔らかい手のひらが私の頭を撫で、母の様な優しい声で語り掛けていた。

 「…これからは、ずっと一緒だよ。」

 

           *

 幸い私たちは私物はそこまで多く持っておらず、比較的楽に荷物をまとめることが出来た。巨大な鋼鉄製の門を通り、外の世界に足を踏み入れる。重苦しい曇り空とは裏腹に、私の心はひどく透き通っていた。

 「さて、これからどうしようか。」

 「家探し…でもそれまで住むまでの家がない…」

 1人は頭を抱え蹲っているが、もう1人は…

 「フフーン。アリアよ!これを見ろ!!」

 自慢げに携帯の画面をこちらに向けてきた。

 「これ…」

 「趣味が合う人と連絡してて、しばらく泊めてって言ったらOK貰えたんだ~」

 …流行りの出会い系アプリだ。フウカは超がつくほどの天然で純粋。ぶっちゃけ言うと、猿より騙しやすい。

 「絶対止めといた方が良い…何をしてくるか分からないよ。」

 「大丈夫だって!なんかあったら、私達でぶっ飛ばしちゃお!!」

 気が引ける。だが、まともな経歴を持たない私たちに部屋を貸す所はどこもない。背に腹はかえられぬとはまさにこの事だ。

 「仕方ない…場所は?」

 「けっこう近いらしいよ。ここから…2キロぐらいだね。」

 「じゃあ、行こうか。」

 「レッツゴー!」

 私たちは力強く1歩を踏み出した。全く新しい人生。何があるか分からない。だが2人なら、どんな困難も乗り切れるような気がした。

           *

 なんとか逃がすことは出来たが…アイツらにバレるのも時間の問題だ。どう時間稼ぎをしようか。

 プルルルルル…

 悩む時間すら無いとは。

 「第三棟指揮官グリモアです。」

 『ご苦労。例の件の事だが、始末したか?』

 「はい、滞りなく終了致しました。」

 『…しかし、怖いものだな。才能というものは。』

 「と、言いますと?」

 『行き過ぎた才能は、それを持つものに圧倒的な全能感を与える。コントロールが効かなくなれば、上に立つ者を必ず排除しようとするだろう。』

 「そうですね。」

 『だが、これで脅威は排除された訳だ。もうすぐ計画のシュミレーションを始める。全て終われば君を元老院に推薦しよう。』

 「ありがとうございます。」

 『では、失礼する。』

 ツー…ツー…ツー…

 終わった。バレれば速攻銃殺だ。しかし、後悔はない。アイツらを止めれる者は、彼女しかいないのだ。

 「生き延びろよ。絶対。」

 

 

 

 

 

 

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グレー・マッド・マリオネット 弾、後晴れ @tuoi

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