第1話 世界の闇


 必死に逃げる男は鞄を大事に抱えていた。

 路地裏から路地裏へと飛び移る。

 まるで表通りに出てはいけないかのように。

 男はポリバケツにつまづいて転ぶ。

 生ゴミが辺りに散らばる。

 においも気にせずに。

 立ち上がり駆け出す。

 その背中に浴びせかけられる罵声。


「風呂より命より大事かよその鞄は!」

「ひぃ!? お前は――」

「俺は、真のネクサス」

「黙れ! 大虐殺犯が何を!」


 そこで男の腕が掴まれ一気に上空へと引き上げられる。

 男から情けない悲鳴が上がる。


「なんでお前がそれを知ってる?」

「み、見たからだ! 小さな太陽! その根元にいるお前を!」

「どうやって?」

「それは――」


 高次元連結体ネクサス、それはもはや人間にとっての超常、その全てを示す言葉になっていた。

 そしてこの男もまた。ネクサス。


「後天性ネクサス、俺らのプロトタイプ。能力は千里眼」

「そ、そうだ! この鞄の中にには――」

「――俺の写真が入ってる。そう言いたいんだろ?」

「あっ! 鞄! 俺の鞄!」


 少年の手には鞄があり、男の手にはない。

 一瞬の隙で奪い取った。


「俺は正義の味方でもないし、かといって悪の親玉でもないんだぜ」

「お前のせいで一千万人近くが死んだんだぞ!」

「ああ、それで?」

「お前は罪を贖うべきだ、命で以て!」


 それを少年は「詭弁」の一言で一蹴した。


「俺の命で何人の人間が助かっていると思ってる?」

「なにを……言っている?」

「この理想郷ユートピアが何で発電しているか知ってるか?」

「まさか」

「そのまさかだ」


 そう此処、理想郷ユートピアは今現在、少年のネクサス一つでエネルギーが賄われていた。


「此処の王は俺で、此処は俺の庭なんだよ」

「そんな、じゃあ私が此処に来た意味は」

「無いな、残念な事に」


 項垂れる男、嘲笑う少年は高らかに告げる。


「俺の名はニヒト。全てを終わらせる者だ」

「あっがっ」

「世界の王が虐殺犯なんて証拠、消しとかないといけないな?」

「が――」


 陽光の下に全ては塵と化す。

 男も鞄も。


「此処で暴露しようとせず、地元のテレビ局にでも持ち込めば良かったのにな。ま、此処は治外法権だから無意味だけど」


 虚無ニヒトの太陽王は全てを照らす。

 それが闇だろと光だろうと。

 ニヒトの通信端末に連絡が入る。


『ニヒト様、第五地区でネクサス犯罪です。ランクはS級、能力は電子操作」

「へぇ……次から次へと、次世代ネクストフェーズが始まっている気がしてゾクゾクするじゃないか」

『各地のATMを漁り歩いています』

「やる事がみみっちいなァ。新都タワーをジャックするくらいの事やってくれなきゃ」


 炎の翼を広げる緋色の少年。

 鮮やかな陽虹を湛え、飛び立つ。

 そう全ては彼の為す正義のために。

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