第11話   たくましいミューちゃんとマロ

 不穏な曇り空に、夜景の明かりが反射する頃。


 大画面で自らを宣伝するチェリーピンクヘアーのバーチャルガールに、ノイズが走った。眩い笑顔のまま、画面が固まる。


 ビルの屋上にいる里山たちのもとに、大画面からホログラム画像のごとく登場したのは、遊園地で見かけるユニコーンに乗った、等身大少女の美裏美兎だった。女児アニメ調そのままの見た目である。


「こんばんは☆ ルイ君にマロ君。まさかあなたたちまで、だなんて思わなかったわ☆」


 大勢の光の玉が、彼女を慕うように集まって、高速で飛びまわる。


「人の路上ライブ中に、頭上でぴょんぴょん飛び跳ねてくれちゃって☆ 私のお客様を横取りする気なら、容赦しないわよ☆」


 挑発的なことを言っているが、口調も表情も笑顔のままである。どうやらマロたちがタワーを目指して走っている間に、彼女はライブをしていたらしい。


 ルイが彼女を見上げて、むくれている。


「ミューちゃんはそんなこと言わない」


「あら☆ ミューの何を知ってるの?」


「キャラクターと声を、勝手に自分のモノにするな。ちゃんと企業に許可とったのか?」


「ここは私の夢の世界、ここでは私がミューちゃんなの☆」


「お前なんか、悪の歌のお姉さんだ!」


「まあ!! ひどいわ☆」


「はいストップストーップ! ミューちゃん過激派は下がってて、オレに任せてね〜」


 マロが仔ウサギをルイに抱っこさせて黙らせた。


 ミューの視線が、仔ウサギと合う。挑戦状には、渋谷で活動するなら仔ウサギを寄越すよう書いてあった。


「困るのよね〜☆ あなたたちみたいな人気ネトハにうろつかれちゃうと。私とポニーちゃんのご飯が減っちゃうわ〜」


 マロが里山の耳に口を寄せた。


「ミューちゃんの中の人は、オレたちで調べといたよ。美裏美兎の超有名なPプロデューサー。ぶっちゃけチャンスっしょ!」


 どういったチャンスなのかを、里山は知らされていなかった。


 マロは、ウサギの中の人が小学校の先生であることと、教員とは激務であり、プログラミングに英語にと、生徒に教える科目がどんどん増えていることを伝えた。


「でー、オレはせんせーの意見を参考に、プログラミング教室をネットで公開する予定なんだ。パソコンや撮影機材をいじるのは得意だし。で、ミューちゃんはー、英語で子供向けの歌をいーっぱい作って配信。それで広告料もらえばいいじゃん。知名度も上がって、一石二鳥ってヤツ~?」


「ふぅん、現役小学校教師の、なまの声ねぇ……これは現実世界でも、取材してみる価値があるわね☆」


 視線を夜空に思案する相棒に、白馬のポニーのびっしり生えたふさふさまつ毛が、ジト目になって伏せられる。


「ミューってば、まーた悪だくみしてる~」


「うふふ~、これでまた私の人気が上がるわよ☆ 小学生向けの英語の童歌の、アレンジソングをたっくさん作るわ! ロックにポップに、ララバイに~、ああすっごく楽しみ☆ オリジナルソングも作りたいから、私も英語のお勉強、再開しなくっちゃ!」


「ミューってば、英語できるの~?」


「う。だれか英語が得意なスタッフさんに、加筆修正をお願いしなくっちゃね~」


「なあ、オレー、母国語が英語なんだ! コラボしないか?」


 マロの元気な申し出に、ミューのPがギョッと肩を跳ね上げた。


「コラボ? うーん、人気急上昇中のネトハアイドルからのお誘いは、魅力的だけど~……今は、あなたたちとシマの取り合いしてるわけだし」


「オレたちはコラボ期間中以外は、あんたの縄張りには絶対に入らないよ。ほとんど海外で活動してるしさ」


 マロは日本の人気スポットに執着していなかった。


「オレたちで夢魔を腹いっぱいにできるくらい、いっぱい稼げばいいじゃん。オレとミューちゃんが組めばできるって!」


 はしゃいだテンションのまま、マロがルイに「作戦実行」を頼んだ。


 仔ウサギが、ルイの魔力で軽自動車サイズに変身。大きなウサギの背中に、マロが腕をめいっぱい広げて抱きついた。


「ほら、オレたちと組めば、このでっかいウサギ、もふり放題だぞー」


「まあ! そんなので釣られるもんですか☆ 私のポニーちゃんだって――」


「ふわふわで、気持ちいいよ~」


 マロが毛並みに埋もれてゆく。ルイもジト目のままウサギにもたれた。


 ミューの口がへの字に曲がり、虹色の両目は涙目になり、わなわなと震えだす。


「いいいいったん起きるわ! あんたたちのサイトに、メール送るから!」


 そう言って、大画面の中に飛び込んで消えてしまった。固まっていた画面が動きだし、別のCMが流れだす。


 マロがホッとして、ウサギのおでこにほっぺたをぐりぐりつけた。


「せんせ、ありがと! なんか上手くいったかも!」


 商魂たくましいネトハアイドルたち。小さく戻った仔ウサギは、マロが昔に戻ってしまう心配はなさそうだと判断した。


「せんせー、また夢で遊ぼうよ。待ってるからね」


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