第7話 視聴者とは?
マロが靴屋の看板に降り立ち、光の玉も彼を取り囲むように集まってきた。
「やって来ました、渋谷大通り! お? でっかいテレビが映ってる!」
ちょうどビールのCMが終わり、ポップな明るい曲とともに画面いっぱいに現れたのは、チェリーピンクのストレートヘアを妖精のように編み込んだ、女児アニメのメインヒロインにいそうなキャラクターだった。
「裏声まで可愛い! バーチャル・キュート・マリオネット、
流行りに少々自信がない里山は、黒いつぶらな目を細めて、ぴかぴか光る大画面を見上げていた。
(なんだアレ。バーチャルなんちゃら? ……ああ、そういや、タブレットで動画を観てると、たまに広告が入って、歌ってるのを見かけたな。歌や音読ができるソフトなんだっけか)
小さな子供でも簡単に曲作りができて、歌を歌わせることができるキッズモード搭載、収録された童話は随時ダウンロード販売で追加購入可、キャラモチーフは歌のお姉さん。そのせいなのか、キャラデザが女児アニメ調なのだった。
「中の人は、現役うたのお姉さんだよ! 良い子のみんなー! 美兎にたっくさん、すてきな歌を歌わせてねー!」
バーチャルな彼女の両目は、虹色に輝いていた。全体的にキラキラして眩い。
(こんな所で立ち止まっていたら、ルイから小言が飛んでくるぞ)
後からルイが、難なく追いついてきた。ウサギの垂れ耳が付いたニット帽が、彼の人間離れした跳躍に合わせてぴょんぴょん跳ねている。
そして、大画面に視線が釘付けになってしまったルイの姿に、里山は驚いた。彼の悪魔のような深紅の双眸が、子供のように見開かれて、すっかり魅了されている。あまりの感動に、両手を少し胸の前で重ね気味になっていた。
「すっげ、ミューちゃんまた人間味、増してる。もう本物の人間と、区別つかない領域だ……」
「ルイ、ミューちゃん大好きだもんな〜」
八重歯が見えるほどへらへらしたマロにからかわれて、ルイがハッと我に返った。照れ隠しなのか、不機嫌そうに口を引き結ぶ。
「す、好きじゃないぞ」
「またまた~。わたしはミューラミュー! ってテーマ曲、すぐに覚えて鼻歌にしてたじゃん」
「う、歌って、ないぞ、そんな歌」
次のCMは映画の告知だった。子供向けモンスターアニメの、愛と感動の物語を紡ぐナレーションが静かに始まる。
ルイの赤い目が、辺りを素早く見回した。
「マロ! 誰もいないぞ」
「え? あ、しまった! 視聴者が離れちゃった!」
マロが大慌てで見上げる先には、大画面の前で上下に激しくはしゃぐ、たくさんの光の玉たちがあった。マロが呼んでも、戻ってくる気配がない。普段絶対に手が届かない大画面に、大興奮している。他の建物の窓をのぞきに行ってしまう光の玉もいた。
マロがおろおろしながらルイに振り向いた。
「ルイ〜、ごめーん! オレ、どうしよ~!」
「だから言っただろ。子供たちの地元じゃなくて、海外のシーンにしろって」
「うう……今、どれぐらいの人数が残ってくれてるかな~」
ワルツを指揮する指揮棒のように、軽やかな動きで光の玉が集まってきた。最初よりもごっそりと数が減っているが、金色のまつげに縁取られたマロの瞳が、ほっとしたように揺れていた。
「よかった、残ってくれてた」
「すまないが、その人数じゃ、俺の腹は……」
「あ……そうなのか」
マロは切り替えるように、また電波塔をしっかりと見据えた。
「大丈夫だって! 再開すれば、きっと戻ってきてくれる!」
さっきまでの弱気な彼は、どこへ行ったのかと里山は驚く。
(彼の原動力は、友情と深く結びついているのか。でも腹って、どういう意味だ?)
たくさんのネオンに反射したマロの両眼は、芸術的に美しく輝いていて、彼の持ち前の明るい顔立ちと相まって、里山は今この瞬間をスクリーンショットして大事に保存しておきたい気持ちになった。
何かに熱中したり、集中している横顔は、美しいと評価する。
マロの力強い視線が、急にふにゅっと緩んだ。
「でもタワーまで、まだまだ遠いな〜。企画倒れするかも」
「スタート地点が、アパート付近だからな。何の計画もなしにいきなり始めたんだ、うまくいく方が稀だろ」
ルイの鋭い指摘に、マロが「うっ」と言葉に詰まる。
さらにルイが追い打ちをかけるように顔を近づけてきた。
「ズルするか? ここは夢なんだから、急にシーンをぶった切って、都合よくタワー手前まで飛ばすこともできるが?」
「待て待て待て! ズルしちゃダメだろ!? 約束したじゃんか!」
マロが耳まで真っ赤にして、首を横に振った。ついでにルイから後退りする。
「まだまだ朝まで時間あるし! イケるって! な!?」
「いいや、このままじゃタワーまで届かない。あんまり速度上げて突っ走ると、誰も追いつけなくなるぞ」
「で、でも、だって、この前、急にシーンを切り替えたらさ〜……」
マロは仔ウサギをジャージの胸元からすぽっと取り出し、ふわふわの背中に顔を押し付けた。赤面した顔を隠したかったのかもしれないが、小さな動物では人間の顔面を全て覆うことはできない。
(なんだなんだ? この照れようは……。まさか、エロい夢にシーンが変わるのか? 思春期だし、仕方ないところはあるが、子供たちの前では、困るな……)
大都会の建物の屋根に、いきなり全裸の金髪美女が登場したら、放送事故どころでは済まないだろう……と、想像できうる限りのエロい妄想をしてみる里山だったが、
(ん? これは俺の夢なんだろ? マロの夢じゃない。なら、ズルしようが、タワー手前まで飛ぼうが、気にする必要はないんじゃないか?)
少々混乱する里山に向かって、ルイの白い手が伸びてきた。
(うぉわ!)
首根っこを掴まれた。ルイに宙ぶらりんにされる。
「やっぱり辞めだ! この得体の知れないウサギを連れての今回の夢は、研究結果には入れないものとする」
「そんな、ルイ、強引だよ」
ウサギを人質にされて、マロはルイにうかつに近づけなかった。
「そ、その仔、離してやってくれよ、苦しそうだよ」
「ああ、すぐ自由にしてやる。研究も一時中断だ。起きるぞ、マロ!」
ルイは大都会の大通りに、小さな仔ウサギを、ポイと投げた。
(え……? えええええ!?)
里山は深夜の真っ暗な空を仰ぎながら、背中から落下していった。
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