第5話   あの二人組……?

 ハロウィンは十月末のはず、それなのに春先で青年二人の格好は、奇抜だった。


 漆黒色のランニングジャージを着ているが、袖部分はだぶだぶに布が余っていて、下から開いたチャックからはヘソが見えていた。黒い短パンから伸びる足には黒の穴あきスパッツ、ごっつい厚底ブーツと、なにをモチーフにしたのやら、動きやすいのかそうでもないのか、それすら判断に困る衣装だった。


 顔には悪役ヒーローのような黒いアイマスクを装着しており、二人とも両眼の穴の形が違っていて、吊り目と、たれ目。はしゃいでいるほうがたれ目で、こちらを警戒しているのか口を固く結んでいるほうが吊り目だった。


(おそろいの衣装か。無邪気そうな青年の服には、ところどころに赤いラインが入ってるな。こっちの、めちゃくちゃジト目を向けてくるほうは、紫のラインが衣装のあちこちに入ってる。まったく同じデザインってわけじゃないんだな)


 赤いラインの青年が、仔ウサギをひょいと抱き上げ、両手の平に包んだ。


「かんわいー!」


「おい、マロ、そいつは……」


「オレたち、旅してるからー、ペットを飼いたくても、寂しい思いさせちゃうから飼えないんだよな。だからってー、四六時中オレたちと一緒に移動させちゃうと、ストレスで早死にさせちゃいそうだしなぁ」


 仔ウサギの黒いふわふわの耳に頬ずりするマロの、とろけきった顔に、ルイは何か言おうとしていたが、あきらめたのかため息をついた。


「ペットの気質によっては、飼い主と一緒ならばどこでもハイテンションなヤツもいるけどな」


「うーん、仔ウサギはどうなんだろう。この子はー、旅好きかなぁ?」


 抱き上げられた仔ウサギの目線は、ぐっと高くなり、青年たちの顔部分に施された衣装の細部まで、はっきり見えた。赤ラインの青年が被っている黒のニット帽には、猫耳のような黒い三角のふわふわが生えていて、不愛想な紫ラインのニット帽からは、下に垂れた黒い兎耳が生えていたのだ。耳が垂れている兎に、ロップイヤーという種類があるのを、里山はたまたま観た動物番組で知っていた。


(なんのアニメのコスプレか知らないが、変わった格好の若者が、夢に出るもんだ。そのマスクは、身元を隠しているつもりか? 奇抜さが増して、逆に目立っているが)


 里山は、ふと、彼らの顔立ちに覚えがあった。抱き上げられて、顔の近くまで移動できたからこそ、気づいたことだった。


(この二人、さっきテレビで見たぞ。ちょっと外見が幼くなっている気がするが……おおむね、彼らで間違いない。さすがは夢だ、俺の脳はもうテレビの影響を受けたのか)


 腕の中から、里山もタブレットの画面を眺めた。ルイの指でスライドされたり、タップされ、拡大されたりと、現代のどこかの風景写真がずらりと並んだ画面は圧巻だった。


「マロ、今夜のステージは決めたか?」


「うん、ばっちし。今夜はー、一ヶ月前に行ったハワイの海岸にしよう。海を眺めながらー、みんなでパルクールするんだ! きっと楽しいよ!」


「ああ、このファイルか。開いて確認する」


 ハワイの青い海、サーフボードを片手にした体格の良い若者とのツーショット、背の高いアイスクリームを食べる美少女数人のまぶしい笑顔、等々、彼が訪れて撮影したらしきハワイの楽しげな写真がスワップされて、飛行機の全体像のパノラマ写真、機内食の写真、そして、空港の窓から見える夜景は、彼らが日本に帰宅した際に撮られた景色のようだった。


「夢なら誰でも、一ッ跳び! ヤシの木だろうが、誰かのアイスクリームのてっぺんだろうが、どこだって乗れるし、誰にも怒られない。夢の中ならー、落下したって足がガクッとなるだけで、ケガはしないし、安心安心」


「落下したヤツは、目が覚めるがな」


「大ケガするよりマシっしょー。だけど起きちゃった子は惜しいよなぁ。できれば朝まで、オレたちと一緒に遊んでいってほしいよ」


 いったい何の話をしているのか里山にはわからない。自分を抱っこしているマロの腕がだんだんと緩まってきて、里山は前足でマロに伝えようとした。


「うん? もうちょっと待ってな~。これ終わったら遊んでやるからさ」


 ごろりと、腕から転がり出た里山。画面に鼻先をぶつけ、夜景の写真をタップしてしまった。


(うお!)


 里山自身もびっくりして、大慌てでテーブルから飛び降りた。その際、勢いよく出た後ろ脚でタブレットを蹴落としてしまった。ミニテーブルもひっくり返った。


 ウサギらしい着地の仕方もわからず、あわや全身を地面に強打するところを、大きな両手で受け止められた。


「大丈夫か? へへ、やんちゃウサギだな」


 キャッチしたのは、マロだった。


(助かった。さすがは運動が趣味なだけあって、とっさの判断と反射神経が鋭い)


 おまけに、電化製品を倒してしまった動物を、怒りもせずに抱きかかえる、その道徳心には、10を付けてしまいたくなる里山であった。


(ああ、いかんいかん、初対面の青年に、いきなり成績をつけるなんて。まだ担任一日目も経験していないのに、仕事病が過ぎる)


 小さな黒いかぶりをブンブン振る黒ウサギ。マロが片手でタブレットを拾い、倒れているテーブルは……いつの間にやら、消えてしまっていた。どこにも見当たらない。


(ん? ウサギの俺に倒されたくらいで、ここから見えなくなるほど吹っ飛ぶわけないよな……?)


 もっとよく辺りを見回すと……なにやら、突風が耳をなぶった。下方から車のクラクションが鳴り、ネオン街だろうか、下からぼんやり届く明かりで、足元のコンクリートの、ヒビ割れまで見える。


 ここはどこかのビルの屋上のようだった。マロがしっかりと仔ウサギを抱え直し、歩きだした。屋上のフェンスから、せわしない大都会の、夜景が見える。


「ああ、オレたちが住んでるアパートからの景色になっちゃったよー。オレ、東京でルイと二人暮らししてんの。ミドルスクールの途中までは、アメリカにいたんだけど、引っ越したんだ」


 マロが赤ちゃんを高い高いするように、仔ウサギの両脇を持って、自身の顔の前に掲げた。


「母ちゃんが日本人で、父ちゃんがアメリカ人。お前はー、お腹だけ白いな。父ちゃんと母ちゃんのー、どっちかが白ウサギで、どっちかが黒ウサギだったのかな」


 仔ウサギは小さな鼻を、ひくひく。黒目がちなつぶらな瞳は、マロからルイへと視線を移しても、誰にも気づかれなかった。


 ルイは、最初見かけた時より、かなり距離を置いて立っていた。ほどよく筋肉のついた細腕を組み、フェンスに背中を預けている。切れ長の、冷ややかにも見える鋭い目つきで、里山を見つめていた。


「なあマロ、俺はここに人間しかんでないぞ」


「んー?」


「そのウサギも、人間だってことだ。あんまりイチャつかないほうがいい。おっさんかもしれない」


 マロが、きょとんとした顔でルイを眺めた後、仔ウサギを見上げた。


「おっさんー? こんなに小さな仔ウサギちゃんになる夢見るなんてー、チョーかんわいーおっさんだなぁ」


 マロが仔ウサギを腹ばいに、顔面に乗せてしまった。人の顔面に乗っかるとは夢にも思わなかった里山、じっとしている。


「必殺ウサギ吸い~。あはは、なんの匂いもしないや」


「なあ……俺の言ってたこと、聞いてたか?」


「あ、うん、聞いてた聞いてたー。おっさんウサギかもしれないんだって?」


 今度は片手に仰向けで乗せられて、腹部を指でなでなで……里山はじっとしていた。


(まだ二十代なのに、おっさん呼びされる仔ウサギ……カオスな状況だ)


 マロはこの程度では仔ウサギを手放さず、ルイはそれが面白くないのか、警戒心を隠しもせずに里山を凝視している。


(この場合、ルイが正解だな)


 見ず知らずのおっさんに、懐いてはいけない、ついて行ってはいけない……子供を教え諭す立場である里山が添削すると、ルイの考えに傾いた。里山がいくら賛同したところで、当人のルイは鳶のようにウサギを凝視しているのだが。


(マロに抱き上げられていると、目線が人に近くなって、周囲を見回すのが楽になる。だが、あまり甘えているとルイに食われそうだ。適当なタイミングで地面に下ろしてくれたらいいな)


 小動物に優しいマロの腕から、大暴れして脱走しようとは思わなかった。いくら夢とはいえ、ウサギの足には爪があり、それを脚力の限りにマロに打ち付けることはしなかった。


 けれど、このまま抱っこされ続けるのは、少しつまらない。せっかくウサギになれたのだし、もっと自由に飛んだり跳ねたりしたかった。


(以前にも、小動物になって好きな場所を自由に駆け抜けていた記憶が、あったような……)


 マロ達の周囲に、光の玉がいくつも浮上し始めた。いったいどこからやってきたのやら、子供の頭ほどもあるまばゆい光が、ふわふわと集まってくる。


「お? 来た来たー! どんどん集まってきたぞ!」


 マロが嬉しそうに目を細めていた。


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