第3話   人気動画配信者②

 ……ここで里山、一つの疑念を抱く。世界を旅する彼らの動画には、人気が爆上がりするほどの派手さがなかった。


 番組の司会者が、二人にインタビューする。


 企画も、編集も、二人でやっており、それは今でも変わっていないのだと、マロが答えた。つまりスポンサーが付いた後も、変わらず気ままに過ごしているという事だった。


「ん……そろそろ寝るしたく、するか」


 里山が眠気を覚えて目をこすっている間に、少し番組が進んでしまい、気がつくとテレビの中の二人が、アジア圏のどこかの賑やかな屋台街で、ブタの鼻を購入していた。はしゃぐマロのとなりで、人酔いしたのかルイが目をつぶって、しんどそうに立っている。


 ふざけて鼻をルイに近付けて見せるマロ。ルイが片目を開けてそれを見下ろし、突然マロの金髪をぐしゃぐしゃに撫でて仕返し。その後、ぷいとカメラアウトした。


 マロが鼻を持ったまま、ぼっさぼさの頭で呆然としている。その横顔があどけなくて、里山は思わず吹き出した。ビールが変なところに大量に入り、めちゃくちゃ咳が出た。


「ゲホゲホッ……ふふっ……ふふふ……なんだ、あいつら。仲悪いのか?」


 最後に流れた動画には、二人が同棲しているという小さなアパートの壁紙が、映っていた。定点カメラで、二人が脚立に乗ったり、背伸びをして、一日かけて壁紙を張り替えていく姿が、早送りで撮影されていた。


「仲良いじゃないか」


 二人が相談して選んだと言う壁紙は、意外にもシンプルな、無地の藤色だった。眺めていると、たかぶった心が鎮まるような、そして眠りにつく前の穏やかな時間が過ごせそうな、温かみのある色合いだ。


 マロが一旦カメラアウト。そして画面端から、にょっきり生える。なんと星柄の黄色いパジャマに着替えていた。


「この部屋なら、ぐっすり眠れそうだよな! 今夜からー、ルイが始めたがってる『好きな夢が見られる研究』に、移行しようと思いまーす。この部屋は、その実験室でーす!」


「おいマロ、まだ寝るなよ。塗料の臭いがキツいから、窓開けるぞ」


 彼らにスポンサーがついたのは、この研究について興味を示した人物が多かったかららしい。難しい話はマロにはわからず、すべてルイが話をまとめているそうだ。


 里山は最後の一口を飲み干した。缶をペコリと潰す。


「ルイは研究者だったのか。人は見かけによらないと言うが、本当にそうなんだな」


 カメラの前で寝具の雑誌をフローリングに広げて、あれやこれや話し合いながら、肩を並べて選ぶ二人の顔が、穏やかだった。ルイがマロを見下ろす視線は、歳が離れた弟を見守るかのよう。そしてマロがルイを見上げる顔には、とても安心しきった笑みが浮かんでいた。カメラが回っていることを、忘れているかのようで、少し不安にさせるくつろぎっぷりだ。


 スタジオにカメラが戻ってきて、気まずそうにしているルイと、視聴者に手を振っている無邪気なマロが、アップで映った。十代のマロの肌はドアップにも耐えられるみずみずしさで、口角からのぞく八重歯が白くて、よく目立った。ルイのほうは、どこに毛穴があるのかわからないほど肌が青白い。


「へえ。顔もイケメンだし、自力での企画力もあるし、この先ケンカでもしない限りは、生き残っててほしいな……」


 そろそろテレビを消そうかとリモコンに手を伸ばそうとしたら、うとうとしていた程度の眠気が、急激に強まってきた。


 それは里山を驚愕させ、焦燥させ、倒れまいとちゃぶ台にしがみついた指先の動きをも、鈍らせた。指がテーブルを滑ってゆく。体がどんどん熱くなり、バランスを崩した里山は片手を畳について、ようやっと起き上がっている状態だった。


「お、おい! なんだ、この感覚は……たったのビール一缶だぞ!?」


 今まで、一缶で、こんなにふらついたことはなかった。


「今ここで眠るわけには……目覚ましかけないと、遅刻する……!」


 得体の知れぬ強い何かに引きずり込まれるような、強烈な睡魔に、意識が、自我が、理性が、体が、引っ張り下ろされてゆく。


「明日は、大事な、日なのに……!」


 小さなちゃぶ台に片膝をぶつけ、缶が跳ね転がった。里山は畳に背中を着けてしまい、体温の低下が全身に染みわたってゆく心地よさに、抗えず……目を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る