6.別れ
朝焼けの道を車で飛ばします。オレンジ色の光を浴びて、海沿いの道をすーっと走らせて行きましたら、右手には海が広がっている。
さあ、どこでまもるくんとお別れをしようかと、眺めていましたら、海に向かってにょきりと伸びたながーい堤防がありました。ああ、ここだ、ここにしよう、なんて丸尾くんは考えたわけですな。
車を海岸に停め、まもるくんを車椅子に載せて、コロコロと堤防に向かって歩いていく。しかし、砂浜の上じゃ車椅子は動かせない。ぐいぐいと押しても砂に足がとられ、車輪も回らず、なかなか進まない。
仕方がないので、死体の両腋を抱えて、砂浜の上を引きずります。ずずずずっと引きずる丸尾くん。砂浜の上には丸尾くんの足跡と、二本の線が伸びていく。
そして、堤防の上に載りましたらば、また、ずずずずっと引きずるわけですな。
丸尾くん、普段は運動なんてまったくしませんから、それだけでも汗がだくだくに出てくる。しかも、朝焼けの日照りも手伝って、もう、びっしょびしょ。
でも、大事な友人の最後、自分の手で送り出してやりたいのが人情。
よいしょ、よいしょと堤防を歩く。まもるくんは足をずるずると引きずられるものだから、靴のかかとがすり減っちまっている。
さあ、堤防の切っ先までやってきましたら、とうとうお別れの時です。
しんみりと朝日を見る二人。
「僕がいなくなっても大丈夫かい」
再度問いかけるまもるくん。
「ああ、大丈夫さ、なんとかやっていくよ。・・・さよならだね」
「昨日も言っただろ、これはお別れなんかじゃない。いや、これは僕に限った話ではなく、人ってのは、とどのつまり死ぬことがないと思うんだ。身体は死んでも、人の心で生き続ける。そして、その人が子を生せば、その子に思いは引き継がれていく、そうやって僕たち人間は繁栄してきたんだ。たとえ、この身が魚たちに食べられようと、その魚たちの栄養になれば、僕は地球のサイクルに取り込まれることになる。何が言いたいかと言うと、僕は常に君と今後も一緒にいるってことさ」
それを聞いたらば、丸尾くんは号泣。
「そうか、そうだったのか、俺はこれまで一人で生きていると思っていた。でも、そんなことは不可能だったんだね。この僕にも、両親の血が流れている。この身体は昨日食べたアジの栄養でできている。人は決して一人では生きていけない。誰かと関わっていなければ生きてはいけないんだ。そんな単純なことにこれまで気が付かなかったとは俺は本当に馬鹿だ。うん、これはさよならなんかじゃない。また会おうねだ」
「そうだね、早く、海に落としておくれよ」
「元気でね、まもるくん」
「そっちも元気でね、丸尾くん」
ざっぱーん
海に放り込まれるまもるくん。
その体は重りがないのに、ぐーっと海底に沈んでいく。
思わず、丸尾くんも海に飛びこむ。
「まもるくーん!ありがとー!」
そう言っても返事はない。
それでも、丸尾くんは叫び続ける。
「ありがとー」
揺れる波の中で、まもるくんが旅立った沖に向かって泳ぎ続ける丸尾くん。
これ以上は行けない。行ったら沖に流されて戻れなくなってしまう。
そう思ったところで、泳いで浜辺まで引き返す。
ざばん
ざばん
ざばん
クロールで海をかき分け、泳ぎ、そして陸地に上がって膝を折り、両手を地面について深く呼吸をする。
そうするとね、萎んでいた自分の心にふーっと空気が入っていくのが分かる。まるで、紙風船みたいだ。
丸尾くんの心はあの太陽のようにキラリと輝いておりました。。
そう、今日から自分の新しい人生が始まるのだ。
海から、僕は生まれた。
でも、僕は一人じゃない。だって僕の心の中にはまもるくんがいるんですもの。
ピーポーピーポーピーポー
遠くからサイレンの音が聞こえる。
ピーポーピーポーピーポー
どんどん音が大きくなる。
ピーポーピーポーピー・・・
その音が大きく大きくなったところでぴたりと止まる。
ふっと目を上げればそこにはパトカーが一台。
警察官が一人出てきて、ザッザッザッと砂を踏んで歩いてくる。
彼は丸尾くんの目の前で足を止める。
「飯島丸尾くんだね」
「・・・はい?」
あれ、俺、なんか悪いことしたっけ?
「山田拓海くんの殺害容疑で逮捕する。署まで来てもらおうか」
さあさ、一体何が起こった?
一体なぜ警察はやってきた?
丸尾くんは完璧に演技をしていたのにどうして?
そう、先ほど述べましたように、『人は自分が思うほど他人のことを見ていない』これは紛れもない事実。しかし、もうひとつ、この世に真実がございますこと、皆様はきっとご承知の筈だ!
それは『人は自分が思っているよりも他人のことを見ている』
ささ、この物語もようやく佳境。皆さま最後までお付き合いをお願いいたします。
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