5.死体
包丁を握りしめて、まもるくんの枕元に座る丸尾くん。
「ドウシタンダ、マルオクン、ホウチョウナンテモッテアブナイ」
「おばあさんを殺そうと思うんだ」
「えッッ」
絶句するまもるくん。
「それまたどうして、僕が死体だってのはバレてないんだろ」
「いや、おばあさん、家族も友達もいなくなって寂しいんだって、ならば殺してやって、一緒に旅した方がおばあさんも楽しいんじゃないかと」
「その考え方は非常に利己的ではないかい、君は主観だけで物事を考えている」
その言葉を聞いたらば、丸尾くんは身体をブルブル震わせ、目なんか血走りまして、グイッとまもるくんの胸倉を掴みましたら、その顔に包丁を押し当て、顔をまもるくんに思い切り近づけまして、
「おいてめえ、何死体の癖して俺に口答えしてやがる。そもそも、客観なんか気にしていたから俺は今までボロクソに扱われてきたんだろうが。いいか、他人なんてのは極論、俺にとっちゃゴミだ。路傍の石だ。婆だってよ、ここで糞みてえな生活するよりも、俺に殺された方がましってもんだろう。こんな何もないところで、孤独死を待っているだけの婆は俺に殺された方がよっぽど社会の為ってもんだろ。てめえ、もう一度殺してやろうか」
と、唾をまき散らしながら言うわけですよ。まもるくん唾で顔べったべた。でも、ここからがすごい、まもるくんもすごい剣幕で言い返すわけですからね。
「てめえ、刺せるもんなら刺してみやがれ、馬鹿野郎。なに気狂いみてえなことを言いやがる。いいか、人ってのはな、一人じゃ生きていけないんだ、人との繋がりを否定した瞬間に人は人じゃなくなる。いいか、他人様のことを考えず、たった一人、自分のことだけ考えて生きるなんてのは獣のすることだ。お前は今、獣に堕ちているんだよ、それが分からねえのか」
すると、丸尾くん、ぽーんとまもるくんを投げ捨てる。どたん!と力なく倒れるまもるくん。
「なにをてめえ、てめえだって、言ってしまえば、俺が生み出した幻覚。所詮は俺とお前は写し鏡。お前だって根っこのところじゃ俺とおんなじ考えなんじゃねえのかよ」
と言った時、丸尾くんはハッと我に返った。持っていた包丁を落とし、包丁はすとんと畳に落ちて突き刺さる。両手で自分の口を押えて、ふるふると震えだした丸尾くん。
「そうだ、お前は俺なんだ。なのに、お前は俺を否定する。つまり、俺の中のもう一人の俺は俺を否定している。つまり、お前は俺が切り離した人間性、理性、社会性の塊、それがまもるくんなんじゃないのか」
「・・・やっと気が付いたかい」
まもるくん、うつ伏せのまんま答える。
「君が僕を殺した時、君の中の一部が死んだんだ。僕は君の亡霊だ。僕は君の死体なんだ」
「そんな馬鹿な話があるか、お前は俺の唯一の友達のまもるくんだ。お前が俺をずっと苦しめていた俺の一部だったなんて」
「でも、同時に君を生かしていたのも僕なんだ」
「そんな、そんなことあるか、これは下手な冗談だ」
「冗談じゃない。そして、君の中にもまだ理性が残っている。その証拠に君はもう包丁を握っていない」
ワッと泣き出す丸尾くん。
「僕は君なんだ。君が生まれた時から君のことを見てきた。君の唯一の友達。だからこそ、僕は君のことが心配なんだ。僕がいなくなってからもちゃんと生きていて欲しいんだ」
「そ、そんな、いなくなるなんて言わないでくれよ。寂しいよ」
「僕だって寂しい。でも、明日、海に僕を捨てておくれ。それで僕は死ぬわけじゃない。君の中に帰るだけなんだ。そして、僕は旅をする。人生と言う旅をね。海を泳ぎ、多くの人と会い、そして成長して、君を助け続ける。だから約束して欲しい。僕がいなくなっても大丈夫だって」
「うん、うん、約束するよ。必ず。必ず俺はこの世界でしっかり生きていくよ」
「そうだ、ならばおばあさんは殺しちゃだめだろ」
「そうだな、おばあさんは殺さないでおくよ」
「疲れたろう、今日は眠ろう」
そして、枕を並べ、二人は眠りました。
翌朝、おばあさんが起きるよりも早く、支度を済ませた丸尾くん。
車椅子にまもるくんを載せて、コロコロと車に向かって歩いていたらば、後ろで気配がする。振り向けば、そこにはおばあさんが玄関に立ち尽くしておりました。
「おばあさん、お世話になりました」
そう言う丸尾くんの目には涙。おばあさんに歩み寄り、その手を取ってひしと握手を交わします。おばあさんも感激したのか目には涙を溜めて、感動のあまり身体を震わせているではありませんか。
「お気をつけて」
絞りだしたようなその声に丸尾くん、更に感極まる。ああ、この人は俺と違い、心根が綺麗なのだろう。友を近々失う俺の身を案じてくれているのか。
「大丈夫、おばあさん。必ずここに戻ってきますので、その時はお茶でも飲みながらいろいろお話をいたしましょう」
そう言ってから、また車椅子のまもるくんを助手席に載せましたら、車をぶーんと走らせます。
小さくなっていくおばあさんに丸尾くんは車内で何度も手を振るのでした。
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