4.民宿

ぶーっと車を流しておりましたらば、民宿と薄れかかった文字を掲げた平屋が一軒。平屋と言うか、ぼろ屋ですね、汚いすすこけた家を丸尾くんは発見いたしました。

 なるほど、今日はここで一晩世話になりましょうかと、車を降りた丸尾くんは門戸を叩く。


 コンコンコン、ごめん下さいまし。


 したらば、出てきたのは老婆。この老婆ってのが昔話に出てくるような老婆でして、髪の毛は真っ白、顔にはいくつものふかーい皺が刻まれており、腰はくの字に曲がっておりやす。

 この老婆ってのが苦労人でして、昔はこの港町も漁やらなんやらで栄えておりましたが、今は過疎化の波に押されて寂しい限り。夫には先立たれ、二人の息子は都会に行ったきりで帰ってきません。一人でボロボロの民宿を経営するも、客は全く来ないもんですから、はー寂しいわーなんて独り言を部屋で呟いていたらば表には若者。

 「すいません、いやね、実は友達と旅をしておりまして、いや、その友達ってのが大病を患っておりまして、友達がどーしても死ぬ前に海が見たいだなんて言うから、いや、医者も止めたんですが、友達がどーしてもと言ってきかないもんですから、俺もね、その友達とは竹馬の友、えー、生まれた時は違えども、死ぬ時はおんなじ、なんて義兄弟の契りを交わしたような間柄でして、無理を押して港町までやってきたんですが、生憎宿がない。こんな遅い時間に大変申し訳ないのですが、一晩泊めてはいただけないでしょうかねえ」



 なんて、流暢に言いやがる。はっはーんさてはこいつ、虚言もすっかり慣れてきやがったな。もしくは本当にそんな気がしてきやがったのかも知れません。と言うのも、ほら、よく言うじゃないですか、嘘も百回言ったら本当になるなんてね、そう言う類の心情だったのかも知れませんね。

 まあ、この老婆ってのもだいぶ寂しかったんでしょうね。夜更けに孫みたいな年齢の男が訪ねてきて、おまけに困っている。ならば助けるのが人情でしょう。

 「そう言ったことなら、いやーなんにもないですが、どうぞ一晩泊って下さいやす。いやいや、お代なんて結構。私、ここを訪ねてくれる人なんて久しぶりなんで嬉しくて、嬉しくて」

 なんて、老婆は言いましたらば、ほれ、来たと、丸尾くんは車に戻りまして、助手席からまもるくんをよっこいしょと引っ張り出して、車椅子に座らせましたら、またコロコロっと老婆のところに行く。

 それを見た老婆は、は!とびっくり。と言うのも、まもるくんの顔は血の気が引いて真っ青ですからね。

 「あら、本当に具合が悪いのね、死んでいるみたい」

 だから、死んでるっちゅーねん。

 ささ、中へ、なんて言われたもんだから、お言葉に甘えて丸尾くんとまもるくんは中へ通されます。



 通された部屋ってのが本当に狭くって、布団を二枚敷いちまったらもう足の踏み場もないくらいでさあ。

 布団の上にまもるくんを寝かせつけたらば、老婆が言います。

 「お二人さん、お食事はまだでございましょうか、もしよろしければ、ご飯ご用意いたしますが」

 「どーもすいません。実は夕飯まだでして、お腹ペコペコなんです」

 「へえ、お連れさんにはお粥か何かご用意いたしましょうか」

 これには困る、お粥なんて食べさせられるわけがねえ、しかし、何も頼まないのも怪しまれる。

 「み・・・水を一杯用意してあげてください。もう、こいつ、何も食べられねえ身体になっちまって」

 なんて言っておいおいとウソ泣きをする。ここまでくると演技も堂に入っているもんだ。

 「そんな泣きなさんな、ま、とにかくごゆるりと」

 なんて言って老婆は襖を締めて部屋をあとにする。

 老婆の足音が遠ざかるのを確認してから、丸尾くんはまもるくんに語り掛けます。

 「いやーいい人でよかったなあ」

 「ウン、ホントウニソウダネ、ヨノナカイイヒトバカリダ」

 「しかし、不安だ」

 「ナニガ?」

 「いやね、さすがに、一晩お世話になったらば、君が死体と言うことがバレてしまうのではなかろうかと、不安で仕方がない」

 「キミモワカッテイルダロ、ヒトッテノハオモッテイルホドタニンノコトヲミテイナイモンナンダ。ダカラダイジョウブ」

 「まあ、そうだな、それにバレても殺しちまえばいいからな」

 「えッッ!!」

 まもるくん、思わず絶句。

 「そうだろ、一人殺すのも二人殺すのも一緒だからな。そうだ、また殺しちまって三人で旅しようか、殺しちまったあと、名前どうしようかな。君がまもるならば、彼女はせめる。うーん、そしたらまるでどこかの漫才師みたいだしな、おまけに、男じゃねえからな。うん、そうだ、花子ってのはどうだろう。おばあさんに似合った古風な名前じゃないか。うん、それによ、俺、おばあちゃんいなかったからね、俺が生まれた時にはもう死んじまっていたから、おばあちゃん欲しかったんだよな。僕とおばあちゃんと君でまた旅をすればいいじゃないか。うん楽しいぞ」

 「・・・・・・ウン、ソウダネ」

その時、こんこんと襖を叩く音がする。

 「ご飯の準備が出来ました」



 おばあちゃんが言ったらば、はい、わかりましたと。丸尾くんは立ち上がり、先に飯を食べてくるとまもるくんに言い残し、老婆に着いて行って食堂に行きましたらば、用意されていたのは、ご飯とみそ汁と漬物とアジフライ。日本食の贅沢なメニューじゃありませんか。

 それに貪りつく丸尾くん。美味い、美味いなんていいながら頬張ります。

 「この旅に出てから食うものは全部美味い。まるで俺は生まれ変わった気分だ。いや、実際に生まれ変わったのだ。これまでの殻を脱ぎ捨て、新しい俺に生まれ変わったのかも知れない。こうして人と交わるなんて昨日までの俺は考えすらしなかったことだからな」

 なんてしみじみと感慨にふけっていたわけですなあ。

 「お連れさん、だいぶ体調が悪いようですな」

 「ええ、もう、限界が近いみたいで、すっかり動けなくなっちまって」

 またもや、お涙頂戴の名演を繰り広げるわけですな。こいつも飽きないもんだな、楽しくなっちゃったのかな。そんで、おばあさんもまた、飽きずにうううっと涙なんか流しちゃって。

 「さ、食べ終わったら、水を運んでやらねば、急須に水を入れましたので、これで、お飲みになれるでしょ」

 おばあさん、親切にも水を急須に入れて持ってきてくれる。

 これには、丸尾くん、ありがとうございます。なんて応えますが、内心ドキドキですよ。だって、水を口に含ませても飲んでくれるはずないですからね、だって死体だもの。



 仕方なく、まもるくんが寝ている部屋に行く、おばあさんも何故か付いてくる。

 はー、やだなあ、これ、バレるんじゃないかな。バレたら殺さなきゃダメになっちゃうよ。しんどいんだよな。一体でもこんな心労なのに、二体になったら隠しきるの難しいんじゃないか、いや、でもまもるくんだけでもこんなに楽しいのに、花子ばあちゃんが加わったらもうひとつ楽しいぞ。なんだ、バレなきゃ御の字だし、バレても殺せば友達が増えて楽しい。つまりどっちに転んだっていいってことじゃねえか。なんて、この男思ったらば急に元気が出てきた。

 部屋に入ったらば、ささっとまもるくんの横に片膝ついて、急須を口に当ててやって、くいっと飲ませる。当たり前ですが、まもるくん飲まないからね、口から水が溢れる。



 それを見ていたおばあちゃん。

 「あらやだ、口を湿らせて、まるで死体みたい」

 いや、こんなこと考えちゃ駄目だわ。と思いつつもやってる丸尾くんも、

 こりゃ死に水みたいだなあ。なんて考えてるわけでさあ。

 「ささ、お風呂が沸いておりますので、どうぞこちらへ」

 「おばあさん、すいません、その前に濡れたタオルをいただけませんでしょうか。彼の身体を拭いてやりたい」

 そう言ったらば、おばあさんは親切なことに濡れたタオルを持ってきてくれた。まもるくんの衣服を脱がし、身体を丁寧に拭いてやる。それを見ていたおばあさん。

 「あらやだ、まるで映画のおくりびとみたい。こう納棺する時に身体を拭いてあげるんだったっけ、お父さんの身体も拭いてもらったわね」

 いや、こんなこと考えちゃ駄目だわ。と思いつつやっている丸尾くんも

 こりゃ、映画のおくりびとみてえだなあ。なんて考えてるから馬鹿みたい。

 「いやーよかったな、まもるくん、身体も綺麗になって、これですっきりしただろう。さてさて、私はお風呂を頂きましょう」

 と丸尾くんはおばあさんに付いていく。

 着いた先は何と庭先、そこには大きな五右衛門風呂。

 「うちの民宿の名物でねえ、どうぞお入り下さい」

 「いや、これは豪勢な、せっかくなので入らせていただきます」

 おばあさんがその場を後にしてから、するりするりと服を脱ぎ、素っ裸のまま風呂に入ればこれがまあ、なんとも気持ちがいい。

 風呂ってのはいいですね、私も大好きでして、よく近所の銭湯なんかに行くんですよ。特にテレビの収録があった日なんてのは緊張しますから、そう言う日に行く風呂屋ってのは格別なもんですよ。

 凝り固まった身体と心がじんわーりとほぐされていきますからね。そのじんわーりを味わいに銭湯通いしているようなもんでして、もしもこれが人を殺した日の夜なんかだったらじんわーりもひとしおと言うもんですわ。

 はーいいお湯だなあ、お、目の前は海か、オーシャンビューってのも気が利いてるね。その上、月もまん丸いお月様だ。その光が海に反射してキラキラ輝いていやがる。とっても綺麗だ。今日は一日とっても疲れたな。こんなに運転したことこれまでなかったから、尻と腰が石みたいにこってやがる。でも、なんだか、気持ちのいい疲れだな。まるで、一日中遊んで明日はどんな楽しいことが起こるのかとワクワクしていた子供時代に戻ったみたいだ。確かに俺にもそう言う時があった。いつの頃だろうか、そうだ、あれは親父が女を作る前の話だ。

 そんな風に感慨に耽っていましたらば、庭先からおばあさんが薪を一抱え持って歩いてきまして、



 「お湯加減はいかがですか」

 「いや、本当に最高ですよ。人にこんなに親切にしてもらったのは生まれて初めてだ」

 「そんな大げさですよ」

 とおばあさんは笑って薪をくべるわけです。

 「お連れさんとはどう言ったお知り合いで」

 「いや、出会ってからの歴は短いのですが、妙に気が合いましてね。もう一人の俺に出会った。そんな心境だったんです」

 「いいですねえ、友達は人生の宝ですからね、私にもそう言う大切な人が大勢いましたよ」

 「その方々はどちらへ」

 「みーんないなくなってしまいました。旦那は病死して、息子たちも家を出ていったきり、帰ってこないもんですからね。幼馴染はみんな死んじまいました。長生きなんかするもんじゃないですな」

と寂しく笑うおばあさんを見て、心を締め付けられる丸尾くん。

 「俺も、近々、彼と別れることになります。それを思うと、心が引き裂かれる思いでして」

 「いやいや、私はもう年寄りですが、あなた様は若い、きっとまた素晴らしい友達と出会えますわ」

 「そうですかねー」

 「きっとそうですよ」

 「そうだ、おばあさん、ならば、我々友達になりませんか」

 「こんなおばあちゃんと友達になったって面白くともなんともないですよ」

 「いや、そんなことはないですよ、俺、実はおばあちゃんがいなくって、子供の頃、友達が学校でおばあちゃんのお話なんかしていると、それは寂しくてしかたなかったんです」

 「そんなことをこの老いぼれに言ってくれるなんて、あなた様は大層心がお優しい」

 この時、丸尾くんは心に決めたわけです。

 これがおばあちゃんに自分が出来ることだと。 



 さあ、夜が更け、皆が寝静まった頃、と言ってもこの民宿に生きているのはおばあさんと殺人鬼だけですがね、殺人鬼は包丁を台所で見つけて、ぼーっとその切っ先を見つめている。その刃に月明りがきらりと反射なんかしまして、殺人鬼の目をギラギラと光らせる。その姿はまるで、暗闇で獲物を見つめる捕食者そのもの。

 果たしておばあさんの運命やいかに。

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