3.友達

 丸尾くん、高速道路をかっ飛ばしていれば、もうすっかり夜になってしまった。あたりが真っ暗闇になりまして、風景も見れず、山道と、山をくりぬいて作ったトンネルを走るだけであります。一人、真っ暗闇の中を走るその胸に去来したのは寂しさであったんですな。

 おかしなもんだなあ、と本人も思う、と言うのも、彼は生まれてこの方ずーっと一人っきりだったわけですから、寂しさこそが彼にとっての友人だったわけであります。



 それなのに彼は底すらない孤独を感じる。それは何故か、やはり、この旅の道中で友人がいる男を演じたわけですから、彼は初めて友人がいると言う感覚を疑似的に味わったわけですね。友情と言う甘い蜜の味は本当に甘美だったんですな。でも、本当の彼は友達なんて一人もいないわけですから、その蜜と言うのは口の中で味わう前にすーっと陽炎の様に消えてしまうわけです。さながら、追いかけても絶対にたどり着けない砂漠の中のオアシス。



 「あー、悲しい、寂しい、つらい、孤独だ」

 そんな呟きすら、高速道路の背景の闇にビュンと消え去っていく。

 ふと、横を見る、そこには目を閉じてでろりと身体を助手席に預けている死体。あれ、いるじゃねえか、俺意外に一人。

 「死体、死体、死体、うん、いや、これは死体じゃねえんじゃねえか」

 なんて馬鹿なことを考え始める。 

 「うん、こいつは俺の友達だ。死体なんかじゃねえ」

 妙なことを言い出すヤツだ。

 「そうだ、こいつは俺の友達、そう、うーん、名前は、そうだな、まもる、まもるだ。なあ、まもる、今日は楽しかったな」



 これも虚しいですよね、一人で演技を始めてしまう。子供なんて言うのは、空想の遊び友達を頭の中で作ると言われております。イマジナリーフレンドと言うヤツですな。この丸尾くんはそれを始めちまったわけです。違うのはこれをやり始めたのが子供ではなく、一人の殺人鬼っていうんだから具合が悪い。

 「まもる、本当に、なんだろうな、こんなに楽しい日は・・・生まれて初めてかもしれない。あんな風にパネルに顔なんてハメちゃってさ、はしゃいじゃってさ、だって、俺、一人だったからさ」

 と語り始めますが、もちろん、まもるは答えない。

 「ソウダネ、キョウハトッテモタノシカッタヨ」

 答えた。



 これは一体何が起きたのか、人を殺した後、私は人を殺したことはありませんが、いや、昔殺されかけたことならあるんですがね。昔、付き合っていたあきちゃんに浮気がバレた時なんて、もう、死ぬかと、この顔の傷はその時あきちゃんにひっかかれたもんでして、いや、そんな話はどうでもいいでござんすな。そう、人を殺した後っての恐らく精神的におかしくなっておりますので、空耳のひとつ聞こえてきてもおかしくはない。

 「お前も楽しかったか、まもる」

 「ウン、ソウダネ」

 「あの、意外と人って俺のこと見てないんだな」

 「ソウダヨ」

 「なんだろう、ずーっと、ずーっと人の目が怖かったんだ。俺なんてあれだろ、昔っから親父やお袋の目ばかり気にしてて、なんだ、人から嫌われたりするのがとても怖かったんだ。そんなビクビクしている姿が逆に人をイラつかせたりなんかして、それで虐められたりして、他人ってのは俺を傷つける存在だと思っていた。アイツのこと殴っちまえ、アイツのこと、ハブいちまえ、アイツのこと馬鹿にしちまえなんて、他人なんてそんなものだと思っていた。みんな捕食者で俺は狩られる側の人間。それが嫌だったから、俺は自分の殻に閉じこもった。誰とも交わらず生きていたいと思っていた。そしたらどうだ、誰からも相手にされない人間が出来上がってしまっていた。でも、今日、一日旅していて思った。人ってのは案外馬鹿だ、俺は他人なんか気にせず、自由に生きてもいいんだ。そんなこと俺は知らなかったよ。お前と会わなかったらそんなことにも気が付かず一人でずっと生きていたんだろうな」

 「ウン、セカイッテノハキミガオモウホドワルクナイ」

 そんなことをまもるくんは言ってくれる。



 「キミハ、イママでとっても傷ついてきたんだ。だからと言って、この世界を恨んでしまうのはよくない。君はこの世界で生きていくんだ。ならば、この世界を愛する努力をしないと。君をこれまで傷つけたものですら、今の君を作っているんだ。今の君は素晴らしい。今の君は間違っちゃいない。君は何も悪くない。そう、君は何も悪くないんだ」

 なんて言う風にまもるくん言ってくれるもんだから、丸尾くんは感極まってしまい、高速道路にもあるでしょ、路肩に車を止める少し窪んだスペースが、あそこにグッと車を停めて、ハンドルを抱きかかえて泣き始めてしまった。

 誰かに言ってもらいたかったんでしょうね。お前はなんにも悪くないって。

 一人、目じりを抑えて、ボロボロと流れる涙は手を伝っていく。

 「ほん・・・本当・・・ずっと寂しかった。誰かとた・・・旅をしてみたかったんだ」

 「なら、君の願いを叶えられて本望だ」



 横を見やれば死体、いやいや、まもるくんの口が本当に動いているように見えるから不思議だ。でも、死んでおりますからね、もしも丸尾くんが動いていると言う風に見えたのなら、それは死後、身体ってのは筋肉組織が収縮を始めますから、それらが同時に収縮しましたら、まるで体が動いているように見えることがある。これは科学的に証明されておりますから、なんにも不思議なことではないんですね。

 「さあ、海に行こう。きっといい場所だよ、海、行ったことあるかい」

 まもるくんが流暢に話す。

 「俺は、海に行ったことはあるが、いい思い出はないよ。中学生の時にね、本当は美術部に入りたかったんだが、親父に『男なのに、そんな女々しい部活に入るな』なんて言われてね、サッカー部に入ったんだ。そしたら、ほら、サッカー部なんて、運動部の花形だろ。そんなところに入ったらば、虐められるのは目に見えていた。浜辺を走るなんて言う練習をさせられたことがあるんだけど、その時、先輩たちに服を脱がされて、そのまま海に突き落とされたことがある、あれは冷たいし、怖かったな。今思えばアイツらも殺しちまったらよかったんだ」

 「でも、僕のことは海に落とすんだろ」

 「それは仕方ないじゃないか。じゃないと俺は捕まっちまう」

 「なら、ひとつお願いがあるんだ」

 「なんだい」

 「僕に重りを巻いて海に落とすと言っていたけれど、それをやめて欲しい。君の話を聞いたら怖くなってきた。それに、僕は海を泳いで旅をしたいんだ」

「ああ、いいとも、俺が見れなかった世界をまもるくんが代わりに見てきてくれ」

 「約束するよ、いろんなものを見てくる。それで、いつの日か君にもう一度会って土産話をたくさんしてあげるよ」

 「約束だよ」

 「もちろんさ」

 「君と離れたくない」

 「でも、そうしないと君は捕まってしまう。自分で言ってたじゃないか、刑務所に入ったら生きて出てこれないって、そんなの僕も嫌だよ」

 「そうだな、ありがとう、まもる」

 「いいってことさ、だって僕たち友達じゃないか」

 そして、また車を走らせる丸尾くん。

 でも、その目は固い決心の色が浮かんでおりました。

 これもまた歪な形ではありますが、成長と呼んでよろしいのではないでしょうか。人って言うのは一人だけじゃどうしても駄目だ。誰かと関わることで成長していくもんじゃないですか。

 それにしても役者だねえ、この丸尾くんって男の子は、何役も一人でこなすし、嘘を話せばみんな信じる。

 すぐに大学なんて辞めて、役者にでもなっちまった方がいいのかもしれない。いや、案外、我々みたいな噺家もむいておりやすでしょうね。



 てなわけで、車を飛ばしている丸尾くん。

ようやく港町に着いた頃には時刻は九時過ぎかと言うところ。

「うーん、まもると離れ離れになりたくない。それにこんな夜の寂しい海に友達を落とすってのは気が引ける。そうだ、明日の朝に別れるとして、今日は民宿か何かを探してそこで二人で泊ろう」

そう考えたわけでして、果たして、二人は夜の港町を車で走り抜けるわけですな。

運転席からふいっと外を見ましたら人家を縫って見える海は地平線のかなたまでずーっと続いておりやして、尚よかったのはその日が満月でして、海に満月が写っていて、これは絶景なわけです。

空の月と、海の月。合わせ鏡のような風景。これは丸尾くんとまもるくんを現しているようで、なんともメタファーに富んでいていて素晴らしい。

さてさて、二人はこの先どのような珍道中を繰り広げるのか。乞うご期待。

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