第5章 - 重荷

第5章 - 重荷


作者:コソン 翻訳:山城



Keys:


*** - 新しい場面・キャラクターへの切り替わり


○○○ - 状況やキャラはそのままにわずかな場面転換


~ - 語尾が伸びている


> < - 異なる言語が話されている/読まれている


+ - 会話の同時進行


*__* - キャラクターの動作を表す 例)*ゴホン…* = キャラクターが咳をしている


名前のない引用 - 無名/無名のキャラクターが話している(背景キャラクターも含む)





***


もはや、星々の眩い光は見えず。 もはや、燃え上がる焔も見えず。 神々の種族もまた、何の痕跡もなしに、消えてしまったのだった。


ヌリは再び、いっそう深まる暗闇に囲まれた。 今回は、彼は馴染みのある存在を近くに感じていた。


「あなたたちは何をしていたの?!」


彼は何とか近くで言い争う、若々しい声を耳にしつつ、半分眠りの中にいた。


ヌリは慎重に目を開け、まだ霞んだ視界を明瞭にするために何度かまばたきをした。 汚れて乾いた空気が、彼はコドラに戻ってきたのだと確信させてくれたものだ。


堅い樫のベッドで横たわらされている中、温かいタオルが彼の額の上にきっちり置かれており、湿った木の天井がまず眼に入る。 そして彼は、奴隷たちの小屋の中にいるのだと気が付いた。


汗と疲労とが、ヌリの身体にずっしりとのしかかる。 ああも残酷なまでに負担をかけられ、彼の筋肉にはほとんど力が残っておらず、危うく寝た切りにもなってしまいかねなかった。しかし、ヌリは上体を起こすだけの力を振り絞った。


ゴドキンに何が起きたのかを振り返り、そして彼が背負った苦しみが口をつぐませていた。


「僕は……生きているのか?」


ヌリは叫ぶ。「ああ!」


脈動するような痛みが彼を止めた。 ゴドキンの夢により、ヌリの自然感覚はひどく妨げられていた。 近くで言い争う声が、彼の頭の中に響く脈動する痛みを悪化させている。


ヌリは両耳を覆って叫び声を閉めだそうとする。どこから声がしているのか探ろうとあたりを見渡してみても、メイヴとアドララから生じているのだとわかるのみだった。


二人は犬のように吠えたて、自分の意見を頑として譲ろうとしなかった。


メイヴは自分は何も間違ったことをしていないと主張しながら、冷たい表情を浮かべている。 アドララはもっと固執していて、ヌリに奴隷たちの休憩場でヌリに何が起きたのか、自分には知る権利があると信じていた。


「私たちのせいじゃないんだってば!」メイヴは叫ぶ。


「飲み物に病原が入っていたなんて知らなかったんだから」


「だけど、自分のために飲み物を盗みに行かせたのは貴女でしょう!」


「彼にも口があるのよ、アドララ。もしやりたくないならノーと言えたでしょうに」


「何の責任も取る気はないって本当に言ってるわけ?!」


「飲み物に仕込んだのが私たちじゃないなら、どこにも取るべき責任なんてないわよ」


「うぅ……、君たちの声、大きすぎるよ!」ヌリは呻く。


驚愕の表情を浮かべつつ、アドララとメイヴはヌリを注視する。 長い間心配していた相手がようやく意識を取り戻したのを見て、二人とも安心していた。二度と目が覚めないのではないかと思うほどだったのだ。


「ヌリ!」


アドララとメイヴ、二人ともが叫び、ヌリのベッドのそばに駆け寄った。


興奮したアドララが両腕をヌリの肩に載せ、顔を彼の胸に預け、そしてわっと泣き出す。


「死ぬところだったんだから!」アドララは涙声で言う。


ヌリは僅かに彼女の過度な泣き声にうんざりしていたが、しかし彼女の感情も理解はできた。 アドララの頭に手を置いてあげる前に、ヌリは止まる。 彼女はヌリの胸に頭を擦りつけ続ける。


メイヴは立ち尽くしたまま二人を眺めていた。締め出されたような感覚を覚えていたのだった。


「どうやって僕はここに?」


「あなたが気を失ってすぐ、中尉が到着してあなたをここに運んでくれたのよ」ヌリの質問に、メイヴが答える。


「それからあなたのお母さんがあなたに癒しの魔法をかけて、あなたが起き上がるまで待ってるように私たちに言ったわ」


「そりゃいいや……」ヌリはため息をつく。


彼は、母親がまたも自分のために心労を負ったことについて辟易した。 未熟な考えを恥じている中で、時折彼は深い悲しみを感じざるを得なかったし、ゴプトン病の伝染力を過小評価してしまっていた。


「何を考えていたの?」アドララが問う。


「自分のものでもない飲み物を盗んで、しかもアルコールを飲むなんて?!」


「でも、僕は飲んでな……」


「おっほん」


メイヴはヌリにちらりと視線を投げかけ、あそこで何が起きたのかをアドララに気付かせず、また嘘をつくように促した。 彼はため息をついて眼を白黒させ、偽りの主張について同意をしてみせた。


「その……ごめん、アドララ」


「私たちの友人がたくさん死んだわ」アドララは続ける。


「あなたがその一人になることだってあったのよ、ヌリ!  頼むから……自分を危ない目に合わせないで」アドララはこい願うように言った。


ヌリはアドララをひたすらに観察しながら、暖かな気持ちを感じ取っていた。 彼女からにじみ出る無邪気な優しさを感じ取って顔を赤くする。不本意ながら、心臓も高鳴っていた。


彼の熱情はあふれ出るばかりだ。 ヌリはアドララと自分の母親の両方に幸せになってもらうため、ひたすらに自制した。


「僕らの約束を忘れてはいないよ。だから、もう泣くのをやめてくれ」


「ご、ごめんなさい」


泣いていたせいで、アドララの眼はわずかに赤くなっていた。 アドララはヌリに近すぎることに気が付いて離れ、身だしなみを整えた。


「ええと、もうあなたが平気だってわかったんだから……そろそろ私たち向こうに行くわね。しっかり休んでもらわないと」


アドララは振り返ってメイヴの手首をつかみ、急いで奴隷小屋から彼女を引きずるように出て行く。


「ちょっと、待ってよ!」


抵抗もむなしく、メイヴはアドララの指先を離させることすらできなかった。


二人の謎の残る行動に混乱しながら、 ヌリはゴドキンとの邂逅を振り返りつつ、もしかしたら母親は何が起きたのかを分かっていやしないか、と思いを馳せた。


「ああ!」


ヌリの首筋に、なんらかの衝撃が走る。 衝撃を感じた部分に手を置き、傷跡をしっかりと指でなぞった。


「印だ!」


彼は必死に誕生の印を探り当てようと自分の周りに視線を向け続ける。 幸運なことに、ヌリは小さなテーブルから薄汚れた手鏡を取り出し、印が目に見えるか確認をすることができた。


その予期せぬ出現によって、ヌリは困惑する。 尾をいっぱいに伸ばした、ぐるぐると回る暗い影が現れた。 しかしまだ彼はかすかに視認可能な、黒で覆われていない誕生の印を感じていた。


「これはどういうことだ?」



○○○


「おっほん!」


鋭い咳払いが、ヌリの発言を遮った。 アルディス・グランドショットは小屋の入り口で、ヌリに近づく前にじっと待っていたのだった。


アルディスが誕生の印に気づく前に、ヌリはベッドシーツでそれを覆う。


「邪魔してすまないね」アルディスは声をかける。


「二人の少女が離れていくところを見たものでね。だから、君が起きたのだろうと」


アルディスの鎧はヌリに即座に視認され、それはコドラ兵の一員であるということを頭からつま先まで表していた。 バルドルフ司令官の鎧と同じものであるようだったが、色合いや柄が違っている。


「それで、あなたが僕を助けてくれた中尉ですか?」ヌリは尋ねる。


「あなたをこの辺りで見たのは初めてです」


「まあ、長いこと滞在はしていないからな。今までいた場所と同じくらいにはね」そう言ってアルディスは笑う。


「しかし今回は一人の子供の命を助けられる丁度その時に到着したわけだ。家ほどいい場所はない。そうだろ?」


アルディスが何を企んでいたかわからなかったものの、ヌリは彼とそのユーモラスでふざけたしぐさに飽き飽きしていた。


「私の名前はアルディス・グランドショットだ。そちらは?」


「ヌリです」


「ああ! それじゃ、君が私の耳にした働き者か。その年にしてはかなりのスタミナ持ちだと聞いているよ」


「あの、そういうおしゃべりのためにいらしたんじゃないって思うんですけど。何の用事で来たんですか?」


ヌリは、自分は他の子どもと同じように騙されやすい存在ではないと、はっきりアルディスに示した。


「まあ、正直なところそうだな。 私が来たのは、君が無事か確認するためだけだ」


ヌリはアルディスに注意を向けている間、何も言わなかった。 彼は怪しげな振る舞いがないか注視し、アルディスを信用しようという意思は一切なかった。


「私たちコドラ兵が顰蹙を買っていることは知っているよ。しかし、私は何年も前から君と同じだ」


「あなたも奴隷だった?」


「孤児だが、しかし……大きな違いはないと思っているよ。私たちはこの凄まじい世界で生き残るために必死だ。頼れる人もほとんどいないこの世界でね」


「そして、いまいましい国家に使えることでどうにかなると考えているんですか?」


アルディスは微笑み、瞳を天井に向けた。古い時代に思いを馳せ、同じ問いを自信に向ける。


「もしかしたらそうだし、もしかしたら違うかもしれないな。時だけが真実を明らかにする」


彼は振り返って出口の方に目をやり、二人の奴隷の子供が追いかけっこをしているのを目にする。


「私はただ、それが必要ではない時であっても、他者を助けることを信じているだけだ」


アルディスが再びヌリに視線を戻した時、彼の注意深げな眉はまだ自分に向けられていると気が付いた。 アルディスは笑い、そして再びヌリに親し気な微笑みを向けた。


「それから、ここに来たのは君の首にある誕生の印について尋ねるためだ」


ヌリは瞳を見開く。 アルディスが部屋に入った時に誕生の印に気が付いていたということが、会話の方向を変えようとしていた。


「知っていたんですか?」


「君をここに運んできたときにね。 でも、心配しないでくれ」


アルディスは組んでいた両手をほどき、袖を捲し上げる。 彼もまた、予知なる誕生の印を身に着けていたのだった。 前腕部分にはっきりと表れ、奇妙な黒の柄が覆っていた。


「言った通り、私たちはそう違わないんだよ」


彼はヌリのベッドの傍まで歩いていき、十分な距離を保ちながら止まる。


「どうやってアセンダントになったんです?」


「私の父親が責められるべきだろうね」アルディスは笑う。


「彼は感情を表す方ではなかったが、自分が何者であるかを長い時間をかけて知ったのだ。 君も似たようなことが言えるんじゃないか?」


「僕には父親はいません」


「そうか、それはすまない」


少しの間、二人ともが沈黙をした。 ヌリはアルディスのアセンダントについて、自分のことを開示せずに問いかける必要を感じていたが、しかしアルディスが自ら誕生の印を見せたことで、屈しそうになっていた。 ヌリは彼が信用に足るかどうか、考えるのに時間をかける。


「しかし…… 君の印はまだきちんと全てを表わしていないのは、おかしな話だな」


彼自身がゴドキンで燃えた夢がヌリの思考をよぎり、なぜ彼の印が遅れて出ることになったのか、開示することをやめた。


「どうして……そんなことになったのか、自分でもわからないんです」


「なるほどね。すぐに形を表わすように、願っているよ。この世界はまさに今、その邪悪なる根源に戻ろうとしているように見える。我々はもっと変化を生み出そうという人が必要なんだ」


「僕は母さんのことが心配なだけです」


ヌリの頑固な声色に対して、アルディスは笑い出した。 ヌリのような気質を持った人には一度もあったことがなかったし、彼が実に堅い人間であるのを好んでもいた。


アルディスはヌリに体を傾けて頭をぽんと叩き、彼を奮い立たせようとした。 しかしヌリはすぐにアルディスの両手を、その小さな手でつかむ。


「ちっ……」ヌリは呻くように舌打ちをする。


アルディスはヌリから手をどけ、彼を見て楽しみながら笑うことをやめた。 誰か別の人がはいってきてアセンダントの印に気が付いたりする前に、彼は袖を下ろし、再び鎧を身に着ける。


「質問が一つあるんですが……」


「なんだ?」


「最初の人類がどうやってアセンダントになったのか、説明のできる証拠や記録はどこかにあるんでしょうか?」


「私が知っているのは、神々が焔のたぐいを使って誕生の印を与えたということだけだ。しかし、彼らは我々皆が知るこの日まで無傷で、そして能力を持って現れたのだ」


「ああ……」


彼らが証明をした。 ゴドキンは天の矢を使って生者に誕生の印を与えたが、印を手に入れようと試みて死した多くの者たちについて、その詳細は隠された知識のままにされていたのだ。


もしアルディスが真実をすべて知らなかったなら、残りの世界もまた、同じであろう。


「期待していた答えではなかったかな?」


しばらくの間、ヌリはゴドキンとの邂逅について隠したままにすることにして、アルディスに尋ねたかった次の質問に集中をした。


「いいえ……平気です。


それより次の質問をさせてください。


僕らの印、それに意味はあるんでしょうか?」


アルディスは短く唸り、脳内を探っているようだった。 彼の表情は何も知らないようではあったが、彼はこの件に関していくらかの見識を持っていた。


「写し出されたものに由来するな。それらは我らの神々しい通称を意味する。自分で読み解くことはできないが、しかし私がとある学者に聞いたのはそういう話だ。それらに関してもっと情報が必要なら本をいくらか持ってきてあげてもいい」


「ふん、あなたは奴隷にプレゼントをしてもいいことになっているんですか?」


「はは。誰だって許されているさ。法に触れない限りね。世界はそういうものだ」


「それならあなたのご好意を断らせていただきます。たかだか親切心からくる施しは受けないことにしているんだ」


ヌリがこういったのを聞いて、アルディスはどうやったら自身の提案を受けてもらえるか、説得の方法について思案した。 そしてとある考えが浮かび、ヌリにとって完璧であろうと思い立つ。


「オーケイ、それではお返しに私に何かしてもらうということならどうかな?」


「何です、それは?」


「奴隷の一団が到着して、働き始めたんだ。その中に若い女の子がいて、彼女について人々はそれぞれ違う意見を持っている」


「違うって、どんな風に?」


「彼女に会えばどういうことかすぐにわかるさ。今は、彼女が助けを必要としたときにいつでも駆けつけられるようにしてほしい。頼りにしていいかな?」


ヌリはこの約束にイエスと言っていいものか躊躇をしたが、アルディスの率直な気質がそれに相反した考えや感覚を促していた。 ヌリのガードは下がり、二人の間にいくらかの信頼が築き上げられた。


「いいですよ……」


「素晴らしい。君がなる人物に出会うのを待ちきれないよ」


「ヌリ?」


小屋の出口の方から、小さな声が聞こえてきた。 二人ともが振り返り、それが薬草やアッシュウッドのお香でいっぱいのバスケットを持ったヌリの母親だと気が付いた。


高位のコドラ兵であることを示す鎧を着た者が、彼女の傍に立っていた。 彼は兜や毛を身に着けていなかった。 彼の口の周りに広がった傷が、彼の上っ面の印象に重なっている。



終わり

作者:コソン 翻訳:山城


インスタグラム: @Koson_san

ツイッター: @Koson_san @Yamashiro543



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