第4章 - 魔女の息子、ゼストース

第4章 - 魔女の息子、ゼストース


作者:コソン 翻訳:山城


Keys:


*** - 新しい場面・キャラクターへの切り替わり


○○○ - 状況やキャラはそのままにわずかな場面転換


~ - 語尾が伸びている


> < - 異なる言語が話されている/読まれている


+ - 会話の同時進行


*__* - キャラクターの動作を表す 例)*ゴホン…* = キャラクターが咳をしている


名前のない引用 - 無名/無名のキャラクターが話している(背景キャラクターも含む)





「魔女ですって?」


メイヴはその言葉に困惑した様子を見せた。 ヌリの方に向き直り、そして彼が囁くような響きで唸り声をあげているのを聞きながら、彼の苛立ちを感じた。 彼とバルドルフの間に迸る視線は一秒、また一秒とたつごとに緊張感を持ち始めていた。 メイヴはこの境地の最中にいるどころか、むしろ部外者であるように感じ、この出会いがどういった展開を示すのか、ただただ傍に立って観察することを選ぶ。


「母さんのことなんて何も知らないくせに!」ヌリは堂々と向かい合って叫ぶ。


「つまり、お前は知っていると信じているわけだな?」


「なんだって?!」


その言葉が何を意味するのか分からず、しかしヌリは警戒を怠らずに返事をした。 バルドルフの口から零れ出る言葉のただの一つでさえも、信じようというつもりはなかった。


「自分の母親の過去について、知っているのか?」 バルドルフ・フェデリック司令官は続ける。


「彼女はかつて、貴様を腹に宿す遥か昔……町々や村々に疫病をもたらしたのだ。この大地のずっと北、焼けた村の中にあの女は発見された。罪なる笑みを携えて愉快に踊りまわることで、語られざる病の魔法を使って、な。あの女が捕らえられた全ての牢獄が破壊され、廃墟となされ、そしてあの女は自分を捕まえた者と共に去って行った。我々の土地に足を運んだときはじめて、あの女が自らの奴隷へと身を落としたのだ」


司令官の話は、まだ続いた。


「最初は何事もなく静かなものだったが、しかし奴の能力に関する噂が広がり……市民たちは、奴の絞首刑を望んだ。我が指揮下において成し遂げられるべきだったが、しかし死刑を望む声が止まったのだ。愚かにもダリウス王子が貴様の母親の偽りの魅力に惚れこんでしまったために、な」


ダリウス王子の名前が出てきて、ヌリとメイヴは驚いた。 高貴な血統にある彼のような人間が、奴隷にそういう感情を抱くなどと、どちらも想像だにしなかったのだ。


「それは……彼らしく聞こえないな」


「当時の王子は貴様と同じほどの年齢だったからな」ヌリに司令官が答える。


「もっとも、王子は地位を争い合う世界に生き、そのせいで標的となるほどの厳しさの中にあったが」


バルドルフはメイヴとヌリからゆっくりと遠ざかり、地面に倒れた奴隷の死体に向かって歩いて行った。 そして死体の横に非ざま月、横たわるその表情に生気がないのを眺めた。 彼は腕を上げ、二本の指で奴隷の凍り付いたような瞼に触れ、閉じさせる。


「奴は女を従者にしたばかりか、王宮での住みよい生活すら与えたのだ。王のお眼鏡にかなった結果、奴はまともな労働を与えられ、生活環境も改善され……その結果、他の奴隷たちに良くない影響を与えてしまった。彼女に対する恨みつらみを育ててしまったのだ。誰も見ていない時に、彼女に対してちょっとした折檻を働くようになった……従者達が貴様の母親の足を洗っている時ですらな。彼女は王子に何も言わず、感謝すら示したのだ」


「嘘でしょ……」メイヴが呟く。


これらの信じがたい事実を口にして、メイヴの口は神経質気味に開いた。ヌリの母親のような人物が、彼女に起きたあらゆる事柄を受けてどうやって正気のままでいられたのだろうかと考えたのだ。


ヌリにしてみれば、手をしっかりと自分の横に縫い留めるようにして、怒りに歯を食いしばっていた。 彼の中にはこの事実を秘密にしていた母親に対して心配な気持ちと、いらだつ気持ちとが混在していた。 彼女をこの街から出すため、以前よりいっそう働かなければいけないと感じた。


「しかしダリウスの気持ちが”奇妙に”傾いた後、貴様の母親の体調も芳しくなくなった。だんだんと床に伏すようになったのだ。そのせいで、これ以上城で働くのが居心地悪くなったようだな。彼女は農場で働く生活に戻り、我々のほとんどがそこで彼女が倒れて死んでしまうことを期待していた。しかし驚くべきことに、彼女は生き続けた。栄養不良のガキを生みさえしたわけだ……ああ、貴様のことだ」


バルドルフ司令官は言う。


病気の奴隷に敬意を示したのち、バルドルフはヌリに対して以前と同じ態度を示した。


「彼女の色気じみた振る舞いに盲目になることのなかった人間は……彼女が何か企んでいるとわかっている。そして、貴様が何よりもその鍵となるだろう」


ヌリはバルドルフが今まで口にしてきた内容の全てを否定したくてたまらなかったが、ある考えが頭をよぎった。 ヌリは母親の過去について、彼の話すほどは知らないと気が付いていたのだ。過去に関する質問はいつも無視されたり、曖昧にはぐらかされたりしてきたのだった。


「もし彼女が彼の言う通り力を持っているのなら、なぜ突然心変わりして奴隷として生きているのだろうか?」とヌリは自問する。 彼の母親には、まだまだ追及するべき、そして知るべきあらゆる側面があるのだった。


「それを全部知っていて、どうして彼女をコドラにいさせたんだ?」ヌリは尋ねた。


「こんなにも長い間自由に過ごさせ続けるなんて、あんたからしたら無責任なんじゃないのか?」


「私が無責任だったのは、王子が父親のように成長するものだと信じ切っていたことだ。コドラはかつて、あらゆる地域を越えて恐れられていたのだ。……いまやこの場所は狂った人間を収容する、アサイラムとなり果ててしまっているが。いま彼女に対処しても、町の外にいる人間に害をもたらすに過ぎない」


バルドルフが、ヘンリエッタを終末をもたらす者か何かのように説明する様は、ヌリの感情の奥深くを刺激した。 ヌリは母親の責められている性質に関して疑わしい気持ちを抱きながらもその気持ちを抑え、泥だらけの床に足を深く踏み込んだ。母親の名前に関して、これ以上名誉を失うことに寛容でいられないことを示したのだ。


「母さんは何も悪いことなんかしてない! 母さんは他の奴隷と一緒で、あんた達が押し付けてきた環境で生き抜くために必要なことをしているだけだ!  彼女が魔女だったとしても、あんたの話しているような魔女じゃない。彼女の魔法は癒しや治療中心だ。体調を崩した奴隷たちを扱う乙女たちを治療しているんだ。 彼女がいなかったら、今日この日まで夏も冬も生き抜いてこられなかっただろう。いまやそのせいで、彼女の身体は本当に……」ヌリは口ごもる。


バルドルフは返事をせず、ヌリが過剰に母親を庇っているのを聞きながら考え込んでいた。 ヘンリエッタに持っている忠誠と敬意の念を表すことに関して、バルドルフは注意深くヌリに抱いている疑いを噛みしめた。


彼は後ろを振り向いて、ドアまで歩いて行った。


最後に肩越しにちらりと視線を向けて、バルドルフはヌリの瞳に浮かぶ感情を見て取った。今日のこの出来事がヘンリエッタに対する彼の思いを揺るがすことはなかったが、しかしヌリの反応からうかがえる感情は二人の間に結ばれた絆を示しているとわかった。


「子供の最初の愛情が親に対するものなのは自然なことだ。好きなだけ夢と幻想に生きるがいい。しかしいずれは自分が成り代わらねばならない人間にそぐうような責任に面と向かう必要があるのだ。 母親の罪を受け入れ、彼女のいない人生を生きなければならないだろう」バルドルフは言う。


「お前は何も知らないんだ! ……ぐっ?!」ヌリは息を詰まらせた。


ヌリは突如膝から崩れ落ち、ゴプトン病を口から吐き出し、鼻から泡をこぼした。


メイヴは素早く反応し、彼を助けるためにしゃがみ込む。


「ふん、この一度だけ、貴様の存在に目をつむってやる。 ただ、これらの瓶をどこから手に入れたのか教えろ」


「地獄に落ちろ!」ヌリは呻くように漏らす。


ヌリは腹を抱え、腸の痛みを感じながら吐き出す。 メイヴは彼の肩に手を置いて、ゴプトンで喉を詰まらせないように、そして息がしやすいように手助けをした。


「メインテントの裏からとったんです」メイヴが代わりに応える。


「はあ。今年の祭りは面倒になると思っていたんだ」バルドルフはため息をついた。


「私の部下が戻ってきてお前たち二人を見つける前に、急いだほうがいいぞ」


「は、はい、ありがとうございます! 本当に、この度の慈悲に感謝いたします」


メイヴの恐怖に満ちた感謝は、バルドルフの関心をひかなかった。 彼は背中を二人に見せ、錆びついたドアに向けて歩き出し、そしてメイヴにヌリの世話を任せて去って行った。


「運ぶのを手伝ってくれてもいいんじゃないかしら」メイヴは呟いた。


「誰もあの人を好きじゃない理由は分かったわ。 人生の最後のひとかけらにしがみついているだけのおじいさんなのね」メイヴは冗談を言って見せる。


「そうじゃない、ヌリ? ヌリ?」


メイヴが再びヌリに注意を戻した時、ヌリはすでに何の反応も見せず、コンクリートの床に倒れこんでいた。 メイヴは繰り返し彼を揺らし、起こそうとする。


「ちょっと! ヌリ!  ヌリ!」メイヴは叫ぶ。


彼に叫んでみても、何の意味もなかった。 ヌリは何のリアクションも見せず、そしてメイヴはどんどん心配になるばかりだ。 ヌリの意識が消える中、メイヴのくぐもった鳴き声がどんどんとかすれていき、彼の周りの世界はだんだんと鈍くなっていった。



***


長らく休んだのち、頭の中でゴツンという強い衝撃を感じた。 瞳を開く前に、手足を伸ばそうと試みる中、体全体にのしかかるような重みを感じる。 最初にまず思ったのは、なにが自分たちを抑えているのだろうということだった。


「あ、ああ……」ヌリは呻いた。


こういった状況の中、まだ幼いヌリ・ロナはそう言う声を上げるほかなかったのだ。


深い睡眠から徐々に覚めつつある中、ヌリは小さなうめき声をあげる。顔以外の体全体に血のように温かい液体を浴びているようだった。


このおかしな液体に横たわらされていると考え、彼は注意深く、自身の周りに手を伸ばしていった。 ヌリはより自分の周りを認識しつつ、手で周りをぬぐっていった。


「うーん……」


ようやく彼は静かに目を開き、上の方に目を向けて、ぎらぎらとした輝きと星々が浮かび上がった真っ暗な天井が広がっているのを見る。


「もう夜になるのか?」ヌリは考える。


ヌリは体を起こし、今回は目で自身の周りを確認した。何かがおかしかった。


コドラを思わせるような何か、あるいは誰かを全く見て取れなかったのだ。 大地は影の液体に沈められ、星々とぎらぎらとした明かりを上に反射させている。 平面の間には、暗闇がただただ広がるばかりだった。


「ここは……どこだ?」


ヌリが足で立ち上がると突如地面がゴロゴロと鳴り響き、なんとかバランスを保とうとするばかりだった。


「な、なにが……?!」


巨大な透明な指が浮かび上がり、あたりを照らす。 それらはヌリの周りで、そのままの場所にとどめようとしているようだった。


ヌリは指から逃げようと試みる。 すると大地があらゆる方向に崩れ始め、液体が激しくしぶきを上げては深淵に沈み込み、ヌリを指の方角へ帰すように動く。


「うわあ!」


透明な指は半分動いたところで止まり、指と指の間に空間を保ち、液体が流れていく。液体によって照らされた結果、ヌリは掌の上に立っていることがわかり、光源を彼の下方に向けて発しているのだった。


天井に浮かび上がった星々やぎらついた輝きは掌の間で順番に回転し、ヌリの脳内であらゆる疑問を浮かばせた。


「なんだ、これ?」


「また生まれたのだ」女神の魂が答える。


「変わった状況下ではあるが」男神の魂が、続けた。


奇妙な声のエコーがヌリの耳に聞こえてきて、彼は怯える。 声が一体どこから聞こえてきているのか、恐る恐る確かめようとする。


「そ、そこにいるのは誰だ?!」ヌリは叫ぶ。


遠くから、二つの細い光がヌリの視界に現れ、体の形をとって浮かび上がる。 体は光に満ちており、幽霊のような雰囲気を帯びている。


彼らの身体のほとんどは周りに浮かび上がる星々とその光で構成されており、肉体は透けて見えた。 魂同士はとても似ており、声によってのみ区別することができた。


彼らは手の形の地面にゆっくりと降り立つ。


「何が起きているんだ? ここは……どこだ?」


「我々を恐れるな、幼き子」女神の魂が答える。


「お前は今日、お前の昇天の道のりを始めるためにここにいるのだ」


「僕の昇天の道のり? つまり僕は死んだって言っているのか?」


自分が死んだのではないかと思って、ヌリは思わず声を荒げる。 ヌリはもし自分が死んだら母親がやっていけなくなるのではないか、自分の死を聞いて母親の健康がより悪くなるのではないか、と心配をしていた。


「いいや、少年」男神の魂が答える。


「お前は友人を助けるために取り込んだ毒のせいで気を失ったに過ぎない。しかしお前がもしもそういった行動に出なかったとしても、次にお前が休息につくときには我々によって呼び出されていたことだろう」


「なるほど……」


「誤解させて、誠にすまないと思っている」女神の魂が続けた。


魂たちはヌリに頭を下げ、自身の過失を詫びる。 ヌリは起きたこと全てにぎょっとしてはいたが、実際に死んだのではないと知って落ち着いていた。


彼は落ち着いた態度を見せ、二つの魂に対して質問をすることができるようにはなっていた。


「じゃあ……そちらが言う昇天とはなんなんだ?」


魂たちはお互いに視線をほんの少しの間向けて見せ、そしてヌリに視線を戻した。


「前も言ったように、神へと昇りゆく道のりのためにここにいるのだ」男神が答える。


「知らないのか?」女神が続ける。


「お前は家族の系譜よりアセンダントの血を共有しているのだ」


「待って……つまり想像を超えた力を授かった人々のこと? じゃあ……あなた達は僕らを助けてくれた神様ということか?」


ヌリには信じられなかった。 そこに立って、自分の親族の誰かがアセンダントの血筋にいることを聞いて困惑した。自分にそういった称号が適しているなどと受け入れきれず、誰がその親族なのかを考えこむしかなかった。


「あなた方は間違えているんだ。僕の家族は母さんだけだし、僕たちは奴隷でしかない。彼女は魔法を使えるけれど、それだけに過ぎないんだ」


「子よ」男神が答えた。


「アセンダントの血筋は全て我らの民につながる。我らの先祖がこの人類の世界を訪れたその日より、な」


「私たちは誰が自分たちの血を引いていて、誰が引いていないのかなどということは分かるのだ。お前の疑いももっともなものだが、今の今まで、魔法というものは我々から才を受け継いだと他者に信じ込ませるために使われてきていた。しかし、そんなことはお前が気にすることではない。それよりも、お前を取り囲む謎の方に興味がわく」女神が答えた。


好奇心がヌリに向けられた目、その瞼を開かせた。 自分がアセンダントになるのだと言われ、そして話している相手は人類を救った神の一族であるとも教えられ、これ以上何の謎があるのだろうか?


「奇妙なことに、お前のアセンダントへの昇天は遅れていた」男神が口を開く。


「知られざる存在が、たった今こうしてお前が見つかるまでお前を隠していたのだ」


「お前は自身の継承をできずにここまで耐えねばならなかった。我らの甘さゆえ、もっと早く探りに出られなかったからだ。


もう一度、心より謝らせてくれ」


女神が言うと、神々はもう一度、深々と謝意を示すために頭を下げた。しかしヌリはそんなことはどうでもよかった。


コドラの兵士のほとんどがいない間にアセンダントになる機会を得て、彼は慎重に考え始めた。自身を取りかこむ運命について、彼の脱出計画のためのものだと信じ始めていた。 神になる可能性があれば、もっと成功しようというものだった。


「い、いえ、これは良い知らせです!」ヌリは答えた。


「これですべてが変わる。


母さんがずっと欲しがっていた人生を、ようやく送らせてあげることができるんだ」


知らず知らずのうちに、ヌリの顔にぎこちない笑顔が浮かび上がっていたのだった。


この予期せぬ反応に関して、神々は何か掴み切れていないようだった。 彼らはもう一度お互いに視線を向け、そしてどこか曖昧な表情をヌリに向けなおした。 ヌリが聞きたくないことを言ってしまいそうな、そんな表情だった。


ヌリはそれに気が付いて、きちんと対応をすることにした。


「どうしたんです?」


「お前をがっかりさせてしまうようだ」女神が答えた。


「元来、アセンダントの子供が生まれる前に、即座にそのアセンダントとしての性質を備えるように求められている」男神が続ける。


「これによって生まれ持つ痣がきちんと形づくられる時間が生まれるのだ」


「そして、ある程度の年齢になった時、子供は受け継いだ力に目覚めることとなる。


しかし、お前の存在にすぐに我々は気が付かなかった故に」


「お前についた痣がどういう影響をお前にもたらすのか、わからないのだ」


「でも、最初のアセンダントたちはすでに大人ですよね?」ヌリは尋ねた。


神々はもう一度お互いに相談をしたが、今度はヌリはその表情から情報をくみ取ることに飽き飽きとしていた。


「どうしてお互いの目を見つめ合っているんです? あなた達の無頓着さのせいでここにいるんですから、僕には何も秘密にするべきじゃあないですよ」


ヌリの穏やかながらも苛立った表情の前に、彼らは同意の頷きをする。 ヌリは、どうやら神々はお互いの思考を共有する能力を使っているのだと考え始めていた。


「すまない」女神が謝った。


「多くの種が認知できないような、我ら生来の言語で話をしていたのだ。お前には答えを知る権利がある」


「今は」男神が続ける。


「この話だけをお前に伝えよう。この瞬間は一度たりとも我らの記録に残らなかったのだから」


彼らの話し方は無慈悲なものになってきていた。 今こそ彼らの真の性質が示され始めていた時だったのだ。


「アセンダントの多くは、彼らに痣をもたらした天の矢の力に耐えることができなかったと言われている」


「我らの先祖は、そういった規模の力を所持することに関する人間の経験やマナプールの不足ゆえだと信じていた」女神が言う。


「天の矢に撃たれた者どもがなぜ滅んだのかを知った後だが、十分な生者が痣を身に着け、我らの能力を明らかにしたのだ。黒い頭巾をかぶった勢力との戦いの手助けとなったのだよ」


神々が話している時代に関して、年老いた司祭たちが話していたのをヌリは思い出していた。 記憶と理解と曰く、人類は絶滅の危機にあったのだった。


カオス領と王国領が人類を動物のように飼いならしている頃、彼らは戦いの荒れ地を歩まざるを得なく、飢えを満たす必要があったのだ。 鉛の洞窟の内側で生き延び、死体に満ちた屋根の下で過ごしていたのだと記されている。


今日、人類はグラスを掲げて勝利を祝福するか、過ぎ去った過去の出来事のもと、記憶を埋めて忘れ去るべきかを言い争っている。


「時が人類の好ましいように過ぎ去っていく中」男神は続けた。


「痣を持った新生児が傷ひとつない状態で発見され、何も影響を受けずに育つこともできたのは後のことだった」


「我らの先祖はアセンダントの血を持つすべての子供に痣をもたらすように言われていた。彼らの生まれ来る幾日か前にな」


彼らの発言は、ようやくヌリの状況理解の手助けとなりだしていた。アセンダントに向けて歩みを進める者の初めての死となり得るのだと知ったのだ。


彼は少し周りを見渡して、どうするべきか考えた。 神になる可能性というものは、命を失うことに等しいほどの価値があるのだろうか?


「つまり、僕に痣をつけることで僕は死ぬかもしれない?」


「我らは何が起きるのかわからないのだ」


「なるほど……。それに、これに関して僕は拒絶もできないってことですよね?」


「お前はとても理解が早いな、幼き子よ」男神は答えた。


「そうだ。最初のアセンダントと、彼らの子供、そしてさらにその子供らが我らに使者として使えるのだという約束が交わされている」


「そうですよね……」ヌリはつぶやく。


二人の神はヌリから離れて浮かび上がり、頭上の星々を仰ぐように両手を広げた。 彼らは浮かび続け、ヌリの周りを何度も何度も、円の形に動いて回った。


「残念だがもう時間がりないのだ」


「お前が神に向けて最初の歩みを進めるときなのだ」


上方の星々はヌリと神々の上で線を引き出し、星座の形を作り始めた。


「待って!」


ヌリにはまだまだ神々に聞きたい質問があった。

彼らに近づこうと一歩踏み出した瞬間、ヌリの傍で魔法の光が瞬き、彼の手足を動けなくした。


「ちょっと!」

ヌリは叫び、彼らの注意を引こうとしたが、彼の声は薄い空気の中に消えていくばかりだった。 ヌリはこれ以上喋ることができなかった。


神々は突如、混ざり合った声で話し始め、まるで耳にしたことのある聖歌のような響きだった。


「この者の道に栄光があらんことを」男神と女神の声が響き渡る。


「天の矢を起こし、この子供が我らの太古たる地位の恵みを受けるように。彼の世に受け継がれている偉大なる物語の一つになるように」


光が神々の掌から零れ落ち、そのエネルギーの糸がより輝き出した。 色のない雲が形作り始め、動けないヌリの上で天井がギラギラと光り、エネルギーの糸が垂れている。


死の可能性が頭をよぎったわけではなかった。 ヌリは彼の母親の笑顔のイメージを回想し、頬に涙が伝う。 彼は母親に約束した幸せを彼女に与える機会を得ていないと感じ、星々と明るい光が瞳孔に瞬きをもたらす中、パニックに陥っていた。


「母さん……」ヌリはじっと考え込む。


雲から出た燃える炎の混ざり合う光が、ヌリの体全部を飲み込んだ。


どれほどの痛みを感じても、どれほど激しく喉に力を入れても、口からは何の音も漏れなかった。


「洗礼を受けておらぬ眼差しを、彼らの救世主としてのお前に注ごう」


自身の肉体が燃えつくすところを見て、彼はヒステリックに叫んでしまった。 時が進むにつれ、自身の激しい苦痛の叫びを聞きながら、ヌリはまるで何千もの鋭い刃で切り刻まれているような感覚がしていた。

ヌリの耳は神々の唱える声の反響を受け取り、彼の焼けている手足を魔法で縛り上げて、グイッと引っ張り上げられているのだった。 炎は彼の首の横に痣をもたらし、声のない叫びをあげていた。彼の母親が聞くのではないかと心のどこかで願いながら。


「我らは取るに足らない強奪者に刻まれた名前をもたらそう。いずれは伝説の物語となるように」


「ゼストース!」


「万歳、 ゼストース!」 彼らは唱えた。



終わり

作者:コソン 翻訳:山城


インスタグラム: @Koson_san

ツイッター: @Koson_san @Yamashiro543




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