第2章 – 私たちにとって最善のこと
第2章 – 私たちにとって最善のこと
作者:コソン 翻訳:山城
*** - 新しい場面・キャラクターへの切り替わり
○○○ - 状況やキャラはそのままにわずかな場面転換
~ - 語尾が伸びている
> < - 異なる言語が話されている/読まれている
+ - 会話の同時進行
*__* - キャラクターの動作を表す 例)*ゴホン…* = キャラクターが咳をしている
名前のない引用 - 無名/無名のキャラクターが話している(背景キャラクターも含む)
***
数日後……
荷馬車を護衛する兵士のグループがコドラのゲートに近づいていき、到着した。入り口の門を守る仲間に挨拶をしているが、その荷馬車の一つには大きな鉄の檻が積まれており、囚人たちを収容していた。囚人たちは皆、冴えない表情で鎖につながれている。
囚人たちのなかには、緑豊かな大地を眺めながら最期の瞬間を迎える者もいた。 塀の中で、外の世界の記憶だけを頼りに、余生を過ごさなければならない。
「よく帰ってきたな、お前たち!」とコドラの門番は喜んだ。
「やっとな」答えたのは護衛の兵士だ。
「都市間を行き来すると、本当に足が痛くなるぜ」
「ふん! 少なくとも王子からは逃げられたわけだな」別のコドラの門番が言う。
「あの人の狂気は日に日に悪化しているからな」彼は続ける。
「奴隷が不足しているとの伝言を受けたが、ちょうど間に合ったな」護衛兵が答えた。
「ここに戻る途中、何とか数人捕まえた」
「へぇ? 新しい奴隷の一団だな? 腹の立派な、見目のいい女を捕まえたんだろうな、へへへ」とコドラ門番は笑う。
三人の兵士は、新しく奴隷になる者たちの様子を見ようと檻に近づいた。奴隷たちは、自分たちに向けられた兵士らの視線など気にすることはなく、ただじっと座って静かに待っている。
「王子は本当にあの少年の助言に従ったのだろうな」
「どういうことだ?」護衛兵が、門番に尋ねる。
「ある子供が王子に、祭りのためにもっと奴隷を連れてくるように言ったんだ。そうすればきっと王としての地位が上がると保証してな」
「冗談だろう? ダリウスのチャンスは十年以上も前だ」護衛兵は続ける。
「その精神が毒されて以来、彼は男の体をした幼児でしかない。王どころか王子とも呼べやしな……」
「うわ! ちょっとこっちに来てこれを見ろ」
兵士の一人は、驚いて足をくじきそうになった。鉄の檻の中に怪物のような人間を見るとは思ってもいなかったのだ。
膨らんだ眼をした異形の囚人は背を丸め、まるで逃げ場を探そうと必死なネズミのように、檻の中を探り続けて回っているのだ。首には引っ掻かれた跡がいくらかあり、それは首を絞めつけている奴隷の首輪を何度も外そうとした形跡であった。
「あいつの目はどうなっているんだ!」門番の兵士が叫ぶ。
「体も実に奇妙で不気味な見た目をしているな!」別の門番の兵士が同意した。
「ハハ! 友よ。あれがデュビアンの赤ん坊だ」と護衛兵は笑った。
「赤ん坊? その血みどろ野郎は俺たちと同じぐらいの背丈があるじゃないか」
「まあ、見てろ」
護衛兵は地面から小岩を拾い上げ、檻の鉄格子を通し、そわそわしているデュビア人の囚人めがけて投げる。
「ほら、取れよ!」
岩が彼に当たる直前、デュビアンの囚人は檻の天井に飛び上がり、そして彼の皮膚細胞が急速に変化して透明になる。
「なんだこれは!?」
「コイツは不細工で知恵遅れかもしれんが、役に立つ能力を持っているぞ。交配種の子供を持つ唯一のメリットだな」
「でも、運が悪いと……」門番が視線を投げかける。
「あんな風に……なるぞ」
「ダダ!」と奇形のデュビアン囚人が喋った。
デュビアンの囚人が透明化を解除し、大きな音を立てて床に落ちる。そして彼の首につけられた魔法の奴隷の首輪が首を締め上げ始めているゆえに、息を吸おうともがかざるを得なかった。首輪の中の魔法石が光り輝き、囚人の力の行使に反応したのだ。
「でも、俺たちが捕まえた大物はあいつだけじゃないな。あの小さな魚女を見てみろ」
護衛兵の言葉をうけて兵士たちが鉄の檻の隅に目をやると、怯えた少女がすっかり丸くなっているのが見えた。首の両側には小さなエラ、耳にはヒレがあり、顔色は海の色と同じで、ときおり鱗が混じっていた。
「リンガリアンだと!? 気でも違えたか!?」
「そもそも、どこで彼女を見つけたんだ?」
「エルヘブンだ」
「ハァ!?」と二人のコドラ門番が驚いた。
「あの金持ち野郎たちのとこの?」
「あぁ」
「彼女は、あの俗物どもが彼女を刺身にする前に連れて行くよう、俺たちに頼んできたんだ。置き去りにするつもりだったが……グランショットの野郎が彼女を奴隷として連れて行くと言い出した」と護衛兵が言う。
「なんだって?」
「正直、なんであいつが中尉になったのかわからないな」
「結局、司令官のバカ息子ってことだ」 門番が肩をすくめる。
「しかし、他の人が彼の噂をする程度には、彼は魅力を持っているのには違いないな」
兵士たちは、予期していなかった中尉の声に驚き、そして彼が自分たちの会話をずっと聞いていたことに気づく。驚きのあまり互いにぶつかり合ってしまった後、兵士たちは即座に一列に並び、心配げな表情のまま敬礼をした。
「中尉、あなたがそこにいるとは知らず……」
「いやいいんだ、正直さは好ましいものだよ。ほら、私が皆に対してどういう人間として映っているのかが、これでわかるからな」
アルディス・グランショット中尉は彼らに微笑む。彼らが自分の高潔さに対して侮辱するようなことを口にする勇気を持ち合わせていないことを知っていたのだ。彼らが自分のことをどう思おうが、自分の持つ影響力、そして意志に従う他ないのだった。
「私が中尉になったことをお前たちは、まだ苦々しく思っているんだろう。だが、司令官が私を特別扱いした故に今の地位を築いたわけではないということを、忘れているようだな。実のところ、私はお前たち三人が経験したことよりもずっとひどい経験をさせられた」グランショット中尉は続ける。
「だから、とある奴隷がお前たちをしのいでその哀れな人生を支配する立場にあることを、常に覚えておけ」
アルディスは衛兵の一人の肩を乱暴に叩き、ニヤリと嘲笑う。
「さあ、この社交界を終わりにして、ゲートを開けてくれないか」
アルディスの指示に腹が立ちながら歯を食いしばり、控えめに拳を握りつつ、衛兵たちはすぐに入り口まで戻ってきた。
「お前もな、兵士」
「は、はい!」
声をかけられた護衛兵は牢屋を積んだ荷馬車の馬に再び乗り、開かれた城門のほうへ走っていく。 アルディスをはじめ、馬車の後ろにいる旅の兵士たちもそれに続く。彼は檻の中にいる小さなリンガリアンの少女を一瞥し、そのまま門をくぐっていった。
○○○
「よし、奴隷たちよ! 昼食の時間だ!」
奴隷の番人が昼食の時間だと皆に叫んで知らせた。 奴隷たちはやっていた仕事をすべて放り出し、生気のない魂のようにキャンプの中心部に集まった。給仕のテーブルに並び、乙女たちが今日の昼食を配る。
「うわ、また焦げ肉か?」
列に並んでいる奴隷の中には、まわりよりも飢えて必死になっている者もあった。彼らは互いに押し合いへし合い、先に食料を手に入れようとした。 そこで近くにいた兵士たちがすぐに介入して鞭を使ったり、行儀の悪い者に魔法の首輪をつけたりして、権威を振りかざした。
「並べ、並べ!」と兵士が叫ぶ。
アドララは座って奴隷の暴徒が互いに争っているのを遠くから眺めつつ、服を編んでいた。その傍らには、ヌリの母、ヘンリエッタ・ロナの姿もあった。子守唄を口ずさみながら、彼女もまた同じように服を編んでいる。
「最近はみんな騒がしいね」
「そうね、冬が近づいてきたからよ」アドララにヘンリエッタは答える。
「みんなお腹いっぱいにして、寒さを乗り切りたいからでしょうね」
*はぁ…* 「あの人たちがもっとヌリのようであればねぇ……。 ヌリはより良い生活を望んでいるし、そのためにとても一生懸命なのよ」ヘンリエッタはため息をついた。
アドララは一瞬編み物を止め、ヘンリエッタに視線を送る。彼女のもろい心のうちでは、まだヌリの状態が心配でたまらないのだった。彼の急変の理由を知り、それが自分と関係があるのかどうかをはっきりさせたかった。
「ロナおばさん、最近彼が変わったように見える?」
「いいえ、私の気づく限りではね。なぜそんなことを聞くの?」
「なんだか私からいつもより距離を置いている感じがするの」
「ふふ、彼があなたよりメイヴと過ごす時間が長いから、心配しているのかしら?」とヘンリエッタはからかった。
その問いかけにアドララは突然顔を赤らめ、恥ずかしさのあまり顔を強張らせる。なんとか自分を取り繕って自然な表情を保とうとするが、ぎこちない反応になってしまい、なかなかうまくいかなかった。
「ち、違うわ!」アドララは声を詰まらせた。
照れ隠しをするアドララに、ヘンリエッタはくすくすと笑っている。 編み物道具を横に置き、アドララの手を握って真正面から向き合う。
「二人はもう知り合って二年くらいになるわよね。あなたは私たちにとって家族のようなものよ。
だから、ヌリは私たちのために一番良いと思うことをしているはずよ」
アドララはその言葉を聞いても、ヌリが彼女のためにここまで体に負担をかけているのを見ると、あまり安心はできなかった。
「だからといって、彼のために同じことをしてはいけないということではないわ」
ヘンリエッタはアドララの頭を撫で、ヌリにするのと同じ気遣いを示した。
「あなたの気持ちはわかるわ。私も若い頃は、ヌリのことしか考えてなかったわ。みんな、私が母親になるには若すぎると思っていたの。みんな、翌日には彼は死ぬと言ったものだけれど……私は彼を生かしたわ。そして、彼を導きの光として、暗黒の時代を耐え抜いたのよ 」
彼女は一瞬立ち止まり、明るい空を見上げながら、昔の生活に思いを馳せる。
「アドララ、本当に彼のことを思うなら……。彼のための決断が、たとえそのせいで彼に嫌われるような結果となるとしても、決して後悔しないようにすることよ」
「わ、わかったわ」とアドララは言葉を詰まらせながら答えた。
「ウフフ、さすがは未来のヌリのお嫁さん……私の義理の娘ね」
「もう、ロナおばさんってば~!」
アドラーラはヌリとそれほど親密になれたと思うと、余計に赤面してしまう。
昼食の時間はすぐに終わろうとしていた。ほとんどの奴隷が食べ尽くしたが、配膳のテーブルにはまだ肉が残っていた。
ヘンリエッタは編み道具を手に取り、防寒着作りを続ける。
「とりあえず休んで、何か食べに行きましょう」
アドララはそれを聞いて、スツールテーブルの横に編み物の道具を置くと、自分の分の食料を手に入れるために席を立つ。
「ロナおばさんも一緒に食べないの?」
「あ、私のことは心配しないで、今夜は兵士たちの夕食会に参加するわ」
アドララはショックを受けて顔色を変えた。兵士たちの晩餐会で何が行われるかを考えると、ヘンリエッタに共感せざるを得なかった。兵士たちの目に留まった奴隷が夜の仕事を引き受けることがいかに危険かも知っていたのだ。
「そう。どうか……気をつけてね」
「わかってるわ」と彼女は微笑んだ。
へンリエッタが見送る中、アドラーラは給仕台へ向かって歩き続けた。ヘンリエッタは静かにため息をついて雑念を払うと、編み物に集中した。
○○○
奴隷たちの野営地のすぐ先には小さな広場があり、木箱がいくつも置かれていた。奴隷の子供たちの多くはいつもここを利用して、コドラ兵から離れた場所で密かに過ごしていた。
「ああ、いつまでこんな仕事を続けられるかわからないな 」と疲れ切った子供の奴隷が唸った。
「どうした?」
「この時期が本当に嫌いだ」
奴隷の子供たちは、冷たい空気が通り過ぎる中、ただ寝転がっておしゃべりをしていた。
「また雪が降ると思う?」
「降るさ」
「神様は俺らみたいな弱者を酷い天気でお仕置きするからな」
「文句を言うんじゃないわよ」
メイヴは木箱の上で気楽にくつろぎながら、地面に寝転がる奴隷たちを上から見下ろして言う。
「神々があなたのような愚か者を罰するのは、自分で好んでそういう生活をしてるからよ。あなたたちがもっと私みたいだったら、手のひらの上ですべてを手に入れられるのにね」
「ふん、なんとでも言ってろ、メイヴ!」
「無防備な男に自分の容姿を見せつけるだけで、どんな命令にも従ってもらえるもんな」子供の奴隷が噛みつく。
「その通りだ! お前たち女は、俺たちよりずっと楽をしているぞ」
「あら、ごめんなさい」と彼女はあざ笑った。
「あなたたちが豚だということを忘れていたわ。いつも土の中に深く入っていなくてはならないのは大変でしょうね」
「ふざけんな!」子供は叫ぶ。
狭い場所に通じる錆びた金属の扉がギシギシと音を立てて開いた。奴隷たちが皆、扉の方を向くと、緊張した面持ちのヌリが大きな袋を肩から提げて立っていた。
「あら、やっと来たわね」
終わり
作者:コソン
ツイッター: https://twitter.com/Koson_san
パトロン: https://www.patreon.com/Kosonsan
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