第1章 - 約束

第1章 - 約束


作者:コソン 翻訳:山城


*** - 新しい場面・キャラクターへの切り替わり


○○○ - 状況やキャラはそのままにわずかな場面転換


~ - 語尾が伸びている


> < - 異なる言語が話されている/読まれている


+ - 会話の同時進行


*__* - キャラクターの動作を表す 例)*ゴホン…* = キャラクターが咳をしている


名前のない引用 - 無名/無名のキャラクターが話している(背景キャラクターも含む)




***


人間界の東側に作り上げられたのがコドラの街である。 人を寄せ付けない大草原が広がる曇り空の地。 巨大な城壁に囲まれ、街への進入路は一つの門だけ。


アマデウス・ノクタス王の統治下にあるこの街において、当然ながら、コドラに住む市民の目にはノクタスとその一族は聖人として映っていた。 彼らは土地を征服し、世界を滅ぼさんとする脅威と戦い──そして今、魔王オーグランを倒すためにカオス界へ率先して攻め込んでいる。


ノクタス自身が言うように──魔王討伐が終わるまで、帰還は期待できない。 ノクタスやその一族が彼らの民衆から遠く離れているにも関わらず、街を守るために残された兵士は気の遠くなるような数であった。


やがて兵士の中には一線を越え、下級市民や囚われの身となっている奴隷に残酷な仕打ちをする者すら出てきていた。 しかし王の息子であるダリウス・ノクタスの予期せぬ帰還により、事態はさらに暗転していく。 王の息子という肩書きを持ちながら、さらにはアセンダントの称号を持ちながら、


彼が戦争で足に大怪我を負った後のことだ。 一部の勘違い女を除いて、ダリウスは市民や軍の兵士たちからあまり好かれていなかったが、常にそうだったわけではない。 彼はかつては天才と呼ばれ、父親の次にコドラを治めるべき存在だった。


今は、注目されることを渇望する不埒な王子であり、見下している者を罰し、生まれながらの地位という権力を乱用する独裁者でもあった。 彼は優雅で魅力的な顔をしていた。体は『オーメン・ブラス』の鎧で守られ、腰には剣『グラスカッター』がぶら下がっている。


「薄汚い奴隷どもめ! お前たちの存在こそが、この栄光の都市の空気を汚しているのだ」


幼い頃から、彼は奴隷が忙しく働くのを眺め、嘲笑するのを好んでいた。 そして、少しでも彼らの動きが鈍くなると、鞭で叩きのめすのであった。



○○○



ダリウスは数人の護衛に付き添われ、街の農場や厩舎で働く奴隷たちを監視している。 重い米袋を運び、樽を積んだ荷車を押し、コドラ兵の鎧についた血を拭い落とす彼らは、皆惨めで痩せこけた姿をしていた。


ふと横目で見てみながら、ダリウスは丸太の山を肩に担いだ女奴隷が疲労の色を浮かべているのに気がついた。彼はその奴隷に近づくと、何の前触れもなく後ろから鞭打ち、彼女を濡れた泥の地面に叩きつけ、担いでいた丸太を落下させる。


「あぁ!」と彼女は悲鳴をあげた。


「情けないな!」


「我々はお前に食事と寝床を与えている。だというのに、少しの労働にも耐えられないのか?」


ダリウスは引き続き奴隷の背中を鞭で打つ。その皮膚が裂け、開いた傷口から血が噴き出し、彼女の悲鳴が大気中にこだまする。


「起きろ!」とダリウスは叫ぶ。


「どうかやめてください!」


ダリウスは哀れな女性に苦しみを与え続けるのをこらえて、止めてくれと懇願し、彼を制止するその声に目を向けた。


彼の方に近づいてきたのは、実にみすぼらしい少年だった。 体中が汚れ、汗でびっしょりしており、服はサイズが合わずだぼついていて穴だらけだ。


「私に指図するのか、小僧?」


「いいえ、閣下」と薄汚れた少年の奴隷は答えた。


「申し訳ございません」


少年はすぐに跪き、ダリウスの前で頭を下げて敬意を示す。


「でも、彼女の命は助けてあげてください。僕たちはこの数ヶ月、多くの労働者を失いました。どうか、新年の祭りの準備に人手不足とならないよう、彼女は残してください」


「ん?」ダリウスは首を傾げる。


「教えてくれ、小僧よ。なぜ私がお前たちの事情を気にかけねばならんのだ?」


「祭りがないと、街の人たちは不幸なままです……そうでしょう? そして王は、冴えない気分の民衆のもとに戻るのを喜ばないでしょう。しかし、自分の息子がこの街の歴史上最大の祭りを催したのなら他の兄弟よりも目立って見えるし、次の王になるのに有利になるはずです」


その子供は、王子に向きあって話す中でまるで恐怖心を感じさせず、同意を得られることすら願っていた。


ダリウスは地に伏した奴隷から離れ、その子供の前に仁王立ちをしながら、彼を見下ろす。


「一理あるな、小僧よ。だが……」


ダリウスは突然、彼の腹に強烈な蹴りを入れ、そのせいで幼い奴隷は地面に倒れこんでしまった。 彼は腸を吐き出さないようにお腹を押さえながら、苦悶の表情を浮かべる。


「いつ私が、お前に助言を求めたりしたのだ?」


「あぁ!」と少年は声を出す。


「お前の名を教えろ」


「ヌ……ヌリ・ロナです」


「ふん!  お前のような奴隷にふさわしい名だ」ダリウスは続ける。


「今回は見逃しておこう。だが、またお前の気持ち悪い知恵をもってして私に歯向かえば、お前を監獄に入れてしまうからな」


「わ、わかりました……」


ダリウスはヌリの顔に土埃を巻き上げるように蹴り上げて後ろを向き、護衛に付き添われながらその場を立ち去る。


「くそったれの馬鹿野郎め」とヌリはつぶやいた。


「さぁさぁ、お前ら、仕事に戻れ!」と奴隷管理の男が叫んだ。


「そして誰かあの奴隷女を治療してやれ!」



○○○



まるで何事もなかったかのように、物事は元通りになった。 この騒動に向けられていた多くの視線は急速に遠のき、誰もが当たり前のように仕事を続けていた。


「早く!」と奴隷女は急かした。


奴隷小屋の一つから女性が数人出てきた。その身にまとう服全てが白かった。彼女たちはタオルとバケツの水を持って、傷口から出血している奴隷を助けようとしている。


「ヌリ~!」


地面にひざまずいたままのヌリに、すぐ近くから名前を呼ぶ声がある。 走ってきたのは、ライムグリーンの髪に金色の瞳を持つ、彼と同じ年頃の少女だった。


「アドララ……?」


「大丈夫!?」とアドララ・フェバラ が尋ねる。


「う、うん」


ヌリは、アドララに腕を支えられてバランスを取りながら、ゆっくりと立ち上がる。


「あの女の人を助けようとしてあんな面倒ごとに巻き込まれるなんて……あなたは無駄なことをしていたのよ、わかってるの?」


また別の少女の声がヌリの耳に聞こえてきたが、今度はその声はすぐ近くだった。 アドララとヌリの前に立ちながら話している人物は、小さな笑みを浮かべつつ二人を見下ろしていた。その暗みがかった青色の髪の毛をなびかせ、鮮やかとは言い難い赤色の瞳は、哀れみの色をともしていた。


「なんてことを言うの、メイヴ!?」


「あらあら……その無邪気さを分けてほしいわ、アドララ。彼が他人の命を心配していると、本当に思っているの?」メイヴ・ライトニングテールは尋ねる。


「彼にとって重要なのは、余分な仕事を背負わないために、どれだけ人を納得させられるかよ」


「彼はそんなんじゃないわ!」


「ああ、驚きよね」


傷ついた奴隷の周りの騒ぎがおさまり、静まる。 女性たちの表情は、もうこの女を助けるために何もできないことを示していた。


「彼女……死んだわ」


その場に残された者の大半はダリウスの理不尽な仕打ちの犠牲者にたいしてなんの同情もせず、気にもかけず……死んだ奴隷の周りにひざまずき、平和と敬意を示す仕草をする奴隷の乙女たちのそばを歩き続けていた。


「愛しのヌリちゃん、仕事が増えちゃったわね」


メイヴはヌリに子供っぽく舌を出し、その行為が彼をいらだたせることを知りながら、からかった。


「チッ……」ヌリは唸るように声を出す。


「とにかく、予定通り……行きつけの場所で待ってるわ。じゃあね!」


メイヴはふらふらと立ち去り、奴隷小屋のひとつに向かう。 アドララはほんの一瞬だけ彼女と目を合わせ、心配そうな表情を浮かべた後、ヌリに視線を戻した。


「あなたとメイヴ、何かあったの?」


「君には関係ないよ」


ヌリはアドララにとられていた手を乱暴に振り払い、先ほど顔に吹き付けられた埃を払い落とす。


アドララは今まで見たことのない彼の衝動的な一面に驚き、少しだけ自分を落ち着かせた。


「いいわ! でもせめて私の目を見てくれない?!」


アドララは再びヌリの腕を掴み、自分の方向へ引き寄せた。 彼はその腕を仕返しのように払いのけ、そしてアドララの瞳をなんとか見ないようにしながら、顔を横に背け続けた。


アドララが注意深く目を向けると彼の肌の異常な薄さゆえに骨が見えそうであったし、落ち着きのない目をしていると思った。


「なぜこんなことをするの?」


「僕は平気だよ、ちょっと具合が悪いだけだ」


「具合?  ヌリ、今にも死にそうな顔をしているじゃない」


アドララはヌリの頬に手を当て、その顔をもっとしっかり見られるように、ゆっくりと顔を自分の方に向けさせた。


「あなたを見てると、私のお兄さんを思い出すわ」


「過去は忘れろと言っただろ」


「それなら、彼のようにならないと約束して」


「本気で言ってるのか?」


「約束してよ!」アドララは懇願した。


ヌリは、彼女の顔に浮かび上がっている感情を読み取った。 アドララがいかに自分を心配しているかを見た後、どういう悪魔が彼にとりついたのやら、彼の気持ちは変わった。


「わかった……約束する」


「良かった。ほら、私のことは気にしないで。一緒に乗り越えてましょう。辛抱強く、神にチャンスを祈るしかないわ。そうすれば、あなたも私もあなたのお母さんも、この暮らしをいつか忘れられるようになるわ」


二人は亡き女性の遺体を振り返り、女性たちが白いシーツで彼女の遺体を覆っているのを見た。 二人は、あの世で彼女の魂が安らかに眠れるように、そして復讐のために戻ってこないことを願いながら、祈りを捧げた。


「もうここから離れましょう」アドララは言う。


「あぁ」


二人は奴隷小屋に向かう。 途中、アドララはヌリの手にそっと自身の指を滑りこませ、この先に何が待っているのだろうかと、ずっと期待していた。




終わり

作者:コソン


ツイッター: https://twitter.com/Koson_san

パトロン: https://www.patreon.com/Kosonsan


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