第12話 殺してくれてありがとう♡


「あわわわわ! セツナちゅわぁぁん! ほんまにどないしたんやぁぁ!」


 涙が止まらねぇや。前回の結末の余韻が半端ねぇよ……。


「ねぇ、レオン先生? あの子、様子が少し変じゃない?」

「そうですね。極悪非道の限りを尽くした殺人鬼にしては妙ですね」

「情緒不安定なのかしらねぇ。面倒が起きる前にさっさとヤッてしまったほうがいいかもしれないわね。美味しいパスタの店、連れて行ってくれるんでしょ?」

「もちろんですよ! そのお店、パスタだけではなくピッツアも絶品なんです! きっとジャスミン先生のお口に合うと思いますよ!」

「あら。それは楽しみね♡」


 くぅっ。このままではだめだ。扱いが飯以下のままではだめなんだ!


 ジャスミン先生の高感度が跳ね上がるのは『神秘の泉』以後。バキューンっと審判ジャッジすると何故か、山脈に顔を埋められるくらいの関係にはなれる。


 だったら泣いている場合じゃないだろ!


 エリリンに刺されなかった場合、生き延びられるのか確かめるんだろ!


 そのためにはまず『交渉人クマゴロウ』の力が必要だ!


「ほぉら。ツンツンしたるから元気だしーや。ツン。ツン。ツツン!」


 泣いている俺を宥めていては交渉はできない。こんな序盤で足踏みしていては、ランチデートに行きたい先生方に処されてしまう。


 想像しろ。妄想しろ。連想しろ。


 感傷に浸るのではなく、幸せいっぱい夢いっぱいの未来に向かって心を踊らせろ!


 おっきなお山にぼいーんぼいーん!

 汗ばむお山にぼいーんぼいーん!

 フェロモンむんむんぼいーんぼいーん!


 逆膝枕ですぅぅはぁぁすぅぅはぁぁ!

 最強にそそる太ももですぅぅはぁぁすぅぅはぁぁ!

 挟んでもらってすぅぅはぁぁすぅぅはぁぁ!


 あっちもこっちもツンツツーン!

 いろんなところをツンツツーン!

 熊の人形を使ってツンツツーン!



  

 …………よし! 涙は止まった!


 さぁクマゴロウ、前回同様にジャスミン先生に審判を促すんだ!



「あーあ。シラケちゃうなぁ」


 お……や? このタイミングでエリリンが声を上げるのかよ。しかもこっちに向かってくるぞ……?


 おいおい。これってばもう既に、前回のルートから外れちまってるってことじゃんか! ……やっちまった。死に戻りは無限ではないって忠告されたばかりなのに……。


 いや、まだだ。たとえ死にルート濃厚だったとしても、前回のようにタダで殺されるわけにはいかない。


 ……観察だ。観察するんだ!


 観察…………。観察…………。


「あんさぁ、殺人鬼が自分の命欲しさに泣いてんじゃねーよ? 泣いてりゃ助かるとでも思っちゃってんの?」


 ふかふかベッドの前まで来ると、箒に乗ったままで見下ろしてきた。


 ……観察。観察するんだ。


 観察。……観察……観察。


 …………………………。


 …………………………。



 …………よし見えたっ! 


 見せパンの色は黒!

 しかもちょっぴり色褪せている……のか?

 

 何十回……いや。この色褪せ具合何百回も履き潰された際に出る色合いだ!


「やめーや! エリリン! 今はワイがお話をしてるんや!」


 あっ、ちょ邪魔! 対角線に入って来ないでよクマゴロウ!


「はぁ。まじ怠いこのクマ。ねぇカシス〜? これ邪魔なんだけどぉ〜?」

「おぉん? ワイをシカトするっちゅーんか? ずいぶんと偉くなったのう? おいッッ!」


 色褪せたギャルの見せパンを眺めている間に事態は急展開──。


 クマゴロウはナイフとフォークを取り出すと、あからさまに喧嘩を売り出してしまった!


「ふぅん。そっちがその気ならカシス諸共、やっちゃってもいいーんだけど? いい加減あんたらにはうんざりしていたところだからね〜」


 ──シュッ。


「今、刺せたで?」


 速い! 会話を遮る、寸止めフォーク!


「この、クマぁ!!」


 エリリンは箒に跨ったままで猛スピードで距離を取る。しかしクマゴロウが背後をぴったり着いて離れない。


 そうか。エリリンは近接戦闘が苦手なんだ。箒に跨っている系魔法使いあるあるだな。


 加えてお嬢様仕様の広い寝室とはいえ、所詮は室内。箒に跨がっていては小回りがきかない。


 対してクマゴロウは短い頭身で、物に乗る必要もなく生身で飛べる分、小回りがきく。



 ひょっとして、エリリンが負ける……?


「鬼ごっこはもう終わりかいな? 拍子抜けやな?」

「……ざけんな」

  

 予想通りエリリンはクマゴロウを振り払えず、箒に乗ったまま壁を背に追い詰められてしまった。


「ノンノン。わかっとらんなぁ? しゃーないから教えたる。十三回や。フォークを突き刺せるのに見逃した回数。生かされた気分はどうや?」


「舐めた口を聞きやがって……!」


「おっと。あかんで? 少しでも怪しい素ぶりをしたらグサッ! と、フォークで刺したるからのう? っと、一回追加やな。これで十四回や! あんさん、本来なら十四回も死んでるんやで? クマゴロウさんに感謝せえよ?」


 フォークをぷらんぷらんとチラつかせ、嫌味たっぷりのクマゴロウ。


「くそカシスが……。そっちがその気なら部屋ごと吹き飛ばしてやるよ!」


「な、なんやて?! それはあかん!」


 ──ドドドドドッ。


 部屋の中が突如として、地響きに包まれる!



 っと、ここで。


 ──パンパンッ! 


「はいはい。そこまでよ。もうおしまい! まったくもう。あなたたちが争ってどうするのよ? ほらカシス。クマゴロウをしまいなさい」


 軽快に手を叩きながらの御登場! ジャスミン先生だ! 


「はい……。わかりました。クマゴロウおいで。もうおしまいだよ」


「なんやて? まぁ、カシスちゃんに言われたらしゃーないのう!」



 ──グサッ。グサグサグサッッ。


 背を向けた瞬間だった。一本のナイフがクマゴロウに刺さった。続いて五本、十本と立て続けに突き刺さる。


 ──グサッ。グサグサグサッッ。


 儚く散るクマゴロウ。


「あはっ。あはは! ばかじゃん? 背中向けるとか自業自得~。あー、くだらない。ねぇ、くだらないと思わなぁい? ク・ソ・カ・シ・ス〜?」


 壁に追い詰められていたはずのエリリンは脚を組み直すと、高らかに笑った。


 カシスちゃんがギロッとエリリンを睨みつける。


 そんな二人の様子を見て、ジャスミン先生は深く溜息を吐く。


「はいはい。カシス? 気持ちはわかるけど落ち着こうね。こうなったのはあなたに原因があるのよ? 今日はここに何をしに来たの? 目的を忘れてはだめよ? エリリン。あなたはもう少し言葉を選ぶようにしましょう。それでは争いを生むだけよ?」


「あ、はーい」

「…………………」


 カシスちゃんは返事をしなかった。そんな様子を見かねてか、ヒメナちゃんが駆け寄ってくる。


「クマゴロウはあたしが治してあげるからさ!」

「ありがとうございます……」

「クマゴロウとはあたしも友達だからね!」


 肩を寄せ合う二人。


 そんなほっこりする二人の姿に反して、ジャスミン先生は『わたしをシカトして良い度胸しているわね?』と、言わんばかりの表情で見ていた。


 そして、攻撃的な口調で……。


「あらやだ。シカトかしら? 教師に対する態度じゃないわよね? ねぇっ?」


 なにやら怪しげな空気に包まれて──。


 言葉もなくただ、各々が睨み合う。

 いつおっ始まっても不思議ではない、緊張状態に突入──。



 おいおい、まじかよ。


 前回も思うところはあったけどさ……。


 今日まで殺し合いに発展しなかっただけで、ギリギリのギリの人間関係なんじゃないのか?


 俺のせいで争いが起こっているかのようだけど、単なるキッカケに過ぎないんじゃないのか?


 いくらなんでも仲が悪過ぎるだろうて。


 ていうかこれってば、ハーレムを形成する上で最も大切な要素が欠落しているよな。


 それは主人公さまへの高感度とは全く別のところにある。


 女の子同士が互いに妥協しあうウィンウィンの関係性であり協調性。


 これらが構築できていない場合──。


 確実に修羅場は訪れ、

 確実にハーレムは崩壊する。


 もしかしたら俺は、大きな勘違いをしていたのかもしれない。





 そして──。血なまぐさい戦闘が始まってしまった。


「死ね! クソカシス!」

「いいえ。死ぬのはあなたです。見せパン野郎!」


「教育的指導よ? 地獄で懺悔ざんげなさい!」


「友達に手を出す奴は、全員敵!」


 こんなの見たくない。ヒロイン同士の殺し合いなんて見たくないのに……。


 無力。


 ただ眺めることしかできない。


 それは主人公も同じこと。だと思いきや──。


「どうか許して欲しい。命を取りに来た身として、いたずらに時間を掛けてしまった。内輪揉めまで始まり、恥ずかしい限りだ」


 なるほど。俺を殺して場を納めに来たか。そういや前回もそうだったな。……無駄なのに。


 ……はぁ。今回はエリリンに刺されることはなかったけど、神秘の泉もなければ最強の膝枕もなし。


 感傷に浸っちまったせいで、未来はこんなにも変わっちまうものなのかよ……。


 ……まぁ、な? 悔やんでも仕方がない。こうなってしまった以上、初心に返るしかあるまいて……。


 きゅん。……きゅん♡


 …………………。


 …………。


 ……♡


 よし、いけるな。二度死に振りだが感覚は鈍っちゃいない。


 さぁ、来いよ?


 やれよ?


 いつもみたいに俺の耳をいじめやがれ! ゲス教師が!!


 どんなに耳を弄ばれても、三十路童貞としての誇りだけは思いどおりになると思うなよ!

 

「そんなに嬉しそうな顔をしないでくれ……。俺はクズだ。こんな選択しかできない自分が情けなくて仕方がない」


 あれ、弱音? きゅんきゅんモードが……。


「お願い。早く殺して。はやくっ!!」


「……いつからこんな事になってしまったのだろうか。あれは、確か──」


 ねぇ、ほんとにやめて? 過去を振り返らないで?


 このタイミングで回想とかいらないよ?


 きゅん死をくれよ! いつもみたいに俺をきゅんで満たして殺してくれよ!


「殺せ! とっとと殺せーー!」


「……最初はジャスミン先生だった。美しくて、おっぱいも大きくてな。好きになるのに時間は掛からなかった。今にして思えば、一目惚れだったのかもしれない」


 ガン萎えだよ。きゅんきゅんモードおわた。


「次はエリリンだった。ギャル特有の女子力の高さで良い匂いがすごいしてな。好きになるのに時間は掛からなかった。今にして思えば、一目惚れだったのかもしれない」


 ちょっ……。


「その次はヒメナス王女。太ももが素敵で挟まりたいって思ったら、好きになるのに時間は掛からなかった。今にして思えば、一目惚れだったのかもしれない」


 おまっ……。


「最後はカシス。俺の中のロリコンが火を噴いた。好きになるのに時間は掛からなかった。今にして思えば、一目惚れだったのかもしれない」


 おーーい!!

 一目惚れし過ぎだろうが!!


「俺には一人だけを永遠に愛する才能がなかったんだ。そんな俺を見かねてか、ここ暫くはいつ噴火してもおかしくない緊張状態が続いている」


 いや。それさ、今、噴火しちゃってるんじゃないの?


「君になにを言ってるのだろうな。俺はもう、限界なのかもしれない」


 あぁこれは……。主人公としての顔ではなく、一人の迷える子羊だ。


 やはりこのハーレムはギリギリ首の皮一枚だったんだ。


 そしてハーレムルートに入ったと見せかけてのBADハーレムルート。


 通称、似非エセハーレム。


 場合によってはヒロインに背中から刺されたり、首ちょんぱもある恐ろしいルートだ。


 掛ける言葉が思い浮かばない。


 それと同時に、今後、六回目七回目と繰り返しても攻略しているビジョンが全く見えなくなってしまった。

 

 むしろ、今、この瞬間。

 心の内を何故か明かしてくれた今こそが最大のチャンスなのでは?


 ブサカワ、ダサカワでは無く──今、しっかりと清楚系美少女になれていたのなら、破滅エンドを回避出来たのでは?



 そんな事を考えている間に──。


「……すまない」


 剣は胸に突き刺さった。


 エリリンに背後から刺されたお粗末な一刺しとは違う。


 確実に命を刈り取ってくれる優しい一刺し。


「ベアトリーゼ。どうか、安からに。来世では幸せに──(フーッ)」


 ひゃん♡ 

 ボーナスステージキタァー♡


 

 レオン先生♡……。はぁはぁせんせぇい♡……。


 耳が幸せぇ♡


 はぁん♡ あぁぁあん♡



 ………………………………。



 ………………………。



 ……………。



 ……♡



 しゅきっ♡


 だいしゅき♡


 きゅん♡





 レオン先生♡

 殺してくれてありがとう♡










 +──+


お読みくださりありがとうございます(__)


ここまでを一章とし、次話から二章へと突入します。

引き続き、最後までお付き合いくださると嬉しいです。


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