二章

第13話 パシられるのはもぉイヤ……


 ──パカッッ。カプッ。


「あーっ! ずるーい! お姉ちゃんだけずるいよぉ!!」


「お姉ちゃんはバイトしてるから買えるのー! まぁでも、特別だぞ〜? ほれーッ!」


 リビングのソファーに脚を組みながら座るお姉ちゃん。


 わたしは床に正座をして両手を差し出す。


「わーい!」


 優しい優しいお姉ちゃんはいつも決まって、アイスの蓋をくれるの!


「えへへ〜。やったね! ありがと‼︎」

「はいはい。負け負け〜。チロルの甘えたにはお姉ちゃんも完敗だよー」


 ペロペロとアイスの蓋を舐める。


「ん〜! おぃちぃ!!」


 タダ。無料で食べられてこのクオリティ。さいっこう! やっぱり夏はアイスの蓋!



 いつも通り。普段と変わらぬ毎日。

 ありふれた、どこの家庭にも転がっている光景。



 でも──。

 わたし。チロルには誰にも言えない秘密がある。


 正直、ほとんどの事は思い出せていない。

 五回目で自分の名前がわからなくなり、七回目で完全に自我を失った。


 残ったのは〝想い〟だけ。

 漠然とした〝想い〟だけ。


 誰かを好きだった、恋する乙女の〝想い〟だけ──。


 その想いを十五歳の誕生日に思い出した。

 発動し続ける禁忌の魔法 《バタフライエフェクト》についても──。


 前世の記憶が蘇るのとは少し違っていて、あくまで〝想い〟という抽象的なものだけが、今のわたしには残っている。


 かつてのわたし(?)、セツナ・ベアトリーゼ(?)が禁忌に手を染めて、同じ時間を繰り返し、自我を喪失してしまったせいらしい。


 らしいって言うのは、バタフライエフェクトが、そう示しているから。


 ……うん。だからね?


 冗談じゃないんだよね?


 十五歳の誕生日に前世の記憶が蘇って、精神を乗っ取られたのならジ・エンドだけど、わたしはわたしのままでチロルだからね?


 だからこそ、心底!

 あっちの世界の事はどーでもいい‼︎

 

 だってここは日本だし!

 異世界でもなければナーロッパでもないし!


 それでも〝想い〟は凄まじ強くて、禁忌の魔法がわたしの心に訴えかけてくる。


 『言うことを聞け!』

 『文句言うな!』

 『やーれ!』『やーれ!』『やーれ!』

 『やらなきゃお前、今晩メシ抜きな?』


 ほんっとに最悪。


 ありえないっつーの!




 ◇◆◇◆


 そして──。選ばれし三十路童貞の家に行く事になる。


 全ては禁忌『バタフライエフェクト』が示すがままに……。


 あっちの世界をギャルゲー世界に見立てた記憶を埋め込み済みとかで……。


 記憶を失った何処ぞのポンコツリーゼとは違って、禁忌の力はすさまじい……。






 +


 深夜二時。


 うんうん。寝てる寝てる。さっさと言質を取って帰ろー。明日も学校あるし!


「ねぇねぇ、おじさーん。起きて? 起きて起きて〜」


 跨ってゆっさゆっさしてみる。大丈夫、バタフライエフェクトは安全だと示している。


 ──ゆっさゆっさ。


「んぁ? ……ぁと五分」


「ねぇねぇおじさーん。もしも、おっぱいボイーンの女の子に生まれ変われるとしたらどうするぅ?」


 ……バタフライエフェクトが示すがままに……。


「ん……ごちそうだなぁ……」


「そこは日本ではなく異世界で、一時間しか生きられないとしても?」


「……ご褒美だなぁ。我々の業界では……」



「はい。言質取りました。あなたの願い聞き届けます!」


 ちょっと、ばっちぃけど人差し指をおじさんの唇に……っと。


 これで契約完了!


「……はぁ」


 ていうかこれ、完全にパシリじゃん。


 お給金も出なければ、深夜手当もなし…………最悪。







 ◇◆◇◆



『て、おい! てめー!! 詐欺じゃねぇか?! やーっぱり女神じゃなかったのか!』


 あっ。やば!


『縦巻ロールをやめるのです。専任魔術講師レオンハート好みの淑女に。清楚系で尚且つ色気を放つのです』


『ちょちょい! 待って待って! 一方的に語っていきなり六回目はキツイよ? ねぇ、チロルちゃん? ねぇチロルちゃんって呼んでもいいの?! ちなみにLラストJCなの? それともFファーストJKなの? それから君はボイーンなの?!』


 すごい。もう六回目だと言うのに何の変化もない……。隙あらばわたしとも仲良くなっちゃおうとしてるし。……三十路童貞って凄まじい。



 あっ、今回は魔道具どうしようかな。……はぁ。どーしよっかなぁ。



 うー、勿体無いもったいない! あげたくないよぉ。


 学生はお金がないのぉぉぉ!!


 アイスの蓋がご馳走のチロルを虐めないで!!



 ていうかもう、こんなパシリ生活イヤだよぉ〜。



 誰か変わって〜…………。



 うわ〜ん…………。

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