第7話 ツンツンッツンッ!


 いやっ。駄目だろ……。

 これまでにセバスの功績、ひとつもない……。


「それでは、お嬢様。散髪に取り掛からせていただきます」


 鏡に映るセバスは自信ありげだ。


 この道五十年。下町に床屋を構えた老父の面構えだ。散髪とは人生。生涯現役にして、骨を埋める覚悟さえも垣間見える。


 ……いやいや違う。違うだろ! こいつはゴスロリ爺さんのセバス・チャン!


 思い出せ。


 アイロンで火傷して指をフゥーフゥーしていた事。


 思い出せ。


 巨乳で太ももがそそるメイドを連れて来なかった事。


 思い出せ。


 指ポキして瞬コロだった事。


 思い出せ。


 もごもご言葉を聞こえているフリしていた事!

 


 この爺さんはいつだって、やってくれそうな雰囲気を全面に押し出してくるんだよ!


 そんで尽く失敗しちまってるんだよ!


 今回も失敗するに決まってるんだよ!


 下手したらマルコメ。上手くいってもスポーツ刈りにされちまうに決まってるんだよ!


 切った髪は戻って来ないんだよ!


 髪は女の命なんだよ!


 失敗は許されないんだよ!


「セバス。そこまでよ。わたくし、自分で切りますわ」

「…………さようでございますか。……残念至極」


 なーにが残念至極だよ? 今ちょっとだけホッとした顔したの見逃さなかったからなぁ?


 わかったぞ。お前はあれだな。NOと言えない人間なんだな!


 そんで失敗をも恐れない猪突猛進型、イエスマンの成れの果てだ!


 まじで危なかった。

 髪の毛ジェノサイドにされちまうところだったよ……。


「下がりなさい。そしてこの部屋から出て行きなさい!」

「かしこまりました。ご用件があればまたなんなりと、お申しつけくださいませ。残念至極…………では──」


 また言いやがった。去り際に残念至極って言いやがった!


 遊びじゃないんだよ。女の子にとって髪は命なんだよ!




 こうなった以上、自分で切るしかない。前回の失敗を戒めて教訓とすれば大丈夫であろう。


 ──切った髪は二度と元には戻らない。


 

 いよしっ。じゃあいっちょ、やってみっか!



 









 +


 チョキチョキチョキチョキチョキチョキ。


「あはっ‼︎ きバサミ楽しいっ!」


 切っても切っても長さが変わらない‼︎



 チョキチョキチョキ。

 チョキチョキチョキ。



「あはっ‼︎ これ癖になるやつ‼︎」


 チョキチョキチョキチョキチョキチョキ。


 …………………………………。


 …………………………。


 …………………。


 …………。










 +


「やっちった……」


 なんだろうこのお約束。き過ぎてしまったよ……。癖になっちゃだめだろうて……。切った髪は二度と元には戻らないってのに……。



 とはいえまだ、詰んではいない!


 要はボリュームを出せばいいだけの話。


 こんな状況を見越して寄こしてくれたのかな。だとしたら侮れないな。適当に見えて、やはり神的な奴ってことだろうか。


「出でよっ! マドーグワックーース!」


 まぁ気分だけでもね?


 カチッとド中古ワックスの蓋を開ける。


 パッケージを見る限りはナチュラル系。


 時の経過を感じさせる残量一割。

 容器の端で固まってしまっている部分だけが残っている感じのやつ。


 ふざけろド中古! 一歩間違えたらゴミぞ?


 だが、今回に限って言えば好都合!


「ハード系ワックスさんこんにちは!」


 固形っぽい塊を取り、手のひらで伸ばす。


 伸ばして伸ばして……。髪に〝バサッ〟そして揉み込む揉み込む……。ふっわふわ! 綿あめみたいにふっわふわ……ふっわふわ……! ふっわふわ……!


 いよしっ! いい感じに髪がボンバーしてきたぞ!


 続いて三つ編みサイドアレンジに取り掛かる!


 ヘアカタログに載ってあるとおりに…………。







 ──トントンッ。


 えっ? もうそんな時間?

 まだ途中なんだけど? ぜんぜん終わってないんだけど? なにかの間違いだよね?


「どうしたのかしら?」


「はっ。専任魔術講師、レオン・ハートなる一行が正面玄関より、真っ直ぐこちらに向かってきております」


 おいおいまじかよ。もう俺に会いに来ちまったってのかよ!



 と、なれば、最優先事項は──。


 










 +


 「お行きなさい! 時間はありませんのよ!」

 「感謝の極み。うぅ」


 よし。今回は逃してあげられた。


 まぁ居ても居なくても瞬殺されるだけだからな。感謝される言われはない。むしろ邪魔なだけだし。


 ……うん。居られても迷惑なの。


「だって……だって……‼︎ 主として、はしたない姿は見せられないもんっ!」


 おっきなお山にぼいーんぼいーん♡


 汗ばむお山にぼいーんぼいーん♡


「あはっ!」


 フェロモンむんむんぼいーんぼいーん♡


「えへ、えへへ」


 …………って、妄想している時間はない‼︎ 髪の毛がまだ途中‼︎


 アイロンで毛先を〜っと。あれ? 電源入りっぱなし? 消してなかったの? あれれ? 冷たい。もしかして電池切れてる⁈


 …………えっ?! 魔道具も再構築されないの?!


 だめだめ。気にしている時間はない‼︎


 どうせ今回も殺されちゃうとしても、少しでも可愛いくなって会いたいと思うのが乙女心だもんっ!

 

 



 ──ドッカーン!


 あたふたしている間に部屋のドアが破壊されて、主人公さま御一行のご登場──。

 

「セツナ・ベアトリーゼ! 抵抗しなければ、安らかなる死を約束する!」


 嘘? まだおめかしの途中なのに……。うわぁぁん。セバスに構ったせいだぁぁぁ。


 恥ずかしいよぉ。でもしょうがない。ありのままのセツナを好きになってもらうしかない。


 なんちゃって〝ゆるふわショート〟片側サイド三つ編みver!


 よいしょっと。とりあえず椅子から降りてっと。ふかふかベッドの上で女の子座りをしてっと。


 さらに両手で顔を隠して、泣いているフリ&怯えているフリ‼︎


 ジャスミン先生! セツナはここにいますよぉ♡ きゃは♡


「(チラッ、チラッ)」


 ん〜、もう待てないよぉぉ‼︎


「(チラッチラッチラチラチラッ‼︎)」


 はーやーくぅ♡

 だーきーしーめーにー来ぃて♡


「は? なんなの? すっごいチラチラ見られてて気持ち悪いんだけど? これから殺されるって理解していないのかしら? 普通、死の恐怖に打ちひしがれる場面でしょ?」


「ジャスミン先生、もしよければこのあとランチなんてどうですか? 美味しいパスタの店見つけたんですよね!」

「あら、どうしようかしらぁ〜?」

「ぜひ、ごちそうさせてくださいよ!」

「ん〜。じゃあ、行っちゃおっかな?」


「良かった。約束ですよ? じゃあさっさと安からなる死を与えて、終わらせちゃいますね!」



 んなッ?!


 ジャスミン先生?!


 前回はあんなに可愛がってくれたのに……最後まで守ってくれたのに……。どうして?


 それにレオン先生? ランチってなに……セツナは飯以下なの? ていうか飯のついでに殺すの?


 えっ? 嘘でしょ?


 なんだよ、これ。……信じていた人たちに裏切られるこの感じ。頑張って可愛くなったのに……。やだ、やだやだ。涙が……止まらない。もうやだ。見ないで……。


 両手で顔を隠すので精一杯……。もう何も見たくない。




 そんな絶望の淵で──。


「まったく。だらしのない人です。この三つ編みはなんですか? 下手くそにも限度ってものがありますよ?」


 なになに、痛い……痛いよ……髪の毛引っ張らないで……。殺すならサクッとやってよ……。


「動かないで下さい。可愛くしてあげますから。…………って、毛先もバラバラじゃないですか!」


 ん、誰? チラッとそーっと、涙を隠していた手を動かして横目で見てみると──。目の前に居たのは、なんと‼︎


 か、カシスちゃん?! 何故に?!


「とりあえず三つ編みにはしてあげますけど、毛先を整えるのはうちに帰ってからですね」



 待って待って、なになに?!

 カシスちゃんルート来ちゃったのッ?!



「か、カシスなにをやっているんだ?」

「レオン先生。この子はうちに連れて帰ります。いいですね?」

「いや、いいわけないだろ? なにを言い出しているんだ……?」

「では独断で連れて帰ります。レオン先生は見てみぬフリをしてください。話は以上です」


「んなっ?!」



 なにこの超展開? ひょっとして髪型と容姿でルートが変わるのか?!


「それにしても、なんなんですか? けしからん胸ですね。えいっえいっ!」

「あわわわ。か、カシスちゃん……っ? ツンツンしちゃだめだよぉぉ♡」

「えいっえいっ! えいっ!」

「ひゃんっ♡」


 今すぐ僕を連れて帰って下さい! カシスちゃんっ‼︎

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