第8話 ノンノン。ワイの名前はクマゴロウやで?


「カシス、なにをしているかわかっているのか? その子は罪人。それも殺人鬼なんだぞ? 庇うような真似をすれば犯人隠避罪にだって問われかねない。輝かしい君の経歴に傷をつけるつもりか?」


 主人公の野郎が教師っぽく見えるな。……いや、教師なんだよな。


 耳ふぅ特化型のイケボ囁きマンのイメージが強くてすっかり忘れていたよ……。


「セツナちゃんは大事な友達。そういうのは関係ないです」

「冗談はやめるんだ! 俺に君を攻撃させるつもりか?」

「ごめんなさいレオン先生。もう決めた事なのです。来るなら来やがれです。返り討ちにしてやりますよ」


「んなっ?!」


 小さい背中。なのに頼もしい。


 でもダメだよ……。カシスちゃんが痛い痛いする姿なんて見たくないよ……。


 それにどうせ、今回も俺は助からないだろうし。


 だったら止めないと……。こんな無駄な争いは止めないと…………!


 

 しかしすぐさま銀髪美少女がステップを踏みながらふかふかベッドに近づいて来た。


「むぅ。ヒメナ‼︎ 容赦はしませんよ?」


 カシスちゃんの前で立ち止まると顔を覗き込んだ。


 まさかこれは、ガンたれ……?


「ふぅーん」


 始まる……。血みどろの戦いが始まってしまう……。


 ところがヒメナちゃんはくるりと回ると、主人公にミニステッキを向けた。


「あたしはこっち! ごめんね、せーんせ?」


 おや? まさかの!


「なっ?! いかに王族といえども殺人鬼に加担するのであれば民衆からの批判は必至。ただ事では済みませんよ?」


「知らなーい。興味ないかもー」

「興味ないって……。王位継承権を剥奪される事態にだってなりかねませんよ?」


「あそ」


 ヒメナちゃんはそれ以上の言葉は発さずに、カシスちゃんに満面の笑みを向けた。


「ヒメナ……あなたって人は本当に……しょうがない人です……」

「お友達、守るんでしょ? カシスはあたしの友達! だったら一緒になって守らないとね!」


「救いようのないお馬鹿さんですよ……」


 カシスちゃんの頭を撫でると、今度は俺をじっと見つめてきた。


「カシスはさ、人を見誤ったりはしないんだよ。だからベアトリーゼ、あたしはあんたの無罪を信じる」 


 あ……れ? もしかしてベアトリーゼではなく、三十路童貞の『たかし』としての俺に気づいてのことなのかな?


 だって見誤るもなにも、セツナ・ベアトリーゼはセバスにミニスカメイド服を着せたり、ヒロインを殺してまわったり、クソ&クソのクソッタレである事実は揺るがないはずだからな……。



 疑念が過るも、時は待ってはくれず──。どんどん進んでいく──。



「さぁーてと! 変身!」


 ヒメナちゃんが手に持つミニステッキを自らにかざすと、戦闘モードである『ヴァルキリーウィッチ』への変身を遂げる。


 胸のサイズは非公表。巨乳なのか貧乳なのかはわからない。胸元は鎧に包まれ、さらには鎧のブーツ。


 露出度、それらすべてが絶対領域にそそがれる。

 太ももがそそる系、最強キャラ──。


 安心して下さい。同人誌は全て巨乳でした。その節はどうも。大変お世話になりました。


 って、違うだろ……。どうせ今回もまた生存ルートからは外れている。俺が死ぬのは確定しているんだ。


 だったらわざわざ、争う必要なんてないだろ。


 美少女が血に塗れる姿なんて見たかないんだよ!



 しかしカシスちゃんも同じく、戦闘モードへの移行を始めていた。


「おいで、クマゴロウ!」


 黒魔道士御用達の黒のローブを脱ぐと、ショーパンに黒の熊Tシャツ姿が顕になる。


 そしてTシャツから熊が飛び出す!


 カシスちゃんはTシャツにプリントされている熊さんを召喚できるのだ。


「なんや、カシスちゃん! 戦闘かいな?」


 ポンッと現れ宙に浮くのはカシスちゃんの頭と同等サイズくらいの眼帯を掛けた熊さん。


 作中、人気マスコットキャラの一角。エセ関西弁のクマゴロウとはこいつの事だ。


 始まる。始まってしまう……。止めないと。止めないと!


 でも俺になにができる?

 剣も魔法も使えない、戦闘力ゼロだぞ?


 …………いや、俺が殺人鬼らしい行動を取れば、カシスちゃんの勘違いで事無きを得れる。


 たとえそのせいで、凄惨な死が訪れようとも構わない!


 

 覚悟を決めていざ、発進! しようと思ったら、片目眼帯の変な熊が目の前でニヤニヤしていた。


「君が渦中のセツナちゃんかいな? ほーん。ええ乳しとるやん? ツンツンッ、ツン!」


「ひゃんっ?!」


 なっ?! こいつ初対面でいきなり胸ツンして来やがった!


「ほえ〜。ええ乳しとるやん! Fカップってところかな? (ツンツンッ) いや、Gカップあるか? (ツンツンツンツンッ)」


「ひゃんっ! や、やめっ」


 なんだよ、この熊。初対面でいきなりおっぱいツンツンとか紳士の欠片もないエロッ熊だな?!


「まぁ、あれやな。あれ。あんさん死ぬで! 確実に助からんっちゅーことや。さかいに変に期待だけはせんといてなぁ!」


 エロいだけかと思ってたけど、ちゃんとまわりを見ることのできる熊だな。


 だったら──。


「うん。セツナは死んでもいいの。だから争いを止めてよ熊さん」

「ノンノン。熊さんちゃう。ワイの事はクマゴロウって呼ぶんや!」

「く、クマゴローさん?」

「ノンノン。クマゴロウや!〝ウ〟‼︎ それからさん付けも禁止や!」

「あっ、はい。クマゴロウ。ごめんなさい」

「ええんやで。セツナちゅわぁん! (ツンツンツン)」

「ひゃんっ」


 やばい。超めんどくさい。なんなんだよ、この熊!


「やっぱりアレやなぁ。セツナちゃんからは悪のオーラが感じられないんよなぁ。(ツンツン) この弾力具合が物語っておるなぁ。カシスちゃんもそこんとこに気付いたんやろなぁー(ツンツンツン)」


「ひゃひゃんっ♡」


 え。おっぱいツンツンして善悪の判断をしていたの? 嘘だろ? 

 

「んまっ。場合によっちゃ、この戦い止められるかもしれへん。せやからふかふかベッドの上で良い子に待っとるんやで? ええか? (ツンツンツンツン)」


「ひゃ、ひゃい♡」


 なんだろう。釈然としないな。


 人の弱みにつけ込んで、最もらしい理由をつけておっぱいツンツンしているだけにしか見えないんだが?!




 と、思ったんだけど……?








 +


「レオはーん‼︎ タイムタイムー‼︎」

「やれやれ。わかったよクマゴロウ。まったく君ってやつは」


 え。めっちゃ仲良さげ?! 一触即発のこの状況で「タイム」が有効なの? クマゴロウすげぇ!


「んで、カシスちゃんの見解はどうなんや?」

「うん。可愛くなりたいって思ってる女の子に悪い子はいない。下手くそな等身大の三つ編みが物語ってる」

「さすがはワイの見込んだ女! カシスちゃんや! 目の付け所がシャープだねぇ‼︎」

「く、くすぐったいよぉ。やめてよぉクマゴロウ!」


 なんだろう。嬉しいような悲しいような……。

 ていうかカシスちゃん、クマゴロウにだけはタメ口なんだな。めっちゃ仲良さそうで微笑ましくなってまうなぁ。



「ちゅーわけで! ジャスミン姉さんの出番や!」


 この熊、よく動くなぁ。今度はジャスミン先生の所へ飛んで行ったよ。


「な、なによクマゴロウ……」


 あれ、少し怯えているな。


「なんや、またおっきくなったんちゃうかぁ? ツンツンしたる! えいやっ! えいえいっ!」


「もうっ、やめなさい。怒るわよ……」


 えっ、弱気?! 振り払わないのか?


「んで、頼み事があるんや。ええか? えいっえいっ(ツンツンツンツン)」

「な、なによ……もぉツンツンしないでぇ……先っぽはだめぇ……」


 言いようにツンツンされとる。目の保養半端ない!


「そこに居るセツナちゃんを『神秘の泉』でジャッジにかけてくれへんか? えいやっ(ツンツンッツン!!)」


「あんっ♡ ……嫌よ。ジャッジするだけ時間の無駄だもの。魔力の消費に見合わないわ」

「あーそう。ほいならこのままツンツンしたる。ツンツンツンツン! えいやえいや! えいえいっ! えーいっ! (ツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツン)」


 おおおお。もっとだ。もっとだクマゴロウ!


「あっ。やんっ♡ やめなさい!」

「やめへんやめへん。ツンツンしまくったるでー!」


「あんっ♡ だから……先っぽはだめぇぇえ♡」

「へへ。ここか? ここがええんか? おぉん?」


 クマゴロウ! あなたこそが神!


「あっ♡ やんっ♡ わ、わかったわ! ジャッジするからツンツンするのやめて……!」


「へへ。最初からそう言ってればええんや! ほいなら、やめたるで! ツンツンはやめやめ! ちゅーわけで、頼むで姉さん!」


 くっ。いいところだったのに……。


「もうっ、しょうがないわね……」


 でもすごい。なんという策士な熊なんだ。ツンツンする事で交渉を優位に進めた。


 まさか交渉材料に〝ツンツンを辞める事〟を持ち出すなんて……。てっきり、楽しんでいるものだとばかり思っていた自分が恥ずかしい……。



 この熊なら、もしかしたら……!

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