第5話 ワンワンモード!
「セツナ・ベアトリーゼ! 抵抗しなければ、安らかなる死を約束する!」
…………来た‼︎ あはっ‼︎
ふかふかベッドの上でうつ伏せになってぇ♡ 枕に顔を埋めてぇ♡ ニヤニヤのデレデーレ♡
それが今のオーレ!
こんなお粗末な髪型でも、入れたの!
〝きゅん♡死♡にモード〟
あはっ! 枕さんありがとぉ!
顔隠しちゃえばスッピン金太郎でも関係ないもんね!
レオンせんせー♡ セツナはふかふかベッドの上ですよぉ! はぁやぁくぅー殺しに来ぃて! きゃはっ♡
「おのれ若造めが! お嬢様に指一本でも触れてみろ。殺すぞ?」
あっ……。セバス逃がすの忘れてた!
「もごもごもご! (逃げなさい! 戦わなくていいわ!)」
だ、ダメだぁ……。枕に顔を埋めているせいで、上手く喋れない。
「お嬢様。心配には及びません。奥の手がありますゆえ、御安心ください」
え。通じてる? やっぱり真なる執事?
「もごもごもごもご! (奥の手は使わなくていいから、逃げなさい! ていうかあなたクビよ! 解雇なの! はいさようならバイバイ!)」
「はっはっはっ。お任せください。必ずやお嬢様の期待に応えてみせましょう!」
…………ばか! 会話なんて成立してないじゃないか!
聞こえたフリしやがってからに!
「小僧、冥土の支度は済んだか?」
「ご老人。できることなら戦いたくはないのだが。引き下がってはくれないか?」
「戯け! 青二才の若造めがァ! あの世で悔いるがいい! 覚悟、キィヤアアア!」
ちょっ、だめ!
「すまない。どうか、やすらかに──」
「ぐはぁあああっ…………おじょ……ぅ……さ……ま」
……ばか! 死んだら終わりやねんぞ……死に急ぎやがって……。
いや……。馬鹿は俺だ。主として逃してあげるべきだった。
すまない、セバス。俺もすぐそっちに行くからな。
さて。次は俺の番だな。……うん。俺の番。…………待ちに待った俺のバーン!
レオンせーんせぇ♡ はーやーくぅ♡ 背後からフゥーッてしてぇ♡
幸せ絶頂のきゅん死には目前。の、はずだった──。
「あらあらダメよ? いけない子ねぇ?」
突如として髪の毛をおもくそ引っ張られて、あわや枕から顔が離れる大惨事に直面!
「ジャスミン先生! 勝手な真似はやめるんだ! 彼女に戦闘の意思はない!」
お色気担当のボイン保険医が俺にいったいなんの用だよ?
こちとら一秒でも早く耳フゥーしてもらいたくてウズウズしてるってのによ!
邪魔しないでくれるかな?
「わたしもそのつもりだったけどぉ、枕に顔を埋めて現実逃避しているのよ? このまま罪を
え……?
「言い分はわかるが……ここは引き下がってはくれないか? 道を踏み外してしたとはいえ、請け負った生徒に変わりはない。最後のときを安らかに迎えさせてあげることが、俺の責務だと思っている」
「無理ねえ。教育方針を曲げることだけはできないわ。お詫びは後日、ベッドの上でたんまりしてあげるから、許してちょうだい?」
「……くっ。わかった!」
ちょっ、レオン先生? 嘘でしょ? わかっちゃったの?
責務だのなんだの言っておきながら、ボイン保険医との夜を提示されたら承諾しちゃうの?
俺の耳を二回も弄んでおきながら、それはさすがに酷くない?
ていうか、三回目はオアズケなの?
そりゃあないでしょう?! 二回も弄ばれたら当然、三回目もあるって思っちゃうよ?!
まぁ死に戻りしているだけだから、この世界のレオン先生からしたら初耳フゥーかもしれないけどさ……そんなの、俺からしたら関係ないんだよ!
もう癖になっちゃってんの!
我慢なんてできないの!!
「ほぉら、顔をあげなさいよ?」
痛っ……。この女、容赦なく髪を引っ張って来やがる……。
本当に三回目はないのか?
それどころか、最悪の事態になってやしないか?
いや、まだだ。主人公さまは心優しい男。心情に訴え掛ければ、耳を弄んでくれるはず。
「もごもごもご (うぅ……痛いよぉ。痛いよぉ……レオン先生……助けて…………死にたくない……死にたくないよぉ……)」
「いいから顔をあげなさい! いつまで枕に埋まっているつもり? 苛つかせるわね!」
あっだめ。枕から顔が離れちゃ──。
「…………嘘でしょ? なんなの、この子?! なによ、この髪型?」
……最悪だ。スッピン金太郎を見られた。もうきゅん死にモードには入れない。
ここから先、訪れる死は苦痛にまみれた、痛いだけのもの──。
って、思ったんだけど……?
「んもぉ♡ かーわーいーいぃぃぃ! なによこの髪型ぁ♡ ちょおださぁーーい!! あぁーん。なになにこの子ぉぉぉ!」
力強く引っ張られていた髪の毛は瞬時に離され、気付いたときには目の前には枕ではなく、おっきなお山が二つ! 枕じゃなくて、おっぱいに顔を埋めちゃってました!
ぎゅーって抱きしめられて、顔で頭をスリスリされちゃってマス!
えっと、あの。これは現実ですか?
それにしても──。さっきから髪の毛が鼻にあたる。これは、ゆるカールってやつかな。目の前お山どーんで、よく見えない。
けどすっぴん金太郎の俺と違って洒落てるのはわかる。
めっちゃいい匂いするしな!
トリートメントはなに使ってるんだろう? 俺?
あぁなんだろう、これ。
今なら……俺のまま幸せに死ねる気がする。
野郎に耳を弄ばれなくても、俺が俺のままで俺であり俺として幸せに死ねる気がする。
……やばい。死にたい! 今すぐ死にたい! この幸せ絶頂の中で死に果てたい!
はやくっ! はやく殺して! 今なら、今なら俺のままで! 男として死ねる!
野郎に耳を弄ばれることなく幸せに、きゅん死にできる!
ボイン保険医の温もりに包まれたのなら! 昇天確定!
「はぁはぁ。殺して下さい。お願いします……は、はやく……殺して……くだ……さ……い」
谷間に埋まり過ぎて、呼吸困難になる中、精一杯お願いした。
「だーめ! セツナちゃんわぁ、これからお姉さんのお家で暮らすの! 一緒に温かい食事をして、温かいお風呂にも入って、ふかふかベッドで毎日一緒に眠るの! わかったぁ? これは確定事項で命令だぞ〜?♡」
な、な、な、なんだってー?
「もぉ~♡ 返事してくれないとお姉さん怒っちゃうぞぉ〜?♡」
ハッ!
俺は谷間に埋まりながら全力で首を縦に振った。『うんうんうん』と三回!
「ひゃ〜ん♡ もぉ♡ いいこ♡ お家帰ったらブサ可愛な髪の毛も整えてあげるからねぇ! 毛先が変に揃っちゃってるから
俺はまたしても全力で首を縦に振った。うんうんうんと三回!
まさかの! 生存ルート! キタコレ!
しかも幸せ1000%のハッピーエンド‼︎
「わんわんわん!」
「やだぁ♡ ワンちゃんみたぁぁい! かわぃぃぃい!」
ジャスミン先生! もっと撫でて! わんわん!
「わんわんわん!」
俺はペットになろうと思う。セカンドライフはゆるカールお姉さんの家でペット生活。
わんわんおー!
っていうかこれ、もう既に『ワンワンモード』に移行しちまってるしな!
親密度を極度に高めるとで稀に出現する『ペット化現象』が起こっちまっている。
こうなったらもう、言葉は話せない。すべての言葉は「ワンワン語」に変換されてしまう。
もちろんワンワン語での意志の疎通は不可能。
まっ。言葉なんてもう、いらないさ!
ジャスミン先生に飼われるのなら、必要ないさ!
ボイン保険医のボインに包まれたのなら、なんだっていいさ!
+
「まさかジャスミン先生のお持ち帰り癖が発動してしまうなんて……。だから連れて来るのには反対だったんだ……くっ」
「こうなってしまった以上、とやかく言っても仕方がありません。わたしが対処しますので、大丈夫ですよ」
「カシス、本当にいいのか? この状況下で安らかなる死を与えるのであれば、お前が適任ではあるが……。ジャスミン先生に恨まれることになるぞ?」
「レオン先生の力になれるのなら、些細なことですよ」
なんか耳が冴えるな。さすがはわんわんモードってところかな。
聴力は四倍。
嗅覚は最大で百万倍とも言われているからな。
案外とわんわんモードってやつはチートじみているんだよな。
「……すまない。ありがとう……。ではカシス、よろしく頼む」
「御礼には及びません。その代わり、上手くいった暁には……頭を撫でてもらえると…………嬉しいかもです」
この声は、カシス・オ・レンジちゃんだな。
黒髪ショートカットに似つかわしくないオレンジの瞳。中等部二年にして最年少攻略キャラクターにして、おっきなお友達から絶大な支持を集めたちびっこ黒魔道士。
そんな彼女の得意技は──。一撃必殺。《死の宣告》!
まさかな。そんな、まさかね?
なにやら任されていたけど、違うよね?
ペットルートを開拓してチワワ的なハッピーエンド確定だよね?
そうだよね?!
+
「闇よりいざ参らん。
時を待たずして、いざ参らん。
深淵の闇より、いざ参らん──いざ、参らん──参らん参らん、いざいざいざイザナミより、いざ参らん!」
あ、あれぇ……。カシスちゃんってば極大魔法の詠唱始めちゃったんだけど……。
これってば確か……十六節からなる極大魔法の序節だったよね?
「もぉ♡ ほぉーんとに可愛い♡ セツナちゃんぎゅー♡ ぎゅうぎゅうー♡」
「ワンワン!!」
いや大丈夫。助かる。
お色気担当のボイン保険医とはいえジャスミン先生は教師だ。その強さは主人公にも引けを取らない。
確か、名家の出で『精霊古代魔法』が使えるんだよな!
水の精霊と契約していて『絶対零度』の氷結使い──。
大丈夫。ジャスミン先生は強い!
しかし、不意を突かれての『死の宣告』は決まってしまう確率が高い。
妨害するなら詠唱中の今!
「わんわん! わん‼︎」
「もーぅ! 可愛すぎーーッ‼︎」
「くぅん。わん‼︎ わんわん‼︎ ガルルルルル!」
orz……。今の俺ってばワンワンモード。
言葉はもう、喋れないんだった……。
「わんわん‼︎ わおーん‼︎」
「はいはいよしよし。いいこでちゅよぉぉ!」
だったらカシスちゃんを指差すんだ!
言葉を話せなくとも対話を用いる術はいくらでもある!
モードこそワンワンだが、俺は人間だ!
「ワンワン!!」
「ん~なぁに? わたしだけを見て?♡」
「ワンワン!!」
そんなの当たり前だワン!
俺の心はジャスミン先生、あなただけのものだワン!
+
「参らん参らん…………………いざ! 参ります!!」
あ、いつの間にか詠唱終わってらぁ……。
ナイフとフォークまで取り出してらぁ!
「あなたの魂、いっただっきまぁーす!」
ジャンプしたかと思えば着地と同時に、グーの手で持つナイフとフォークの端を地面にドンッ!
まるでお子様ランチを待つ幼女が如く、お行儀悪くもテーブルをドンドンするかの如く──。地面を叩き続ける。
──ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
すると地面からゲートが開き、橙色の大きな時計が現れると、カチッカチッと時を刻み始めた。
嘘だろ? 『死の宣告』が発動しちゃったよ……。
谷間に顔を埋め、よしよしされる中、横目に眺めていた。ジャスミン先生は俺に夢中で『死の宣告』に気付く様子はない。
それ程までにぎゅっきゅされているのだ。
──ハイ。実にたまらんおっぱいでした! ごちそうさまでした!
とは、ならない。
人間の業とは恐ろしいものだな。
ついさっきまでは、男として死ねるのならそれでいいと思っていた。
死を懇願さえしていた。
それなのに、今は──。
お姉さんにお持ち帰りされたくてされたくて──。ペット生活が送りたくて送りたくて仕方がなくなってしまっている。
死にたくない。
ここで終わりたくない。
「ワンワンワンワン! ワォォオオオン!」
思えば──。これが初めてだった。
三度目のループにして俺は初めて、生を渇望している。
だからなのか、奇跡が起こる──。確定していたはずの『死』が、生へと変わる──。
「リザリザァァ・テーション!」
(バチバチッバチンッ‼︎ シュゥゥゥ。パンッ‼︎)
え? 時計が……消えた?! えっ?!
「やったやったぁ! やったぁぁ! カシスの極大魔法消せちゃったぁ‼︎」
すらっと伸びた綺麗な銀髪をなびかせながら、飛び跳ね喜ぶ超絶美少女!
「むぅ。ヒーメーナぁ! あなたって人は……。また最初から詠唱のし直しじゃないですか……」
「えへへ。カシスふぁーいと! がーんばれ! いぇい!」
いやはやまさかまさかの超展開!
第三王女にして王位継承権、序列、第八位。光を主る魔法使い。
ヒメナス・クラリネットちゃん!
ヴァルキリー風の鉄の鎧を纏っているためか、胸のサイスは非公表──。
そのためか、他のキャラよりも太ももにステータスが注がれている。
作中、挟まれたい太もも。不動のNo1!
おいおいまじかよ。俺を助けてくれたってことは、ひょっとしてもしかして……?
ボイン保険医に続き、ヒメナちゃんも俺に気がある感じ? 太ももで挟んでくれたりしちゃう感じ? まじで?!
そして──。
「あらぁ? あらあらあら? いったいどういうことかしらぁ? 今のって『死の宣告』よねぇ? もしかして、わたしのセツナちゃんに手を出そうとしたのかしらぁ?」
ようやくジャスミン先生が気づいてくれた!
「ワンワンワーン!」
応援するワン!
頑張るワン!
早く終わらせて、俺をお持ち帰りするんだワン! ヒメナちゃんと三人で!
今夜は三人仲良く添い寝をしようじゃないか! もちろん真ん中はオーレ!
「わんわんおー!」
ペット生存ルートへGOGOGO!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます