第4話 きゅん♡を高めよっ!
「……いやいや、おかしいだろうが」
魔導具と思しき物がベッド横の棚に置かれている。
ヘアアイロンと化粧落とし。
まぁ異世界だからな? 百歩譲って現代アイテムを魔導具って言っちゃうのはわからなくはない。
ヘアアイロンなんて、画期的だしな?
化粧落としなんて、文明の産物だよ?
でもこれさ、どう見ても中品品じゃん?
しかも『目立った傷や汚れなし』ならまだしも『傷や汚れあり』のド中古品だからな?
ヘアアイロンは塗装剥げが目立つし、化粧落としに至っては残量一割切ってるじゃねぇかよ?
どういうことなんだよ?!
なぁ、お前は神的ななにかだろ?
なんでこんなにも生活感溢れちゃってるド中古品を魔導具とか言って渡して来てんだよ?
古代文明が残したオーパーツ感でも出しているつもりか?
ぜんぜんそんな雰囲気でてないからな?!
曲がりなりにも魔導具を自称するのなら、箱付きの新品じゃなきゃだめでしょうが!
好意で、しかもタダで貰ったわけだからな。とやかく言いたくはないんだけどさ…………。
釈然としないんだよ?
この気持ちわかる?!
…………まぁ、他に打つ手もないし使わせてもらうけどな。
幸いにもヘアアイロンはコードレスタイプで充電済みみたいだし、すぐ使えるように気は使ってくれているみたいだしな。
化粧落としもコットンのおまけ付きだし。……助かるよ。ありがとうな……。
いや、本当に釈然としねえな?!
なんだよこれ。どうなってんだよ?!
+
とはいえ時間はないので、さっそく。
しつこい油汚れもびっくりな厚化粧を落としてみたところ──。
「────ッ?!」
まさかの童顔キタコレ!
あひる口で綺麗な二重まぶた。若干のメスガキ匂を漂わせながらも『わがまま』と書いてありそうな生意気な顔立ち。
「はぁ? どこみてンだよ、おっさん?」
試しに、鏡越しに映る自分にメスガキっぽいセリフを吐かせてみる。
「嘘でしょ? おじさんって三十路にもなって童貞なの? 大人のクセにダサすぎ♡」
……苛つくなこいつ。わからせ願望とか特に持ち合わせているつもりはなかったけど、片鱗を垣間見ている気がする。
「きもーい。こっちみんなカス♡ ていうか見過ぎだし♡ まじキモ」
腹立つな。わからせてやりたくなってくるぞ?
「パンツ見んなし。殺すぞ?♡」
でも、な。自分で自分を鏡越しにわからせちまったらカオスにしかならんからな……。
それになにより、俺が目指すべきはロリでもメスガキでもない。
淑女。ひいては清楚系美少女だ!
ここを履き違えては向かう先すべてに『死』が待ち構えるのみ。
化粧は落とした。次はヘアアイロンで縦巻きロールにサヨナラにを告げるぞ!
+
ってことで──。
「セバス〜! セバスは何処に居るかしらのですわよ〜?」
なんのことなしに呼んでみると──。何処からともなく現れ、ふかふかベッドの前に跪いた。
「お嬢様。馳せ参じました」
うんうん。呼べばすぐに来るって優秀だよな。
やはり真なる執事は違うよな!
お前になら任せられる。セバス・チャン!
「これは魔導具『アイローン』よ。髪を挟んで使うの。おわかり?」
「は、はぁ?」
「よろしい。では、わたくしの髪を挟んで真っ直ぐにしなさい!」
「……お、仰せのままに」
「熱いから気をつけるのですわよ? それから────」
セバスにプレートは熱い事など、諸注意を説明しヘアアイロンを手渡した。
自慢じゃないが、俺は不器用だ。髪の毛を焦がしたりしたら一大事だし、なによりも時間がない。
こういうのは人にやってもらったほうがいいと相場は決まっているからな。
なにより真なる執事だからな!
信頼が厚いのよ!
って、思ったんだけど……。
「あ、あぢぃぃーーうぉぉぉぉぉ」
いや、そういうお約束はいらないんだが。
「お馬鹿! プレートは熱いから気をつけなさいと言ったばかりでしょ!」
「も、申し訳ございませぇぇぇん! お嬢様ぁぁああ。あ、あぢぃぃー。うぉぉお指がァァァああ! ゆ、ゆ、指がぁぁあああ」
三度目にしてドジっ子メイド属性の化けの皮が剥がれちまったってか?
……いや落ち着け。人には向き不向きがある。
たまたま今回は、セバスの苦手な内容だったってだけの可能性も十分にある。……そうに違いない。なんてったって真なる執事だもんな。
「もういいですわ。あとは自分でやりますわ! あなた今すぐ手を冷やして来なさいですわ!」
「うぅっ……感謝の極み。ご慈悲に、最上級の感謝を……」
+
ってことで、自分でヘアアイロンを使って挟んでみるも──。
──くるくるクルりんっ!
剛毛ッ! 縦巻きロールが極まっている!!
「うん。見事なまでの縦巻ロール。感服です」
こんなにも幼くて可愛い顔立ちなのに、不釣り合いな縦巻ロールが邪魔をする。スッピンになったせいで、余計に際立つ。
まるでヘルメットを被っているような異物感。
「…………これじゃあ縦巻きロールにさよならを告げられない……」
……また、死ぬのか。
また俺は主人公に耳を弄ばれて殺されるのか?!
「嫌だ! もううんざりなんだよ!」
だったらいっそ、切っちまえ!
縦巻ロールを刈り取っちまえ!
ローリングしてるところだけを切り落せばボブより少し長めのショートカットヘアになるだろ!?
さすれば清楚系ショトカガールになれる(はず)!
そうと決まれば即、行動!
余計な事を考えてる時間は無い!
チョキ。チョキ! チョキチョキ‼︎
チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ!
楽しい!! なにこれハサミが超進む!! 切るの楽しいっ!! あははっ!! これクセになるやつだ!!
床の上に、無残に散らばる金髪の縦巻ロールたち。
今までありがとうロールちゃん。セツナは生まれ変わるのですよ!
清楚系ショトカガールになるのです!!
レオンせんせぇを虜にするのですっ!!
──チョキ。チョキ! チョキチョキ‼︎
+
そして──。
「やっちった……」
鏡の前に映る姿は『五月人形』……いや、『金太郎』だった。
「う、うそだろ?! うそだと言ってくれ……? なぁ?!」
されども鏡に映るのは真実のみ。
金髪の金太郎ヘアーをしたスッピンのダサい女が映るのみ──。
「うわぁぁぁぁん」
俺はふかふかベッドに移動して四つん這いになり布団に顔を埋めて泣き崩れた。
──バンバンッ、バンッッ!
手をグーにして布団を叩いてみる。
セツナ可愛い。セツナは可愛いんだもん! そんな気分でベッドの上から鏡を覗いた。──絶望。鏡に映るは金太郎。
確かにさっきまであった夢、希望。清楚系ショトカガールへの道。
俺はすべてを台無しにした。
切った髪は元には戻らない。
悲壮感に浸りながら──。ふかふかベッドの上で終わりの時を待つしかなかった。
+
──トントンッ。
「お嬢様、よろしいでしょうか? 至急お伝えしたい事が(フゥーフゥー)」
「……入っていいわよ」
セバスは俺の気も知らずに呑気に火傷した指をフゥーフゥーしながら入ってきた。
「お、お嬢様?! その髪型はどうされたのですか?! (フゥーフゥー)」
「おだまり‼︎」
フゥーフゥー音と共に静かな時間が流れる。おだまりと言ってしまったからか、セバスは主人公様一行が乗り込んで来たことを言う気配がない。
ここまで状況が揃うと評価を改めなければならない。
真なる執事ではなく、おそらくは──。ドジっ子メイド。
「…………はぁ」
しかし今はそれどころではなかった。
ダサすぎる金太郎ヘアーのせいで、きゅん死にできる気がまったくと言っていいほどに、しなくなってしまったんだ。人前に出るのが凄まじく恥ずかしくなってしまったんだよ……。
曲がりなりにも髪を切る前までの俺はブサイクなりに『個』として完成されていた。
完成型ブサイク。とでも言うべきであろうか。
男を魅了する可愛さこそなかったが、なにを恥ずかしがることもなく、人前に出れるだけの謎の自信があった。
それが今はどうだ?
スッピン。金太郎。
……嫌だ。恥ずかしい。こんな姿でレオンハート先生に会いたくない。
見せたくない。見せられない。見られたくない。
やだ。だめ…………。
乙女として、惚れた男に見窄らしい姿を晒すのは、なににも変えがたい辱め──。
男としての俺ではなく、女としての『セツナ』としての負の感情が流れ込んできて止まらない。
こんな気持ちのままでは、幸せ絶頂なきゅん死には迎えられない。
このまま死んだら絶対に超痛い……。
だから俺はきゅん♡を高めることにした。
「きゅんっ♡きゅんっ♡ レオン様きゅんっ♡ きゅんっ♡きゅんっ♡ レオンしぇんせーきゅんっ♡」
「お、お嬢様……? きゅん♡とはいったい?」
「きゅん♡きゅんっ♡ レオンしぇんせーきゅきゅん♡」
「お、お、お嬢様っ?! きゅんとは? きゅんとはなんなのですか?!」
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