第5話 カラオケ後の分かれ道
「ごめん、オレそんなつもりじゃなかったんだ」
「あーあ、トキちゃん、泣かせちゃった」
「やだやだ、こうゆうことする男」
ハンカチで目を押さえて顔を上げないマキ、みんなから責められるオレ。
やってしまった。オレは浅はかだった。まさかこんなことになるなんて。
今更誕生日おめでとうとは言えなくて、そんで、ちょうどオレが歌う番だったし、章也の作った空気も壊さなくちゃいけなかったし、元々入れてた曲をキャンセルしてケツメイシの『ハッピーバースデー』を歌った。ヒップホップなバースデーソング。
歌ってる時にマキと目が合って、メッセージに気付いてくれたみたいだったから、歌い終わりに「マキちゃん誕生日おめでとう」って言ったら、周りからも「マキちゃん今日誕生日なの? おめでとう!」って声が上がって、そんで、マキが突然泣き出してしまった。
狙ったんじゃない、本当は忘れててごめんと正直に打ち明けたけど、ちょうどその曲が最後で店を出ることになり、結局やんややんやで狙っていた扱いにされてしまった。本当は違うのに、プレゼントだって用意してないのに、良心が痛む。
誕生日の夕方、幼馴染で祝うのが恒例だと話すと、みんなが来たいと言い出した。マキに聞くと、「チカと深月がいいなら」と言うから、駅に向かう途中のメイン通りでチカに電話する。
「チカちゃん? 今日の誕生会さ、あと4人来てもいい?」
「真紀がよければわたしもいいよ。ケーキちっちゃくなっちゃうけどいい? あと、今日の会場深月んちだから深月にも聞いてみる」
「え、深月そこにいんの? ちょっと代わって?」
チカのスマホが「うわー出たくねー」と言う深月の声を拾う。
「もしもし?」
「聞こえてるぞオイこら。オレのメール届いてるだろうな。シカトか!」
「お前に呪われて返信できなかった」
「人のせいにすんな」
と、怒るのはここまでだ。こいつにもちゃんと謝んなきゃな。
「すまん。オレが誘う時、言い方間違えたんだ。今ここに男2女4いる。このままそっち行っていいか?」
「多いな」
「頼むよ」
「わかった。座るとこそんなねーから、誰か床に座ることになるかもしんねーけど」
「ああ、それでいい。サンキューな」
「おう」
電話を切って、「来ていいって」と報告すると駅前で「イェーイ」と盛り上がる。マキはまた少し緊張した顔をしていたけれど、きっと大丈夫だろう。それより章也の顔色が優れない。もしかしてさっき自分がやってしまったことを顧みて自責の念に駆られているんだろうか。
己の黒歴史ってのは他人がどんなに上書きしても自分には深く刻まれて、そう簡単に消えないよな。
わかる。
休日で混雑した駅の改札を通ろうとした時、聞き覚えのある声に呼び止められた。だが、呼び止められたのはオレじゃなかった。
「章也?」
人混みの奥に見え隠れして姿はよく見えないが、声だけでわかる。
「章也、何してるの? こんなところで」
その湿っぽい声とダークグレーのおかっぱ頭は、
「衿」
「衿? やっぱりお前ら知り合いなのか?」
「ヒツジ。なんであんたが章也といんのよ」
「なんでって、オレらマブダチだから」
オレは章也の首に腕を掛けてウインクを飛ばす。
「マブしいのはあんたの服だけで十分よ。なにそのミドリのシャツとオレンジのベルト。蛍光ペンみたい。筆箱から出てきたの?」
「んなわけあるか」
何だか知らないがマキが、噴き出した笑いをむせたフリして処理してる。
「章也、ママが何度も連絡したけど繋がらないって発狂寸前だったわよ? あんた今日塾どうすんのよ。このまま改札抜ける気ならサボりになるけど?」
章也に連絡してきてたのってママだったのか。ママ?
「なあ、話してるとこ悪い。ママって?」
「私と章也の母親」
「は? 嘘だろ? だってお前ら全然似てな……」
……ハッ! よく見てみれば、口と鼻が似ているような。耳の形なんてそっくりだ。これはもしかすると……。
「しょーやん、ちょっと眼鏡外してみて」
「う、うん。いいけど……」
章也がフチなし眼鏡を外す。
そうかあ……。
A組の教室で初めて章也に会った時、どっかで見たことがあるような気がしたのは、
オレが二人にとってはどうでもよいことでショックを受けている合間にも、姉弟喧嘩はエスカレートしている。
「今日は行かない。母さんにもそう言っといて。僕これから友達と誕生会なんだ」
「ハッ、自分で言いなさいよ。学年3位だからって余裕かましてるとすぐ他の奴に抜かれるわよ?」
「衿に言われたくない。僕がたまに友達と遊ぶのがそんなに悪いってゆうのか? これ以上言うなら僕よりいい点取ってから言えよ」
章也の顔はみるみる赤くなり、感情が高ぶるとユデダコみたいになるところまで姉弟そっくりなんだなと思う。
オレ本当はこうゆうのに割って入んのすげーやなんだけど、みんな待ってるし、間違ってんの章也だしな。仕方ない。ここはオレがなんとかすっか。すまん、章也。
「しょーやん、そんくらいにしとけ。そのリュック、随分重たそうだけど、何入ってんだ?」
「……」
「塾の用意、持ってきてんだろ? 行って来いよ」
「常葉君……!」
オレは章也の肩にポンと手を乗せる。
「大丈夫だ。また誘うよ。明日放課後そっちのクラス行く。塾で教わったこと、オレにも教えて」
別にマジで教えてくれってんじゃないけど、こう言っとけば誕生会を諦めて塾に行く理由ができるだろ。
「……わかった」
憑き物が落ちたみたいに白くなって、章也は駅の反対口にトボトボと歩く。残ったみんなとオレはその寂しげな背中を見送る。
「ヒツジ」
とオレを呼び、
「邪魔して悪かったわね。今日、章也を誘ってくれてありがとう。あんたに借りができたわ」
と言って踵を返した。
そうだよ。
何度も言うようだけど、オレはこうゆうの苦手なんだかんな。
いつかこの借りは返せよ。
オレは
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