第4話 MAISON DE QUAD 403号室 リビングにて
Tシャツに着替えてメシを作る。千夏からメールが来て、今日は親父さんが家にいるから俺んちでもいいかと言って来る。かまわないと返信した直後に玄関のチャイムが鳴りドアを開けると、アルミフォイルを被せた丸いもんと紙袋を持って千夏がそこに立っていた。顔が張り切ってる。真紀の誕生日で元気いっぱいってか。
「おっはよう、深月!」
「ああ、おはよう……ってなんで? もう昼過ぎてるだろ」
「寝起きっぽい顔してるから。何時に起きたの?」
「さっき」
「だと思った。ねえ、その恰好寒くないの? なんか上に着なよ。パーカーとか持ってるじゃん、あのコケみたいな緑色の」
「窓から陽が差してたぞ。暖かいんじゃないのか、今日」
「晴れてるけど寒気が流れ込んで気温は上がりませんって天気予報で言ってたよ。わたしなんて1階からここまで来るのに春物コート着て来ちゃった」
確かにコートを羽織ってる。だけど脚はショートパンツで丸出しじゃねーか。人のこと言えんのか、こいつ。
「ああ、あとで着る。けど、あれはモスグリーンな。コケって言うな、だせー」
「モスもコケも同じ物を指してるのに言葉って不思議だよねー」
俺にとってはお前の方が不思議だ。
「とりあえず冷蔵庫貸してくんない?」
「ああ、中入れよ」
「おじゃましまーす」
「お邪魔しますっつったって、あと2週間くらい誰もいねえよ。母さん、先週から
「大変だよねー。インフルエンザだっけ? こんな季節に」
「雫月の奴、たかがインフルエンザでぶっ倒れやがって。軟弱すぎだろ。看病してくれるダチくらい現地で作っとけってんだ。アメリカまでの旅費いくらすっと思ってやがる」
「人のこと言えないよ、深月。このマンションにわたしたちがいなかったら深月だって孤独だったかもしれないよ?」
「……」
「それに、深月ママが家空けてるお陰で夜更かしし放題じゃん」
「それは、そうかもしれない」
母さんいると早く寝ろってうっせーかんな。
「うわ、冷蔵庫カラっぽ。何食べて生きてるの? 餓死とかやめてよ? 自分の住んでるマンションでブルーシートとか見たくない」
「そう簡単に死ぬかよ。メシならちゃんと作ったし」
「メシって、これ? ……なんで目玉焼きの中にウインナーゴロゴロ埋まってんの? 絵的にだいぶおかしいでしょ」
「ほっとけ。効率重視で同時に焼いたらそうなったんだ。味は変わんねーよ。そっちこそ、今日は何作ったんだ? その丸いの」
「レモンレアチーズケーキ」
「バースデーケーキに?」
「うん」
「レアチーズケーキってあの白い粘土みたいなやつだろ?」
「人の作ったものを粘土って言わない」
「粘土にロウソク挿すのか。楽しそうだな。俺にやらせろ」
「深月! やっぱり誕生日には変かな……」
ふくれてすぐしょげる。忙しい奴だ。
「いいんじゃね? 別に普通じゃなくても。真紀が好きなんだろ?」
「そう! 最近ふたりで行ったお店のレアチーズケーキが超おいしくてね、真紀も気に入ってたから、誕生日はこれにしようって決めてて!」
千夏のレアチーズケーキは冷蔵庫に収められ、俺はメシを食いながら、せっせとリビングの飾りつけをする千夏に今朝のことを相談する。常葉が怒ってる以上頼れるのはこいつしかいない。
「俺、ちゃんと代わってくれって言ってなかったんだ。さっき気付いたんだけど」
「それは不味いね。真紀ちゃん絶対うちらとの待ち合わせだと思って出かけたと思うよ?」
「だよなあ。常葉も怒ってたし。たぶん現地で修羅場ったんだろうな。俺、真紀に殺されるんじゃないか?」
「その前に常葉にボコられるんじゃないの?」
「それあるかも。やべー……」
「ちゃんと謝れば許してくれるよ。ふたりとも鬼じゃないんだから」
「それはどうかな……」
「深月、そうゆうの口に出すとわたしもかばってあげられないよ?」
「わかった。気を付ける」
俺はこれ以上味方を失うわけにいかない。
「そういや、常葉は誕プレ何買ったんだろうな。ちょっとあいつに聞いてくんね? 万一被ってたら不味い」
「いいけど、深月とは絶対被んないと思うよ? 常葉はそうゆうのセンスいいもん」
「どーゆー意味だ?」
「えーと、『今日真紀の誕生日だよね。プレゼント何買った?』 はい。送っといたよ」
「俺はちゃんと喜ばれるもん用意してるぞ」
「あ、もう常葉から返信来た」
聞いてねぇな、こいつ。
「さすが常葉だよねー……って。あちゃー」
『どーしよ。オレ、今日がマキの誕生日だって忘れてた。どうしたらいい?』
「なんだ、あいつの方がやべーじゃん。俺はちゃんとおめでとう言ったぞ」
「ちょっと深月、覗かないで」
「あ、わり」
誕生日の夕方はお互いに祝う。ガキの頃から続いてきたイベントだ。中学からは買ってきたケーキじゃなくて千夏が作るようになった。で、他のふたりがプレゼント係。誕生日忘れるとか、あいつらしくねーな。どう落とし前を付ける気だ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます