第3話 カラオケ 部屋番号S

 カフェには1時間ばかりいただろうか。マキの肩の力が抜けた頃、店を出た。オレがまとめて払い、あとで精算することになったのだが、これが後々自分の首を絞めることになるとは思わなかった。


 カフェを出た後はメイン通りのカラオケへ。ユミちゃんたちは通い慣れているらしく聴いていて不安がない。


 マキは今時の曲に疎いかと思えば普通に自分の番をこなしていく。なんで歌えるのか聞いたら、勉強に集中できない時は音楽を聴きながらだと無音よりマシなのだと言う。それで聞いてるうちに覚えたと。オレはへえと感心して章也の歌を聴く。


 章也は音程に不安はなかったが選曲にハラハラさせられた。『わたしの気持ちはあなたと相似』『恋の関数XY』『迷宮入りのフィボナッチ』まではよかった。『君の体は黄金比』で時々きわどい言葉にドキッとさせられ、『君とインテグラルex』に至っては、アップテンポな曲調で流れる数式と、インテグラルが記号 ∫ で表された時のインパクトにやられて、オレは悪いと思いながらも「ちょっと飲み物取ってくる」と言って、固まる女の子たちを残して席を外した。


 ああいう曲は女の子の前で歌っちゃいかんと教えるのは友達としてオレの役目なのだろうか、とグラスにジンジャーエールを注ぎながら思う。なんかオレの周り、世話のかかるやつ増えてないか?


 そういや、深月からなんの連絡もない。もう昼過ぎだ。さすがに起きてるだろうに、ガンムシかよオイ。


 スマホにメッセージ2件。深月じゃなくてチカからだ。1件目を見て青ざめる。


▷ 今日真紀の誕生日だね。プレゼント何にした?


 忘れてた。完っ全に忘れてた。やばい。オレが忘れてるって気づいてるよな、マキ。


▷ って、深月が聞いてるよ♪


 ピキっときたが今はそんな場合じゃない。何も用意してねーし誕生日おめでとうすら言ってねえ。どーするオレ⁉︎


「ツツジ君」

「ひぇぇっ!」

 後ろから不意に威厳のある声がして、オレは先生に咎められたみたいに飛び上がった。

「なによ。そんなに驚くことないでしょ?」

 振り向くとベリーショートのミクちゃんが空のグラスを手にして怪訝な顔。

「私もジュース入れたいんだけど」

「あ、あ、そうだよね。ごめん」

 オレはドリンクバーの前をどいてそばの壁によりかかり、チカに返信する。ジンジャーエールで舌が痺れるが、それはオレの指が震えているのとは関係がない。

「あのさ、ちょっと話があるんだけど」

 レモネードの入ったグラスを手にしてミクちゃんが険しい顔。

「え、今?」

 嫌な予感しかしない。オレは本能的に自衛する。

「ここでよければ……」

 人目につかないところに移動するのは危険だ。

「いいけど。あのさ」


 ミクちゃんに語られたキヨちゃんの話は短かったが、オレの苦手なシリアス案件だった。要点だけ言えば、ミクちゃんはオレみたいな軽い男に友達が傷つけられる姿はもう見たくない、ということだそうだ。キヨちゃんで遊ぶな、軽はずみな行為は控えろと念を押され、最後にミクちゃんのことは荒木さんと呼ぶことで合意した。


 踵を返して部屋に戻っていく荒木さん。


 なーんかオレ、ちょっと誤解されてるよな。オレは決して遊び人ってわけじゃないんだが。でも今回はそう思われるようなことをした覚えがあるから何を言っても説得力に欠けてしまうか。ちょっと反省。


 部屋に戻ると女の子たちの顔が死んでいた。章也は最後のクライマックスを歌い切ると、「次、常葉君だよ!」とスッキリしたような笑顔でマイクをオレに差し出す。


「お、おぅ……」


 この場の空気は氷点下で、受け取ったマイクだけが生温かい。


 どうしよう。


 オレは未だかつて、これ以上に歌いたくないと思ったことは、ない。

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