第3話 ある数合わせの真意


「常葉?」


 凛と鈴の音が響いたかのように、みんな一斉にその声のする方へ視線を注いだ。


「マキちゃん」


 さっきユミちゃんが華を咲かせて降りてきた階段を、マキがまったく別の空気を纏って降りて来る。ロングスカートのワンピース一枚、長いストレートの黒髪が靡く。マキの周りだけ気温が1℃低い気がする。こちらに向かって靴音を鳴らすマキに、オレは1℃高いテンションで声を張る。


「どうしたの? こんなところで、奇遇だねぇ」


 ここはオレらのマンションの最寄駅から3つ離れた歓楽街。マキが一人でぶらぶらするのは珍しい。いつもならチカと一緒か、オレと深月を合わせて4人か。


 マキはポプラが作る木陰の外で立ち止まる。木陰にいるのはオレ以外面識のない五人の輪だ。なかなか入りにくいものがあるだろう。マキは遠慮がちに顔を逸らしながらも自らの立ち場を主張する。


「奇遇じゃないわよ。深月に呼ばれてきたの」


「深月に?」

「今日3人ここに来るからお前も来いって、それだけ。夜明け前にメールで」

「3人?」

「私はてっきり、常葉とチカと深月のことだと思ったんだけど」

「それなら普通に4人で集まるって言うだろ」

「じゃあ3人って誰のこと?」


 1、2、3、4、……5。

 オレは章也から順番にぐるりと人数を数えて最後に自分を指差す。

 今日は深月を入れて6人のはず。どう考えても数が合わない。


「もう待ち合わせの時間だね」


 眼鏡の女の子が言ったのか、ベリーショートの子が言ったのかわからない。

 オレは今の状況を理解するのに必死だった。


 深月が来てないのはわかる。ISSの深夜通過、夜明け前のメール。どうせ起きられなくて今も家で寝こけてるに決まってる。わからないのは突然現れたマキだ。そして呼び出しのメール。


 3人来るからお前も来いだって? 実際は6人なのに。

 このあと深月が遅れて来て、マキも入れたら7人だ。

 メールに記した深月の真意は一体何だったんだ?

 そしてこの状況は……?


 いつもだったらここで深月が、ザ・ゲーム・イズ・オンとか言って勝手に謎解きゲームを始めるところだが、今日はそうはいかない。スマホという文明の利器を使って、深月が今ここにいない理由とマキがいる理由を本人の口から吐かせてやる。


「おい、深月」

 電話は一発で繋がった。アラームでも止めたつもりだったんだろう。

「んあ……常葉?」

「今お前、家だろ。しかも、まだ寝てるだろ」

「あ……? ああ。すげー……。お前いつの間にクレアボイアンスなんてゲットしたんだ……?」

 眠気で呂律が回っていない。しかもクレア・ボイヤンスって誰だ? ゲットするどころか会ったことすらねえ。

「クレアのことは今はどうでもいい」

 寝起きのいもむしに鞭を打つようだが状況を考えれば致し方ない。オレは勢い任せに語気を強める。

「深月、どういうことか説明しろ」

「説明って……? ああ、えーと……、通過したのは午前3時……」

「ISSじゃねーよ。マキがいるのにお前はいない。これはどうゆうことかって聞いてんの!」

「真紀……? 真紀はオレの代理……」

「代理って、お前今日ブッチするつもりか?」

「ブッチじゃない」

 そこだけやたら反応が速い。その後はあくびしながら意味不明なことを宣う。

「ちゃんと事前にメー……したし。これで人数も合うだろ? 男2女2」

「あ? 男2 女2ってなんのことだ?」

「とぼけんなって」 

「お前が寝ぼけてんだろ」

「しょーがなくね? 俺6時に寝たばっかなんだ。もうちっと寝かしてぇ……」

「知らねーよ、そんなんお前の都合だろ? ああもう、んじゃ、男2 女2ってなんのことか教えろ」

「んー……? だってお前、言ってたじゃねーか。今日は、初瀬とお前と俺と、菅谷で遊びに行くって。思ったんだけど、男3 女1じゃちょっと色々マズいだろ……?」


 それを聞いてハッとする。顔が青ざめるのが自分でわかる。


 深月を誘った時、確かにオレは言いました。


「しょーやんとオレとユミちゃんで遊びにいこーぜ」と。


 オレはこともあろうことか、ユミちゃん=ユミちゃん+友達2名のテイで伝えてしまったのだ。


 うわやっべ、マジか。

 事の元凶、オレじゃん!


 つまり深月の呼び出しメールの「3人来るからお前も来い」というのは、初瀬、オレ、ユミちゃんの3人が来る。俺の代わりにマキが行ってくれ、という意味だったのだ。それで、しょーやんとオレ、ユミちゃんとマキの男2女2で遊んでこいと。


 恐らくというか十中八九、寝る直前に今日来るの無理そうだから思い立ったんだろうが、一応筋は通ってしまっている。


 このとき残る問題はマキで、顔も知らない奴と急に一緒に遊ぶなんて、マキのことだ、頼んでも嫌と言われる可能性が高い。だから噓にならないギリギリを責めてあんな妙な言い方をしたのだろう。


「俺の代わりにマキが行けば数合うなーと思って……」

「だから、えっと、それは……だな」 


 ちくしょう、オレのバカ! なんであん時ユミちゃんの友達も二人来るってちゃんと言わなかったんだ⁉


「目ぇ覚めたらまだ全然睡眠たんねーし、よかった、事前に代わっといて……」

「なにが事前に代わった、だ。マキは全然了解してねーぞ! あとでどうなっても知らねーからな!」

「……」

「もしもし? 深月? もしもーし! おーい……」


 受話器を耳から外したオレに、五人とマキの視線が注がれる。


 嫌な汗が頬を伝う。


 マジかよ。


「あいつ、寝やがった……」


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