第三章 ある日曜日の数合わせ 前編
第1話 駅前のロータリーにて
昨日の土曜日ユミちゃんとSNSでやり取りして、遊びに行くのは今日ということになった。突然だったのに章也は都合をつけてくれた。ユミちゃんが「神木君も来られるかな」と聞くから、その場で深月に電話した。あいつが電話を取った瞬間に「しょーやんとオレとユミちゃんで遊びにいこーぜ」と誘ったら、「わかった」とだけ言って速攻切りやがった。仕方ないから時間と場所は追ってメールした。
あいつはただでさえ出不精だからな。ちっとは外の空気を吸わないともやしになる。問題は今日ちゃんと来られるかということだ。やっぱり電車賃ケチらないであいつを連れて電車で来ればよかったか?
駅前のロータリーには10時20分に着いた。チャリを駐輪場に止めても待ち合わせ時間の10分前。服を選ぶのに時間がかかったけど、結果的に間に合ってよかった。
ジャケットの下はマスカットグリーンのシャツ、グレーのボトムスに、オレンジのベルト。足元はミドルカットの黒いスニーカー、足首で軽く折り返して赤い裏地を見せる。家出る時、姉ちゃんには「うわぁー派手ー」と言われたけど、「目印になっていいだろ?」と言ってそのまま出てきた。
オレが一番乗りだと思ったのに、着いてみれば二番手だった。植木のポプラをドーナッツ状に囲むベンチに、見覚えのある少年。でかいリュックのその横で、背中に三角定規を当てたように背筋をピッと伸ばして着席している。
1年A組 初瀬章也。深月の後ろの席に座ってる数学好きの同級生。人慣れしていないせいでオドオドしてるけどいい奴だ。先週の金曜、深月に無茶振りされて窮地に追い込まれたオレを助けてくれた。
「よ。早いな」
章也は膝の上で眼鏡を拭いていたせいで、声をかけられるまでオレに気付かなかったらしい。
「わっ!」
と叫んで、痺れたみたいに飛び上がり、こっちも驚いて引き下がる。章也は見開いた目に眼鏡を掛けてやっとオレだとわかると、その顔から驚きが消えてほっとした表情に変わる。
髪はナチュラルで何もいじっていない優等生。美容室じゃなくて床屋に行って「そのまま短くしてください」って言えばこんな髪型になるのかな。
「どうした? そんなに驚いて」
「えっと、本当に来たからびっくりして」
「本当に出た、みたいに言うな。オレはお化けか」
「ごめん。誰も来ないと思ってたから」
オレはそれを聞いて座りそこねた。章也の前に立ったまま聞く。
「なんで? 誘ったのオレなのに」
「そうなんだけど……」
章也の薄茶色の目の中に何か言いたいことがこみ上げてきているようだった。でも結局それを言わなかったし、オレも敢えて聞かなかった。
顔とか見れば、過去になんかやられたのかなってことくらい察しはつく。けど、オレは軽いから、シリアスな話は重たくて持てない。持ちきれないとわかっているものをいたずらに持ってみようなんてことはしない。それがオレの流儀でもあり、言い訳でもある。話を聞いてやれなくて悪いとは思ってるけど。
ロータリーの中央に立つ時計台に目をやると、丁度長い針がカタンと1つメモリを刻んだところだった。
「いつからここにいるんだ?」
オレは明るめに聞いて少し間を開けて座ると、章也は恥ずかしそうに口どもる。言えないくらい前からいたのか。
「しょーやん、楽しみにしすぎ」
オレは小さく噴き出し、章也は眉尻を下げて微笑む。
「まあ、オレも楽しみにしてたんだけどね」
今日はいい天気だし、そんなに暑くもない。ここに来るまでのチャリでも時々涼しい風が吹いていた。今はポプラの葉がベンチに木陰を作って、待つには悪くない気候だ。
他のみんなを待つ間、てっきり話をリードするのはオレかと思っていたら、先に話を振ったのは章也だった。
「常葉君、カラフルだね」
「いいだろ。オレっぽくて」
と言い、マスカットグリーンのシャツを引っ張って見せる。
「うん。眩しい。南米にそうゆう色の蛙、いそうだね」
「それ、絶対毒持ってるやつだろ。オレの毒牙に掛かって死にやがれっ」
オレはヘッドロックをかけて毒づいたつもりなのに、章也はオレの腕に挟まれてほんのり赤くなっている。
「な、なんで照れてんだよ……」
「僕、友達にそうゆうこと冗談で言われたことなくて」
「あ、わり。傷ついた?」
章也を解放して聞くと、締められていた首をさすりながら続ける。
「そうゆうのって気心知れた相手じゃないと言えないでしょ? だから……嬉しかったってゆうか」
「やめろ。こっちまで恥ずかしい」
このまましゃべらせておいたらオレまで赤くなりそうだ。大体、気心が知れてるって、そんな長い付き合いでもないだろう。友達になってまだ三日しか経ってない。
「にしても、しょーやん。ちょっと地味じゃないか?」
章也は水色のボタンシャツ、下はベージュのチノパン、靴は年季の入った白の運動靴。
「僕はこうゆうのしか持ってないから」
「ふうん。今度オレに服選ばせろ」
「それは……っ」
眼鏡少年は慌てて両手を挙げて『困る』のサインを出す。
「嫌か?」
「嫌……じゃないけど、その……、僕も南米の蛙みたいになるのかなって」
「どーすっかなァ」
オレは小柄な少年を広角して眺めて、
「しょーやんはどっちかっつーとカワイイ系じゃないのか?」
「カワイイ系?」
ゾッとしたような顔。
「やっぱ遠慮しておくよ。なんかこわい」
絶対何か違うものを想像しているんだろうな。
「なあ、しょーやんはカタツムリが好きなのか?」
シャツのポケットの上に這うワンポイントのカタツムリに気付いて言う。
「連絡先のアイコンもカタツムリだよな」
「うん。中身にはそんなに興味ないんだけど、あの渦巻が好きなんだ」
「へえ」 中身?
「同じ理由で向日葵の種も好き」
「はあ……」
どんな理由だ。
カタツムリって向日葵の種、食うんだっけか。
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