第二章 ある放課後の証明

第1話 放課後の1年A組 入口にて


 学区一の進学校、明菱高校。1年A組は放課後も勉強して帰る生徒が多く、教室にはまだ十人くらい残っていた。オレが開けたドアのそば、廊下側後ろの席には化学の問題を出し合っているグループがいて、一人がオレに気付いてこちらに向かって来る。


 緩めのカールを耳下でふたつに結ってマスカラまつ毛に大きな瞳がうさぎを思わせる。かわいくて明るくて気配りもできるクラス委員の華、ユミちゃん。よく気のつく子で、オレがこのクラスに初めて顔を出した時も一番最初に話しかけてくれた。


 彼女はオレのすぐ側まで来て立ち止まり、両手をスカートの後ろで組んでオレの顔を覗き込む。


「トキちゃん、今日も神木かみき君のお迎え?」


 彼女のパーソナルスペースは狭い。オレも狭い方だけど、胸がオレのシャツに当たりそうなのは流石に落ち着かない。ドキドキしながらその場を動かないという選択肢もあるだろう。でもオレは違う。健全な距離を取るために一歩後退し、それが不自然に見えないようにするために肩に担いでいた鞄を下ろして、中から数学のノートを取り出す。

 

「お迎えっつーか、授業でわかんないとこあって、深月みづきに聞いてから帰ろうと思ったんだけど。あいつは?」


 窓際の列の後ろから2番目。深月の席は空っぽで、その奥でただカーテンが揺れている。


「5分くらい前に教室出て行ったよ。ニアミスだったね」

「そっか」


 あの日、深月と同じものが見えるようになりたいと思ってから2ヶ月、オレはオレなりにできることを始めた。まずは地頭を鍛える。深月がやっとけって言う問題集はやるし、授業でわからないことがあったら聞いてから帰る。今日もそのつもりだった。


 放課後行くってメールしたのに、オレが来るとわかっていて、どこをほっつき歩いているんだか。


「鞄、机に掛かってるみたいだから、待ってればそのうち戻って来るんじゃない?」

「そうだね。じゃあ待ってようかな」

「うん」

 オレが深月の席へ行こうとするとユミちゃんが、あのさと言う。

「今度、うちらとどっか遊びに行かない?」


 うちらというのはユミちゃんと、席で待っている友達二人のことを指しているらしい。眼鏡の子と目が合うと、その子は今オレと目が合った、とベリーショートの友達に囁きその子の手を取って喜ぶ。


 かわいい子に好かれちゃったな、とオレは首筋に手を当てて「いいけど」と、はにかんで答える。


「やった! 楽しみ! トキちゃんも誰か誘っといて」

「了解」


 ユミちゃんは席に戻ると友達二人と小さく両手をタッチして成功を祝している。オレがいいよと言ったことでハッピーが生まれた。なんだか1ついいことをしたような気がする。


 はにかみ顔が元に戻る頃、教室が少しザワザワしているような気がした。囁き声から察するに、クラスのアイドルが男と遊びに行くのが問題のようだ。


 オレがいいよと言ったことで、どうやら敵も作ってしまったらしい。

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