第4話 あなたは蛇

 1年A組はオレのクラスのある南校舎から通路を一本渡って反対側の北校舎にある。明菱高校の教室配置とクラス分けにはちょっとした特徴として、成績上位半分が北校舎のABC組に、その他が南校舎のDEF組に振り分けられる。そのせいでオレたち四人は深月みづきとマキ、オレとチカの2-2にーにーで南北に分かれてしまった。


     <明菱高校見取図>

        

北 1年 CBA   ABC 2年

        | |

    中央棟 昇降口 中央棟       

        | | 

南 1年 FED   DEF 2年


 このシンプルかつ明解な教室配置とクラス分けシステムに阻まれて、オレたちは休み時間、中学の頃みたいに気軽に会うことができない。


「どうして校舎を学年で分けないんだろうな。どうせ1校舎に入るのが6クラスなら、北校舎を1年、南校舎を2年って分けたっていいじゃん?」

 入学したての頃、誰かが(オレだったかもしれない)ふとそんなことを言ってクラスがザワついた。


「レベルに合った教育を行うためって、校長先生がオリエンテーションで言ってたよ。聞いてなかったの?」

「はは、聞いてなかったわ」

 オレが発言したのは、この時はこれが最後だった。

 その後は複数の生徒が口々に意見を言ったので、厩戸皇子うまやどのおうじでないオレは、誰がどの発言をしたかまでは覚えていないが――


「でも、なんか胡散臭いっていうか、名目だけのような気がするなあ」

「北と南で競わせようって魂胆なんじゃない? お互いライバル心を抱いて、切磋琢磨させる狙いがあるんだよ」

「そうか? 見込みのある奴だけ英才教育するってことなんじゃねーの?」

「噂で聞いたけど、ABCとDEFじゃ、2年生までに相当学力に差がつくんだって」

「うそぉ、ウチら終わってんじゃん」

「ABCはエリート集団、DEFは吹き溜まりだってことだろ?」

「えーなにそれー。入学早々やる気なくすわー」

「もしそれが本当なら、学校は駄作もいいところだ。格差が広がれば学校の偏差値下がんじゃん。それって結果的に学校のレベルを下げることになるんじゃね?」

「いや、偏差値って、その学校を受ける受験生の偏差値だったと思うよ。在校生の偏差値は関係ないんじゃなかったかな。学校としては一流大学の合格者数を数字として出す限り、相応のレベルの受験生が来て偏差値は維持できる」

「うぉっ、それマジか……」

 と、まあ、こんな感じで、議論は白熱していった。

 さすが明菱めいりょう高校。DEFとはいえ、小石をほうっただけでそれなりの議論に発展するもんだなと思ったが、オレはその輪からは早々に退いていた。


 オレはただ、深月とマキとチカとオレで、同じ校舎だったらよかったなあと、一人小学生みたいなことを思っていただけで、学校のやり方に物申したり、システムの闇を明るみにして、引っ掻きまわそうなどと思ったわけではないのだ。


 自分の机に戻り、肘をついて頬を乗せため息を吐くと、後ろの席の女子が、読んでいた文庫本をそっと閉じて言った。どことなく湿っぽい声。薄っすら嘲笑が混じっているようでもある。


「自分でトリガー引いといて、逃げてきたの?」


 暗雲のようなダークグレーのおかっぱ頭の下で、筆で描いたような細い目と梅のような唇がくすりと笑う。ちょっと妖怪地味た奴だと思ったが、それだけだ。


「随分な言い草だな。こうなるなんて思ってなかったんだ。オレはシリアスが苦手なの」

 オレは自分が言い逃れをしているのをわかっていたが、肩に掛かった雨粒をパッと払うように軽口を叩いた。

「本当に、口は禍の元だねえ。君は入学三日目にして蛇になってしまった」

「蛇?」

 すぐには合点がいかないオレに、雨雲おかっぱ頭は両肘をついて手を組み、その手の甲に顎をのせ、熱っぽく語った。


「バラ色の高校生活、いわばエデンの園で、楽園生活を始めたばかりの若者たちに、君は南北格差の存在を気付かせてしまった。南北の区別を知った彼らは、自分たちが南の生徒であることを恥じるようになるわ。モチベーションも下がって成績はだだ下がり。堕落の一途を辿るでしょうね。君はまさにイブに知恵の実の存在を教えた蛇よ」


「お前、今……、」

「何?」

 おかっぱは初めてオレと目を合わせる。オレの整った顔をめ上げる不敵さは、尚も一層夕立を降らせる妖怪のようだ。オレは負けじとその双眸を見つめ返して言ってやった。


「お前、今……、学園生活と楽園生活、掛けたろ」


 たっぷり十秒は間が空いた。その間オレは目の前の妖怪アメフラシを見続け、そのかんばせがみるみるユデダコのように変わるのをじっと観察した。


「ま、真面目に言ってるの!」 


 オレの視線に耐えきれなくなった頃、そう言い放って文庫本で顔を隠す。

 なんだ、意外にかわいいとこあるじゃんか。


「わりいわりい。さっきも言ったけど、オレ、シリアスって向いてないの。オレは躑躅ヶ浦常葉つつじがうらときわ。君、名前、何だっけ?」

「そうゆうの、よく軽々しく聞けるわね」

 おかっぱは、呆れているのか、羨ましいのか、どっちともつかない言い方で言って、

初瀬はせえりよ」と名乗った。

「ハセエリちゃんね」

 復唱してオレは、発作的にいたずら心を起こした。

「じゃあ、パセリって呼んでいい?」

「死ね、ヒツジ」

 斬撃のような一言に、オレはケラケラと笑い、オレに一人、新たな友達ができた。

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