第33話「金持ち、井戸を依頼する」
道路の敷設で生活費を十分稼いだ俺は怠惰な生活をしていた。シャーリーの方も明朗会計だった先ほどの件では報酬を俺とシャーリーで二等分して懐に入れた。おかげで自由になる金が割とあり、楽しんで生活をしていた。
そこへノックが響いたので、シャーリーもいつもと違ってのんびりと玄関に向かった。そして玄関を開けたシャーリーが困惑した顔で立ち尽くしていた。町長以上に変わった客が来ることも無いと思うのだが、俺も渋々玄関に行った。
そこに立っていたのはタキシード姿で馬車の前に立つ身なりの良い男だった。俺たちに一礼したので俺も礼を返しておく。
「と、とりあえず中へどうぞ」
予想外に身分の高そうな人が来たので中で紅茶でも出そうかとしたところそれを制してきた。
「ご主人様がここの井戸に興味を持たれております。差し支えなければ屋敷までお越し頂けませんでしょうか?」
俺は戸惑いながらも頷いた。ポカンとしていたシャーリーも『分かりました』とだけ言って俺たちは馬車に案内された。そしてガラガラと馬車は引かれて町中を通り過ぎ、やはりというべきか、この前越してきた金持ちの邸宅に案内された。
ここまで金があるなら使用人に水を汲ませて煮沸する燃料を考慮しても不自由はしないだろうと思うのだが、金持ちなら魔法のような井戸に興味があるのだろうか?
馬車を降りるように促されると、身なりの良い夫婦がニコニコと俺たちを出迎えてくれた。突然呼び出して非礼を詫びて俺たちに中に入るように言われた。
俺たちは未知の領域に足を踏み入れて戸惑っていると、この館の主人であろう男が話を切り出した。
「私はハインツ・フォン・ヴィルヘルムという者だ。まあちょっとした商人だと思ってくれればいい」
「ところで君たちについて調べさせてもらったのだが……涸れない井戸を作れるとは本当かね? 井戸を作ってもらった方々に尋ねてみたところ皆大絶賛をしていたのだが」
「え、ええ……多分涸れない井戸を作ることは出来ます。スキルの効果で水を出す井戸ですね。飲み水に浸かっているそうですが問題は無いようです」
「それも聞いたよ、汲んだ水をそのまま飲んでも平気だったなどと信じがたいことを言っていたよ。ここは王都でもないし水道などひかれていないはずなのにね」
水道がひかれていないのに水がそのまま飲める。この町では割と珍しくなくなりつつあるが、やはり普通の人からすれば奇妙なのだろう。
「それで、ハインツさん、井戸の制作をご希望ですか」
ハインツさんは我が意を得たりと頷いた。
「うむ、私も信じたわけではないが興味が湧いてね、使用人達にも楽をさせてやりたいことだし試しに一つ作ってもらおうと思って君たち兄妹を呼んだわけだ」
現在、シャーリーは相変わらず事態が急で飲み込めていないようだった。俺はシャーリーに『金持ちの道楽で井戸が欲しいんだとさ……』と耳打ちした。途端に目に輝きを戻して価格交渉に入ろうとしたので俺が止めて、金貨十枚になる事を伝えた。シャーリーは金持ちからはもっと取ろうという考えのようだが、名字まで持っている人間からぼったくるのはあとが怖いの一言だ。
「なるほど、金貨十枚か……おいヴィクトル、もってこい」
「かしこまりました」
使用人が金貨を取りに行き、すぐに帰ってきた。
「金貨十枚、過不足無いね?」
俺にも見て分かるように金貨を並べ俺が『問題無いです』と答えるのを満足して眺めていた。
「では井戸はどこに作りましょうか?」
「ああ、浴室の近くに頼むよ、ここまで水を汲んでくるのは手間だからね」
俺が給湯器を作れることは黙っておいた。この人は割と大物のようなので話が無駄に大きくなりかねない。その時に起きるトラブルは話の大きさに比例して大きくなる傾向がある。
「では案内していただけますか?」
「こちらだ」
ハインツさんに手招きされた方向に向かう。立派な浴槽がある浴室に案内された。そしてその浴室から扉を挟んで外に出たところが井戸の制作希望地らしい。
「ここでスペースは十分かね?」
「はい、これだけあればきちんと井戸が作れます」
はっきり言うならそのスペースは随分と広かった。井戸が数個は作れそうなほどの広さがあった。
『井戸を制作します』
地面が削れていく様にハインツさんは感心しているようだった。そこに水が溜まりだしたときは驚きの声が上がった。この井戸も結構作ったのでここで驚きの声が出るのは逆に新鮮だった。
そして囲いが作られ屋根が出来たところでハインツさんはパチパチと拍手をしていた。
「いや、なに、面白い者が居ると聞いたから呼びつけただけだったのだがね、なるほど君たちは噂通りすごい者のようだね、金貨十枚分の価値はあったよ」
「お気に召したようで何よりです」
「ヴィクトル、風呂係にこの井戸から汲んだ水で湯船を満たせと言っておけ。私は今晩妻とこの風呂に入ってみたい」
「かしこまりました」
そう言って去って行ったヴィクトルさんを見送ってから、俺たちは何とかこの豪邸とお金持ちから解放された。帰り道などシャーリーは面倒事が終わったという風に伸びをしていた。
「ふー……くたびれましたね……」
「そうだな、あそこまで緊張する相手に頼まれた事なんて無いもんな」
「私たちも頑張ればあのくらいの豪邸を建てられるんですかね?」
「さあな……」
無理だろうと思ったがその言葉を飲み込み曖昧に濁しておいた。希望は持っておくだけなら自由だからな。
帰宅後、疲れ切ってベッドに倒れ込んでいたのだが日が落ちる頃になってもシャーリーは呼びに来なかった。キッチンに向かうとソファで寝ているシャーリーがいたので部屋のベッドまで運んでやった。抱きかかえたときにニヤけた顔になっていたが良い夢でも見たのだろうか? だとしたら羨ましいなと俺は思った。
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