第32話「新参者のために道を敷いた」「新参者のために道を敷いた」
お昼頃にそのノックの音は響いてきた。シャーリーも慣れたもので聞こえるなり玄関にダッシュしている。何がとは言わないがぶるんぶるん揺れているので健全ではない妹だと思う。
「うげ……」
シャーリーがものすごく嫌そうな声を上げたので俺も玄関に向かった。何か面倒な依頼者が来たのだろうか?
玄関に出てシャーリーのいやそうな声の理由を一発で理解した。玄関に立っているのは老獪な町長のヴォルテールさんだったからだ。
「町長さん、何の用ですか?」
シャーリーを奥に下げて俺が用件を聞く。シャーリーの過激さと町長の強欲さは相性が最悪だった。
「ふん、礼儀がなっとらんの……まあ良い、今日はきちんと注文をしに来ただけじゃ、きちんと報酬は払うから安心せい」
老人は町長として金を払うと言った。ならば問題無いのだろう、金を払うと言ったのは奥でシャーリーもしっかりと聞いていた。こちらを除く頭がぴょこんと動いたのが俺からも見えた。金を払うという言葉を聞いてシャーリーも機嫌良く奥から出てきた。
「ほうほう……それで、なにを建てて欲しいんですかね? 共有井戸の事なら断りましたよ?」
「違う、その事ではない。先だってこの町に引っ越してきた者がおってのう……その者が町に道を敷いてくれと頼んできたんじゃ。お主が道を作れるのは教会の司祭から聞いておる。だからその家まで道を敷いて欲しい。報酬は金貨三十枚でどうじゃ?」
「それは……」
「それは随分と奮発しましたね。あなたにしては随分払いがいいじゃないですか」
シャーリーが俺が発言するより先を取って疑問をあげた。そう、この町長にしては金払いが良すぎるのだ。俺だって警戒したのだからシャーリーが疑問を持つのも当然だろう。
「それは引っ越してきた者に関わる事じゃ……要するにしっかりした家系……まあ要するに金持ちなんじゃよ。その者一人で払う税金ももちろん結構な額になる。それを考えたら金貨三十枚なんぞ小銭に過ぎん」
どうやらかなりのお金持ちが引っ越してきたようだ。町のことに詳しくないので引っ越しの事情について逐一追ってはいない。だからこそシャーリーが営業をかける前に町長に依頼が来たと言うわけだ。
「お金がしっかり払われるなら私は文句ないですよ、お兄ちゃんはどうです?」
「俺も問題無い。取りっぱぐれるようなこともほぼ無さそうだしな」
相手が金持ちなら資金の心配は無いだろう。町が税金の徴収に失敗しないかぎり元の取れる案件だし、それを断る理由は無い。たとえるなら分の非常に良い賭けのようなものだ。九割勝てるならそれに乗るのは当然なのだろう。
「では完成した家に引っ越してくる前に道を敷いてくれ。町の南の丘じゃ、あそこに建てられた邸宅の前まで道を作ってくれれば良い。金は後払いでいいかの?」
「先払いですね」
誰よりも早く即答するシャーリー。金のこととなると非常にシビアなやつだ。コイツは滅多に後払いで注文を受けない。出来てしまったものを俺が簡単に破棄できる事を知らない客があとからゴネるのを防止するためだろう。
「そう言うと思ったわ、ほれ、代金じゃ。その代わりしっかり頼むぞ」
「分かりました道を作っておきます」
「お兄ちゃんに失敗は無いんですよ?」
こうして俺たちは道を作る作業につくことになった。明日引っ越してくるのでそれまでに道を敷いておけという急な作業だった。
丘の近くまで道を辿ると途中で途切れており、丘の麓から先は轍が出来ている獣道になっていた。ここをしっかりとした石畳にしろと言うことだろう。
『道路を敷設します』
バリバリと地面から石畳が湧き出てきた。非常識な光景だがそうとしか表現のしようがないのだからしょうがない。
石畳の具合を確認すると、滑らかで硬い石で覆われており、隙間なくピッチリと石で埋められている。隅の方には都合良くピッタリ収まる形の石が収まっている。スキル様々だな。
『道路を敷設します』
『道路を敷設します』
その調子でズズズと道路を出現させながら、丘の上に見える豪華な屋敷目指して進んでいった。
「お兄ちゃん、お金持ちって生まれながらにお金持ちなんですかね?」
「さあな……ただ金というのはあるところに集中しているというのは確かだろうな……」
俺たちがこうして道路を作った代金など楽に支払っても余裕で元が取れそうなくらい税金の取れそうな建物だった。移住時に支払う金額だって安くはないだろうに、結構な金額を使えるとは羨ましいかぎりだ。
『道路を敷設します』
家の詳細がよく見えてきた。バルコニーまでついており教会よりも立派な建物で、町長の家より金持ちっぽい家をしている様子だ。
『道路を敷設します』
そしてようやく目的の家庭の前まで道路を敷けた。玄関から厩舎までしっかりと石畳で切れ目がないように覆っておいた。文句のつけようもないだろう。
「随分頑張りましたね……」
「そうだな、ここまで連続してスキルを使ったことは無かったよ」
特に消費するものが無いので別に連続して使ったから何か問題があるわけでは無いのだが、使う度に金を取っているスキルをここまで多用させた金持ちの依頼者が羨ましかった。
「さて、完成したことですし町長に伝えましょうか」
「そうだな」
足腰のおぼつかない老人にこの道を歩かせるのは手がかかると思ったのだが、町長もわざわざ町からの依頼を俺の所へ持ってきたことから、自分の手柄にしたいのだろうし、若い町役場の職員など読んだ日には町長の顔は丸つぶれなので、手間をかけてでも町長を呼びに行った。
「ほう……これはなかなかの出来じゃのう」
まともな工事なら絶対に不可能な納期で完璧にこなしたというのに町長は満足だとは言わなかった。しかしこれ以上の者を作ってくれる者も居ないので、作り直せなどとはまったく言わなかった。
「いいじゃろう、金貨三十枚の価値はある道じゃ」
「お気に召したようで何よりです」
「さっさと役場に報告しておいたらどうです? 『自分の手柄』として……ね」
「お主らに頼み込んだのがワシなのじゃからワシの手柄になるのは当然じゃろう? 何を言っているんじゃ?」
食えない爺さんとこれ以上議論しても無駄だと判断して、俺は町長に問題無いという確認をもらって報告を任せて帰宅した。シャーリーも不満げではあった者の報酬はしっかり支払われている以上文句を言いたげだったが黙り込んでその場を二人で去った。
「ねえお兄ちゃん、お兄ちゃんが作ったって事をアピールしなくていいんですか?」
「構わないさ。英雄だの豪商だのという選ばれた者は俺には似合わないよ。俺はごく平凡な一般町民だよ」
「お兄ちゃんは欲が無いですねえ……」
そうして俺たちは帰宅した。帰宅後シャーリーが豪華な夕食を作ってくれた。いつもより豪華だったので理由を聞くと『お兄ちゃんを褒めてくれる人が少ないのでお兄ちゃんがすごいと知っている私だけでもお祝いしてあげようと思いまして』と言うことだったので、立った一人の理解者と一緒に美味しい夕食を食べて、俺には多くの理解者がいなくても十分に恵まれているのだと思った。
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