第31話「妹にアクセサリを買ってあげた(強制イベント)」

「お兄ちゃん! 買ってほしいものがあります!」


「買って欲しいって……家計から好きなものを買うだけ出せばいいんじゃないか?」


「お兄ちゃんに買ってもらうから意味があるんですよ! 今日はお兄ちゃんにお買い物に付き合ってもらいますよ!」


 いつになく強引……いや、コイツはいつも強引だったな……とにかく妹に引かれて家を出た。シャーリーは楽しそうに俺に財布を手渡した。ずっしりとした重みの革袋が、中身がきちんとたくさん入っていることを主張している。


「結構高いものを買うのか?」


「そうですね、そうとも言えます。お兄ちゃんのセンス次第ですね」


「センス?」


 買い物にセンスが関係あるのだろうか? 値切りのセンスでも求められているのだろうか、まあこの金額があるなら大抵のものは買えるだろう。そうしてたどり着いたのは……町で唯一の宝飾品店だった。


「シャーリー、別に俺に断らずにこのくらいのものの一つや二つ買ってもいいんだぞ? 俺に必要以上に配慮することはないぞ?」


 シャーリーは俺の言葉を聞かずに持論を語り出した。


「お兄ちゃんが私のためにお金を使うというところが重要なんですよ! 私が自分で買ったら、自分に指輪やネックレスを買ってあげる寂しい人じゃないですか! こういうのはお兄ちゃんが買ってくれるからいいんですよ!」


 そうまくしたてると商品を手に取っては俺に似合うかどうか聞いてきた。どれも似合うとは思うのだが、提案されたものに全部似合うと言っていたらシャーリーは不機嫌になってしまった。実際に会うのだからいいではないかと思うのだが、特別に似合う一品とやらを探しているらしく、俺の方をチラチラ見ながら商品を探していた。


 何時まで経っても終わりそうにないので俺が店員さんにこれをくださいと言って、一つの指輪をショーケースから出してもらった。赤い宝石のついたシャーリーの過激な性格にはぴったりに合う品だった。


「シャーリー、これをはめてみろ」


「お……お兄ちゃんの選択ですか……なかなか緊張しますね」


 店員さんに指にはめてもらうと宝石は輝きを増し、キラキラ光る美しい指輪になった。サイズもまるでシャーリーの指にはめるために作られたかのようにピタリと薬指にハマった。


「お兄ちゃん……これを買っていただいてよろしいのですか?」


「妙な敬語になってるぞ、しっかりお前も俺に協力してくれているんだからそれをかう権利くらいあるよ」


 安い金額ではなかったが、シャーリーが幸福を感じてくれるなら俺としても悪くない。存分に宝石の輝きを楽しんでほしいものだ。妹の幸福に値段はつけられない、兄として当然のことだと確信している。シャーリーはそれをはめてうっとりしている。俺は店員さんにお金をシャーリーにもらった財布から支払った。


 財布はすっかり軽くなったが、シャーリーは太陽のように明るい笑顔で俺に微笑んでいた。


「なあ、俺が買うことがそんなに重要か?」


「お兄ちゃんが買ってくれるということは、お兄ちゃんが私には指輪を買ってあげる価値が有ると言うことですよ、私は自分の評価よりお兄ちゃんの評価の方を気にしますからね!」


 シャーリーは指輪についた宝石をうっとりしながら眺めつつ歩いている。危ないぞと言おうかと思ったのだが言って聞くような奴でもないし、なにより路上の障害物をしっかりかわしているところから、どこに集中力を配分しているのか謎だが、とにかく安全に歩いていた。


 その手にハマった指輪は絶対に外す気がないのであろうシャーリーのモノになったわけだが、この先外さないならもう少し普通のただのリング形状にしておけば良かったなと少し後悔した。


 そして一通りの夕食の食材を買って帰宅したわけだが……


「これ料理の邪魔ですね……でもお兄ちゃんが買ってくれたものですし……くっ……お兄ちゃんに美味しいご飯を提供するためには……」


 そんな独り言を俺に聞こえるように言いながら指輪をそっと外して自宅の金庫に納めていた。


「シャーリー、なんかゴメンな」


「いえいえ! お兄ちゃんが買ってくれたものを活用出来ない私が悪いのですよ! お兄ちゃんも気にして今後買ってくれないとか言うのは無しですよ?」


 非常に嬉しそうにそういうものだから俺はなにも言えず夕食を待った。


「ねえお兄ちゃん、お兄ちゃんにしては気が利いてると思ったのですが、どうしてあの指輪を選んでくれたのですか?」


 難しいことを聞くな……特に理由などないのだがな、はてさてどう答えたものだろうか?


「なんとなく俺の直感が、あの指輪がシャーリーに似合うって告げてきたからかな」


 シャーリーはクスクス笑って俺を見る。


「お兄ちゃんらしいと言えばらしいですね。まあお兄ちゃんのそういうところが好きなので別に全然構いませんけどね!」


 そう言ってくれるので正解だったのだろう。妹の笑顔で俺は幸せを感じることが出来る兄だ。兄妹仲というのはいろいろなものがあるようだが、ウチが決して悪くないどころか良好なものであることはいいことだと思う。時々過激な愛情表現があるが、それでも兄妹の仲がいいのは良いことだと思う。


 何故かシャーリーは指輪をアクセサリではなく大事な宝物のように扱っていた。シャーリーの意図は分からないが、それほど大切にされるなら指輪も本望だろう。


「ねえお兄ちゃん」


「なんだ?」


「また今度、今度はいつでもつけていられる指輪をペアで買いましょうね?」


「俺は別に指輪は必要無い……」


?」


「ハイ、ホシイデス」


 妹の意志に逆らわないことが兄妹の仲を良くすることの秘訣だと思っている。殊に俺の行動を一挙手一投足記憶していそうなシャーリーならばなおのことである。


「お兄ちゃんとおそろいの指輪……ふふふふふふふ……」


 シャーリーは不気味な笑いを浮かべながら指輪のハマっていた薬指を眺めていた。さすがになにを考えているのか分からないので俺も困ってしまう。


 その晩はシャーリーが俺の部屋に飛び込んでくるようなことはなかった。ただしお風呂から出たシャーリーは指輪を大事そうにつけて寝ていたのだが、俺が水を飲みに起きたとき、シャーリーの部屋から苦悶のようななまめかしいような声が聞こえてきたのだが、それについて深入りするのはやめておいた。

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