第29話「学校に井戸を作ろう」

 コンコン


 その音は朝早くから玄関で鳴った。


「はいはーい! 何でしょうか?」


 玄関を開けたシャーリーが固まっていた。俺がそちらを見ると、この前見た顔が立っていたので俺も朝食を置いて玄関に向かった。


「どうかしたんですか? ユン先生」


 そう、立っていたのは俺たち兄妹の恩師であるユン先生だ。公社に何か不具合があっただろうか? 俺もどんなものが適切かははっきりイメージ出来ていた自信も無いので何か問題があったのかもしれない。


「ああ、後者はきちんと使えているから気にしないでね? 実はそれとは別の話をお願いに来たのよ」


「お願いですか? 先生のお願いは出来るだけ聞きたいですけど……他の人との公平性が……」


 さすがに校舎を安く作ったにしても、さらに何でもかんでも安売りするわけにはいかない。気持ちの問題ではなく、今までいろいろなものを作ってきた人たちへの誠意ってやつだ。


「ああ、お金のことは気にしないで、ちゃんと払うわ。新築してから学校に通う人も増えてね、そのくらいの余裕は出来たの。それにね……」


「それに?」


「なんですか?」


「何故か自警団の人が来てアポロくん、とシャーリーちゃんに注文を出すならお金は出すって言ってくれたのよ。まあそれでもののついでなのだけど……」


 ユン先生は少し黙ってから口を開いた。


「シャーリーちゃんには自警団をよろしくと伝えておいてくださいって言われてね、何をやったのかは聞かないけれど確かに言ったからもう大丈夫ね、約束は果たしたわ」


 ユン先生もしたたかだな。もののついでに依頼を果たして俺たちへの希望を話すことになったようだ。


「それで学校に井戸を作って欲しいのよ。報酬は金貨十枚でしょう? もちろん満額を払うわ」


「受けます」


 シャーリーがまったく考えることなく引き受けた。まあお金はしっかり支払うって言っているのだから断る理由はまるで無いし構わないだろう。井戸なんてあっという間に作れるからな、簡単に金貨十枚が手に入るならそりゃあ引き受けるだろう。


「じゃあ学校に井戸をお願いね?」


「任せてください! 今から行きましょうか?」


 乗り気のシャーリーにユン先生は冷静に答える。


「いえ、今日はまだ生徒達への授業がされているから、休日の明日にお願いするわ」


「……そうですか、分かりました! 明日そちらに行きますのでお茶でも飲んで待っていてくださいね!」


「頼もしい教え子だわ……本当に二人とも優秀になって……」


 そう言いながら出ていった。明日の予定が入って、もうすでに手に入るだろうと予想している報酬で何を買うかシャーリーは町のチラシを見ていた。好きなものを買えばいいが、お金をもらう前からそういう計算をするのは良くないことだぞ。


「ユン先生も大分過ごしやすくなったみたいだな……」


「ですね、おかげで私たちにもおこぼれが頂けるわけですが……」


 おこぼれ……そう言ってしまえば身も蓋もないが、学校が儲かるようになったから設備が整えられるという、良いサイクルに入ったようだ。是非とも先生にはこのまま順調な人生を歩んで欲しいと思う。


「ねえお兄ちゃん、井戸の値上げってするべきだと思いますか?」


 俺に妙なことを聞いてくるシャーリー。


「値段は据え置きで良いだろ。上水道の値上げとか露骨に嫌われる要素じゃないか」


 上水道は王都など都市部では整備されているが、ここみたいな辺境にはもちろんそんなものは無い。だからこそ井戸を作るのが商売になるわけだが、生活に必要な物の値上げは批判の元だ。逆恨みを買わないためにも水道は良心的な価格で提供するべきだ。


「お兄ちゃんも町での評判とか気にするんですか? 私たちに頼んだら高くつくのは有名になってますよ?」


 誰のせいだろうな……という言葉は飲み込んだ。シャーリーの価格交渉術は確かに優秀だが、俺は必要以上の贅沢をしなければ生きていけるだけ稼げればいいと思っている。


「朝から意外な人が来たな、何はともあれ予定が決まったのは良いことだ」


「それもそうですね。ユン先生に恩返しが出来るというのは気分が良いですし、なにより……」


「なんだよ?」


 シャーリーはイタズラっぽい顔をした。


「あの気に食わない自警団が財源だと思うと愉快じゃないですか!」


「お前、大概いい性格してるよまったく……」


 俺の妹ながら、なかなかの性格だ。よほど俺の手柄を取られたことを気にしているらしい。俺が気にしないといっているのだから気にしなければいいのにな。


「お兄ちゃんは名誉というものを欲しがるべきですよ、無名でも知っている人は知っているなんていうのは無意味なんですよ。誰でも知っているということにこしたことはないのですからね」


「お前は名誉欲が過ぎると思うよ。もう少し慎ましくても困っていない生活を目指そうぜ」


「お兄ちゃんと私でもここばかりはわかり合えないようですね」


 そう言ってシャーリーは買い物に出かけた。俺はのんびりと待っていると、意外と長い時間がかかってからシャーリーは帰ってきた……やけにニコニコして……


「何か良いことでもあったのか?」


「朝からお酒を飲んでいる優雅な自警団の方がいたので、チラチラそちらを見ながら道を往復したんですよ。ククク……随分と居心地が悪そうでしたね。思い出すと笑えます」


「やっぱお前性格を矯正された方が良いんじゃねえの?」


 俺は自分の妹に呆れて開いた口が塞がらなかった。

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