第27話「校舎の制作」

「お兄ちゃん! 今日は私たちの思い出の地を再建する日ですよ! 起きた起きた!」


「分かったよ……急かさないでくれ」


 シャーリーにしては珍しく正論で俺をたたき起こしに来た。俺もそれに反論することはできないのでしっかり目を覚ましてキッチンに向かった。そこには肉と卵と魚とパンとその他諸々が料理として食卓に置いてあった。


「随分と頑張ったんだな……」


「お兄ちゃんに全力で校舎を建ててもらわないとなりませんからね! 全力が出せるように、頑張る気になるメニューにしましたよ!」


「そこまで学校に思い入れがあったとは知らなかったよ」


「お兄ちゃんと二人きりになれた神聖な場所だと私は未だに思っていますからね! あそこで愛情について学んだと言っても過言ではないですよ!」


「明らかに読み書き計算に入らないことを学んだんだな……」


 ちなみに俺は学んでいないぞ。学校が愛情について教えたことなどあっただろうか? 精々が『皆仲良くしましょう』程度の事しか教わらなかったぞ。あの情報密度薄々の講釈から一体何を学んでいるんだ……行間を読む能力があるにしてもそういうのには限度があるだろう。むしろ離されてもいないことを思い出と捏造しているぞ。


「細かいことはいいじゃないですか! 食べましょうよ! 力を入れて作ったから美味しいですよ!」


「分かったよ、とりあえず腹に何か入れておかないとスキルが満足に使えそうに無いしな」


「お兄ちゃんでもそう言う失敗があるんですか?」


 厳密に言えば、無い。


「腹が減ったからってスキルが使えないようなことはないが、イメージ通りのものが出来上がるからな。まともな物が出来るように想像力が無いと歪んだ建物が出来ないように思考力は必要なんだよ」


 想像力、思考力、イメージ力、何と言ってもいいが、コンクリートの建造物を制作する場合、想像したモノがそのまま出来る。始めに作ったときにまっすぐな壁をイメージしたのだが、通りを犬が歩いているのを見てしまったので出来上がったものに犬の足跡が付いていたのを確認した。失敗を誤魔化すためにさっさと消し去ってしまったのでそれを知るものはいないのだが、確固たる想像力が無ければ歪みかねない。


 腹が減っていると頭の働きが落ちるからな。思考がはっきりしていないと完成品が歪んでしまう。


「美味いな、食材も良いものだ」


「でしょう! お兄ちゃんとの思い出を彩るために豪華絢爛なものにしましたからね!」


「ありがと、今回の注文は俺も受けたかったんだ。シャーリーが安値で受けてくれたことには感謝している」


 俺が感謝の言葉を告げるとシャーリーは顔を赤くして頷いた。


「うん、よろしい! 今日は全員が感謝するような成果を出しましょうね!」


「ああ、しっかりしたものを作ろう」


 未だに鉄筋コンクリートの鉄筋とは何なのかが分かっていないが、頑丈な建物が出来ることははっきりしている。


「ねえお兄ちゃん、私は今でもお兄ちゃんが学校でいつも私の前に立っていてくれたこと、ずっと感謝しているんですよ」


「いい加減兄離れしろよ……子供の頃の話だろ」


「今度は私がお兄ちゃんの前に立つ番ですよ、ずっとお兄ちゃんと一緒ですからね! お兄ちゃんがたとえ私のことを嫌おうとも、です。もちろんそれは悲しいことですが、お兄ちゃんが私の側にいてくれれば、たとえどう思われようと私は満足なのですよ!」


「ははは……勝手だなあ」


「私はそう言う人間ですから! 今さらお兄ちゃんに突き放されたくらいで離れませんよ!」


 そんなことを話しているうちに食事がなくなってきた。いい感じに頭もスッキリしたことだし、準備は万端だな!


「行くか?」


「行きましょう!」


 こうして俺たちは町で唯一の学校に向かった。遙か以前と言うほどでも無い程度には最近まで通っていた学校は思った以上にボロかった。遠目に見ても分かる、子供の目では分からなかった建物のあらが目についてならない。


「二人とも、もう来てくれたの? 迎えに行こうかと思っていたのに」


「こんにちはユン先生」


「お世話になってましたね、先生」


 ユン先生は学校の校舎を指さして言う。


「随分ガタが来ているでしょう? 町長に建て直しの請願は出していたんですがねえ……色よい返事がもらえなくって、つい教え子を頼ることになっちゃったわねえ。ありがとう、二人とも」


「気にしないでください! お兄ちゃんの素晴らしさを私に教えてくれた先生のためなら多少の無理は利かせますよ!」


「シャーリーが問題無いと言っているので気にしないでください。俺もお世話になったところですし」


「シャーリーちゃんは何か私が教えなかったことを学んだみたいね……アポロくん、二人とも仲良く出来てる?」


 その質問には即答した。


「ええ、とっても」


 ユン先生は安心したように息をついて、俺たちを建設予定地へと案内した。そこは学校の校庭であり、新校舎が建ったら旧校舎を壊してそちらを校庭にする予定だそうだ。


「私とお兄ちゃんの思い出が壊れちゃうんですか……」


 さすがにシャーリーも思い出の校舎が壊れることに落胆しているようだった。


「ごめんなさいね、新しく建てて古いものを残すほどの敷地も予算も無くってねえ……こういう方法しか無いのよ」


「いえ、構いませんよ。今の生徒のこともありますからね」


 いつまでも俺の世代で足踏みさせるのは申し訳ないのでいっそ綺麗さっぱり壊して思い出として綺麗なまま残ってくれた方が良いくらいだ。現実のボロボロの校舎は忘れて綺麗な思い出の中でシャーリーと残しておいた方が良いだろう。


「教室数は一つ、職員室が一つですね?」


「ええ、お手洗いとかの水回りは工事が必要だから無くていいわ。お願い出来るかしら?」


「簡単ですよ。設備は旧校舎からの移動ですませるんですよね?」


 校舎の設備はさすがに俺も現在のスキルでは作れない。そこは予算なり現物なりをどこかからひねり出してもらわないとならない。


「形状は真四角で構いませんか? 複雑にすると制作難度と精度が少し上がるんですよ……もちろんですが! 別料金とかは言い出しませんよ!」


 ユン先生は当然のように答えてくれた。


「アポロくんの作りたい通りで構わないわ。それでも十分立派な物が出来るでしょうからね」


「では……」


『建造物を作成します。完成形をイメージしてください』


 四角い壁に囲まれてドアと窓があり傾きの着いた屋根がある、それを二部屋に区切る壁があって……


 創造しながら地面からコンクリートがせり上がってくる。あっという間に四角い建物が完成した。


「まあ! こんなに素敵な建物ができたの? アポロくん、ありがとね」


「私にもお礼を……」


「シャーリーちゃんも、ありがとう。二人のおかげで素敵な後者が出来たわ」


 飾り気は欠片も無いが、実用上は十分だろう。見た目のいい建物を作れなかったのは少し申し訳ない。


 ドアを引いて中に入った先生から驚きの声が上がった。何かあったのかと俺たちも教室内に踏み込んだ。


「どうしたんです、先生? 何事も無いようですが?」


「先生、お兄ちゃんの技術に驚くのは分かりますがこれはごく普通の建物ですよ?」


 その言葉に先生は反論をまくしたててきた。


「なに言ってるの!? これだけ日が差し込んできて明るいのに全然暑くないのよ? 前の後者はお昼時はお風呂みたいに暑かったのにここはまるで風の吹き抜ける草原みたいじゃない! あなたたち、こんな事ができたの!?」


「ああ、そういえば……」


「お兄ちゃんの建物には普通に付いている機能だから気にしませんでしたね」


 あっけにとられている先生に、俺たちはそういやそんな建物になるんだったという反応をした。


 結局、満足以上の建物を建ててもらえたことに感謝の言葉をもらって俺たちは自宅へ帰った。


「あーあ、お兄ちゃんとの思い出が壊れちゃうんですか……」


 シャーリーは旧校舎が壊されることを少し悲しんでいるようだった。


「いいじゃないか、思い出なら今からだって作れるだろう? シャーリーなんてまだ一人前にもなっていないんだからな」


 俺の可愛い妹ははにかんでから俺に言った。


「そうですね! お兄ちゃんとの思い出はいくらでも作れますよね!」


 そう言って夕食を作っていた。シャーリーは大変機嫌が良かったのでその日は平和に何もかも過ぎていった。そう思っていたら眠りに就こうかというときにシャーリーが普通のパジャマで部屋に入ってきて『お兄ちゃんと添い寝の思い出が作りたいです!」と言ったので床に二人分の布団を敷いて二人で隣同士になって寝たのだった。

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