第26話「学校の再建」

 朝食を食べて、今日は平和な一日が続くであろう事が予想出来ると、俺もだらけて椅子の背もたれに体重をかけた。優雅な朝だった。


「注文来ませんねえ……」


「最近忙しかったからな……平和なのはいいことだろ」


「平和ねえ……私にはお金にならない期間ということになるわけですが……」


「平和を金にならないって言うなよ……良いことのはずだろうが……」


 まったく、シャーリーにも困ったものだ。とにかく何かが起きるとお金儲けの種だとばかりに駆け回る。それに助けられることもあるのは事実だが、俺はやはり平和な方が良いのではないかと思った。


 コンコン


 ドアのノック音にダッシュで玄関に向かうシャーリー、まだ注文だと決まったわけでもないだろうに、生き急ぎすぎではないだろうか?


 シャーリーがドアを開けると、そこに立っていたのは俺たちがお世話になっていた頃よりは確かに幾分老けているものの、間違いなく俺たちが通った学校の先生だった。


「あれ? ユン先生ですか? あまりお変わりないようで……」


 シャーリーも困り顔で対応している。俺はこの先生に兄妹揃ってお世話になったことを覚えている。幸いユン先生が不正やいじめを許さない堅い性格だったので、大したトラブルもなく学校での思い出は良いものだった。


「アポロちゃん、シャーリーちゃん、相変わらず元気みたいねえ……」


 世間話でもしに来たのだろうか? そういうことを学外でする人出はなかったはずだが……


「実は二人にお願いがあってねえ……」


 どうやら注文らしいと俺もそのへんで理解出来た。シャーリーはもうすでに椅子を引いて座ってもらう準備をしていた。ユン先生はそこに座って注文の内容を語り始めた。


「実はね、二人には学校の新校舎を建てて欲しいのよ」


「新校舎ですか?」


「ええ、今の校舎も大分古くなってきたからね、新校舎を建てる話は出ていたのだけど、アポロちゃんがあの大きな倉庫を作ったでしょう?」


 おそらく食料保管庫のことだろう。確かにデカくて頑丈な代物だった。アレをいくらで建てたか知っているのだろうか? 確かにコンクリートを人出で用意するなら遙かに高く付く品だったが、それなりの金額はもらった。


 俺としては格安で受けてあげたいところだが、シャーリーがそれを認めるとは思えない。俺の妹は情にほだされて売値を下げるようなことはしないだろう。


「金貨五枚ですかね」


「それだけでいいのかしら?」


「へっ!?」


「何ですかお兄ちゃん、そんなに驚くようなことですか?」


「い……いや、別にそれで俺も構わないが……」


 安い、後者という建物をコンクリートで建てるにはあまりにも安かった。実はこの妹は偽物なのではないかと思うほどの良心的な価格だった。


「では明日、下見をしてくれるかしら。平屋でいいのだけれど、教室の数が増えちゃってねえ……」


 生徒の数が増えたから新校舎を建てるらしい。そういうのは早めにやっておかないと俺がいなかったらまず生徒の増加に対応出来なかっただろう。


「二人とも元気みたいで良かったわ。それじゃまた明日ね」


 そう言って出ていったユン先生を見送ってから、シャーリーに疑問だったことを問いかけた。


「なあ、なんであんなに安値で受けたんだ?」


 がめついとかいう問題ではなく、安すぎて同業者に悪いのではないかと思えるほどの価格で引き受けていた。シャーリーにしてはあり得ないことだった。


「ユン先生は私がお兄ちゃんと結婚するって言っても一度も笑ったことがないんですよ、あの人は信用出来ます」


「信用の基準がどうかしていると思うぞ?」


 信頼の基準がそれって……大悪人でも平気で信用してしまうのではないだろうか? 俺を信頼の基準にするのはやめてほしいものだ。


「シャーリーはあの金額でいいのか? 珍しく安かったが……」


「お兄ちゃんとの関係を祝福してくれる人は大事にしなければなりませんからね!」


 そんな理由でいいのか……自警団の連中はシャーリーが気に食わなかったからという理由で高値を取られたのか……気の毒な話のような気がするが、自警団に取り立てて思い入れも無いので同情の気持ちも浮かばない。


「しかし後者が金貨五枚ねえ……」


「いずれお兄ちゃんとの結婚を生徒達に祝福してもらえる可能性があるならいいことでしょう?」


「祝福……してくれると思ってんのか……」


 個人的な感情が入りまくっている。シャーリーは私情で動くような奴ではないと思ってたんだがなあ……


「立派な後者にしましょうね! お兄ちゃん!」


「ああ、そうだな……お世話になった学校だしな」


 なんだかんだと言っても小さな頃に読み書き計算を教えてもらった学校だ、無碍に扱うことは出来ないというのがシャーリーも同じなのだろう。


「明日に備えて美味しいご飯を作りますよ! ふふふふ……あの頃はずっとお兄ちゃんと一緒にいましたよね?」


「今もだろうが……まあ学校にいた頃は俺の後ろをついて歩いてくるような奴だったもんな、成長したもんだ」


 しみじみと言う。シャーリーが人見知りをして知人が俺しかいない環境で俺の後ろをついてきていた頃が懐かしい。あの頃は人怖じしているような子供だったのに、今では大人相手に恫喝同然の交渉をするようになってしまった……どうしてこうなった!


 妹の教育を間違えただろうか? いや、学校の先生の皆様はきちんとした教育をしてくれていたはずだ。じゃあ俺の教育が……うん、深く考えると全部俺が悪いという結論になりそうだから深くは考えないようにしよう。


 学校の建築材は鉄筋コンクリートでいいだろう。立派な建物が建つとなるとお世話になった皆さんに恩返しが出来るな。恩返し……シャーリーをいじめていた奴への恩返しをしてやろうかな……今のスキルなら……


「お兄ちゃん? 顔が怖いですよ?」


 その言葉に俺は自分が闇落ちしそうになっていたことにはっとして、学校が無事出来ることを祈るだけにしておこうと決意した。


 なお、シャーリーにも思い入れのある学校の再建と言うことだからだろうか、その晩はシャーリーの乱入も無く平和に眠りにつけた。

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