第22話「自警団の皆さんに売れた」
玄関ドアをノックしたのは自警団の一人で、戦いたがっていない奴だった。
「ご注文ですか? 井戸ですか? 建物ですか? お金さえ払って頂けるなら何だって作りますよ!」
「ああ、井戸を作ってくれるかな。ここのことは知っていたんだが、正直怪しいものだと思ってたんだ、でもあんなものを見せられちゃあな……多分井戸だって立派な物が出来るんだろう?」
シャーリーは嬉しそうに俺に話しかけてきた。
「お兄ちゃん聞きましたか! 知っている人は知っているんですよ!」
「知る人ぞ知るって名店みたいに言うけど普通に知名度がなくて売れてないだけだと思うぞ」
俺の言葉は届かないらしく、シャーリーは前金を受け取っていた。俺のスキルで作るのに金銭の管理はシャーリーが一任されている。家系が破綻していないのだからアイツは節約上手なのだろう。俺が稼いでいるにしてもその前の両親からの仕送りだけが収入だった頃から金に困らなかったのは間違いなくシャーリーの実力だろう。
「交渉成立です! 一緒に行きましょう!」
「分かったよ」
朝食もあらかた食べ終わっていたので、自警団の男に挨拶をした。
「自己紹介が必要かな? 俺はアポロだ」
アレだけ派手にやらかしたので、今さら名乗る必要があるとも思えない、家の前の貼り紙に自己紹介もシャーリーが勝手に書いているからな。
「俺はビンケル、自警団の小隊長だ」
自警団の小隊長という微妙な立場だ。自警団自体が大きな組織ではないので小隊長と言っても従えているのは数人だ。
「それで、井戸を作って欲しいんだったな?」
「ああ、あんたがゴブリンを倒してくれたが、あの場所に参加したものには多少の報酬が払われたんだ、その金で作りたいと思ってな」
ああ、自警団にもきちんと給金は支払われたのか。その金で井戸を建てるとはもったいない使い道のような気がするが、価値観は人それぞれだ。井戸を作って欲しいのならそれに応えるとしよう。
「じゃあビンケルの家に行こうか」
「ああいや、俺の家じゃないんだ」
「え? じゃあどこに作りたいんだ?」
井戸を他人の土地に作る理由も無いし、下手なところに作ったら土地の持ち主に怒られるかもしれない。どこか井戸を建てる場所があるのだろうか?
「両親の家に作って欲しいんだ。二人とも結構な年でな……共有井戸から汲んでくるのが大変だと会うたびに言われているんだ」
なるほど、両親への贈り物か。金貨十枚の贈り物とは結構気が利いている奴なんだな。
というわけで俺たちはビンケルの両親の家に向かった。シャーリーは『お金がもらえるならまあいいでしょう』となんとか納得していた。自分のためになるものは自分の金で支払うべきという考え方らしいが、それを強制するつもりもないらしい。
しばらく歩くと、切り妻屋根の年代物の建物が見えてきた。ビンケルが『あそこだ』と指さしたのであれがコイツの両親が住んでいる家なのだろう。
家の前でビンケルがドアをノックすると爺さんが一人出てきた。
「なんじゃ、お前か。自警団の仕事はきちんとやっているのか?」
「やってるっての……説教はいいから庭に通してくれないか?」
「庭じゃと? 何の用があるんじゃ?」
「井戸を作ってやるんだよ。親父もお袋も共有井戸が遠いって愚痴ってたろ?」
「言っていた、しかしこの庭に井戸など掘れんじゃろう」
指さした先は乾ききった地面が広がっており、やや広い庭だが、環境はあまり良くないようだった。
「まあまあ、息子が出来ると言っているんだから信じなさいよ、あなたも頭が固いわね」
おばあさんも出てきた。この人がビンケルの母親だろう。二人とも町を散策するタイプでは無さそうなので、俺たちの家の貼り紙など見ていないのだろう。
「私たちが完璧な井戸を作りますからご心配なく!」
シャーリーが堂々とそう言うと怪訝な顔をされてしまった。この少女が井戸を掘れるのかという目でシャーリーを見ていた。
「ああ、掘るのはお兄ちゃんで、スキルを使用するのでご心配なく」
その視線に気づいたシャーリーはそう付け足した。
「スキルで掘るのか? それならまあ出来るのかもしれんの……」
そしてシャーリーは庭に案内してくれとせっついて、過程の門をくぐってビンケルの実家の庭に入った。乾燥しているせいで雑草も生えていないのでどこにでも作り放題だ。
「どこに井戸を作りましょうか? やはり勝手口の前がいいですか?」
「あ、ああ……作れるのか?」
「お兄ちゃんに任せてください! 完璧なものを作りますよ!」
勝手口の付近で邪魔にならないところに向かった。
『井戸を制作します』
ゴリゴリと地面が削られそこに水が溜まり、囲いと桶が作られる。あっという間に立派な屋根付きの井戸が出来上がった。
「ほう……本当に水が湧いておるな。コレは飲めるのか?」
「飲めますよ! お兄ちゃんのスキルで出来た水ですからね!」
別に地下水脈を掘ったわけではないので水に腹を下すようなものは入っていない。純粋なただの水だ。
桶についた棒を持って浅い井戸から水を掬っておじいさんはそれを飲んだ。そして驚きの声を上げる。
「美味い! 井戸の水なのにきちんと美味いぞ! おい、お前も飲んでみろ」
「はいはい、あなたも大げさですねえ……」
おばあさんも一口飲んで声を上げた。
「美味しいねえ! コレがいくらでもわいてくるのかい? スキルってすごいんだねえ……私の裁縫スキルはそんなに役に立ったことはないんだけどねえ……」
ビンケルが笑顔で両親に言った。
「これで共有井戸を使う手間が省けるだろう。遠慮せずに使ってくれよ」
そう言ってさっさと家を離れていった。シャーリーが『もういいんですか?』と聞いたが『十分だ』と答えが返ってきて俺たちは帰宅した。
「では井戸の出来に問題はありませんね?」
「ああ、本当に助かったよ」
「ところで、ご両親ともう少しお話ししなくてよかったんですか? 名残惜しそうにしていましたよ?」
「構わんよ、あのままあそこにいたら、あの井戸に金貨十枚も払ったのがバレるだろ。二人とも金にはうるさくってな、自分たちで払うって言い出すのは目に見えているからな」
ビンケルも別にがめついとか性格が悪いわけではないらしい。
「では、ご利用ありがとうございます! また井戸や建物を作りたくなったらいつでも頼んでくださいね!」
そう言ってシャーリーはビンケルを送り出した。金貨十枚という安くない金額を両親のために使うビンケルはどこか眩しかった。
「さて……お兄ちゃん、晩ご飯は何が御希望ですか? 結構なんでも買えちゃいますよ?」
シャーリーは早速さっきもらった金を使うつもりらしい。
「そうだな……たまには魚が食べたいかな」
「魚ですね! 任せてください!」
そう言ってさっさとシャーリーは買い出しに向かった。俺は料理がイマイチできないためシャーリーに頼りきりだ。もう少し頑張った方がいいのかもしれないな。
そしてその晩、川魚の塩焼きがメニューに出た。パンと合わせて健康的な食事を二人で楽しんだ。
「そういえばシャーリー、あの両親の前では金の話を全然しなかったな?」
金に汚いシャーリーならもう少し商売の売り込みをするかと思ったのだがな。
「あのご両親がお金に細かそうなのは雰囲気で分かりましたからね。私だって空気を読みますよ」
どうやらシャーリーは俺よりよほど人の機微というものが分かるらしい。分かった上で無視するのは質が悪いなとも思ったが、実際それで美味くいっているのだからシャーリーの方が正しいのだろう。
食後、風呂に入って代金について考えていたのだが、値下げは絶対にしないというシャーリーの方針が正しいのか答えは出なかった。
今日は何事もなかったなと思ってベッドに入ろうとするとむにゅと柔らかな感触があった。
「何をやってるんだお前は」
ベッドの中に潜り込んで待機していたシャーリーにそう尋ねると……
「お兄ちゃんがベッドで寒い思いをしないように温めてあげていたのですよ!」
「ああそう、ありがとう。じゃあ出てってくれよ」
ベッドからシャーリーをつまみ出して俺は今度こそ眠ることができた。
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