第21話「妹の営業」

「お兄ちゃん、おはよう!」


 元気なシャーリーが俺を起こしてくれた。そういえば隣で寝てるんだったな。


「おはよう、平和だな」


 まさか昨日大量のゴブリンが挽き肉になったとは思えないほど平和な朝だった。ゴブリンだったものとは遙かな距離があるので皆あそこで何があったかを知らない。あの惨状を知っているのは自警団達くらいのものだ。だからこの町の大半の人が知っていることは、ゴブリンが向かってきていたと広報されたことと、次の日に大音響を響かせる機械が延々と稼働を続けていたということだけだ。


 わざわざなにが起きて、大量の生き物が肉塊になったという結果を大々的に宣伝する必要も無いだろう。皆知らないならその方が幸せなこともある、平和が一番に決まっているのだ。


「お兄ちゃんの偉業を表の貼り紙に追記しておきましたよ! これでお仕事がたくさん舞い込んじゃいますね!」


「なにしてくれちゃってんのお前!?」


 無茶をしてくる奴だ。町の人が不要に不安がってしまうだろう、そういうことをやめようと配慮は欠片もない様子だ。


「お兄ちゃん! もっと宣伝を頑張るべきですよ、お兄ちゃんは控えめが過ぎます!」


「お前が自己主張強すぎるんだよ」


 俺と兄妹のはずなのにどこまでも大きな自尊心を持っている妹は、どうやら俺の広報を積極的に行っていく方針らしい。お前はそれでいいのかも知れないが俺が望んでいるかどうかは微塵も気にしないんだな……


「まあいいや、とりあえず朝ご飯にしよう」


 俺は全てを諦めて朝食を食べることにした。昨日のできごとの真実を知る人はそれほどいない。ならばきっと誇大広告程度にしか思われないのではないか。そもそもシャーリーは話を膨らませるのが得意なのだから広報をしたところでどこまで信用されるかどうかは怪しいところだ。


「朝ご飯の準備も出来ていますよ! 今日の朝食はステーキです! 臨時収入もあったことですしパーッと使わないとね」


「今さら節約しろとか言う気はないが、お前朝起きて一番にステーキを食べて腹が驚かないのか?」


 朝食向きの料理ではないと思うのだがそれでいいのだろうか? いや、妹の腹が強靱なものだというだけなのかもしれないけれどさ。


「お肉はメンタルに良いんですよ? お兄ちゃんも何でだかはさっぱり分かりませんが、落ち込んでいるなら肉を食べましょう!」


 妹はどこまででも前向きで、昨日の惨状を見てもまだ翌日に肉が食えるということは、強いのは腹ではなくメンタルなのだろうなと思う。あの肉塊の山を見てまだ肉を食べたいと思えるメンタルは羨ましかった。


「さあさあ、お兄ちゃんと美味しい朝ご飯を一緒に食べましょう!」


「分かったよ、今行く」


 俺もベッドから降りてキッチンに向かう。肉の焼けた香ばしい匂いがしてくる。


 ドアを開けるとテーブルの上によく焼けた肉が皿に置いてあり、牛肉のステーキかと思ったのだが、付け合わせの野菜のところに焼いた鶏肉が置いてあった。どうやらとことん肉だけの食事をするつもりらしい。


「じゃあ食べるとするか」


「はい!」


 良い笑顔で肉を頬張るシャーリーにつられて俺も肉を切り分けて口に運ぶ。確かにこれは美味いな、良い肉を使っている。


「お兄ちゃん、美味しいですか?」


「ああ、とても美味しい。ゴブリンの死体を見た次の日だっていうのに牛や鳥の肉は美味しいんだよなあ……」


 同じ死体であってもゴブリンと牛の肉は別物だ。敵を肉塊に変えて放置したというのに食用の肉は美味しく食べることが出来る。人間とはとことん罪深い種族なのかもしれない。


「注文が来るといいですね!」


「どうだろうな……都合良く注文が来るものかね」


「来ますって! 昨日のお兄ちゃんのものすごい活躍を知っていれば絶対注文したくなりますって!」


「お前、どんな宣伝をしたの?」


 シャーリーはなんでもないことのように答える。


「『町をゴブリンから救った英雄の提供する物件!』と追記しただけですよ?」


「ものすごい追記の内容が重い!」


「救町の英雄が地味だったらがっかりするでしょう? もっと喧伝をするべきですよ」


 断言するシャーリーにもはや言葉で説得しようとするのは無理だと判断して、なるべく考えないように食事を再開した。


 深く考えず食事をしていると玄関のドアがノックされた。どうやら今日も慌ただしい日になるようだ。窓の外の青空が、昨日の惨劇なんてなかったかのように地面に光を届けていた。

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