第20話「ゴブリン、消し飛ぶ」
どごおおおおおおんん!
その日は砲撃の音が目覚ましになった。どうやら予想よりやや早くゴブリンどもがこの町の近くまで来たらしい。
「お兄ちゃん、なんですか今の音は!?」
「砲台の音だろうな。随分派手にぶっ放しているらしい」
「追い払えますかね……?」
「追い払えるわけないだろう、連中は全て消し飛ぶさ、逃げられる奴など残しはしないよ」
ガガガと乾いた音も響いてくる。トーチカや対物ライフルの音だろう。俺たちは自分のしたことを最後まで見届けるために武装された町の北まで向かった。
「お兄ちゃん、ゴブリン達はどうなっていると思いますか?」
「逃げたやつがいないことを祈るよ、きちんと全滅させないとな」
ゴブリン達は根絶やしにしなければならない。また繁殖して襲いかかってこられても困る。ゴブリンは雑魚だが繁殖力は非常に高い。根絶やしにして当分は襲いかかってこないようにしなければならない。
「お兄ちゃん、案外過激派なんですね」
「心配の種は残しておかない方が良いだろう?」
「ゴブリンも大概気の毒ですね」
襲いかかるというのは反撃もされると言うことだ。多少過激だが人間だって死ぬわけにはいかない、ゴブリンに知恵はないかもしれないが、人間にここまで過激に反撃されるとは予想もしていなかっただろう。
町の入り口に着くと全ての兵器が稼働しておりトーチカの機銃も対物ライフルもガンガンとはるか遠くに弾を撃っており、ペースがやや遅く固定砲台は鈍い音を立てながら定期的に発射している。
「ゴブリンの群れなんて来ないな」
集まっていた自警団の一人がそう言った。見えない距離から攻撃を受けているゴブリン達もなにが起きているかは理解していないだろう。なにが起きたかも分からないまま視界の果てから来る見えない速さの弾丸に体を削られていく。想像するにも恐ろしい相手を敵に回してしまったゴブリンに同情さえする。
「多分地平線の向こうが血の海になってますよ」
「さっきから動いているコレの仕業か?」
男は対物ライフルを指して言う。
「そうですね、他のものもいくらでも撃てるのでゴブリンごときに耐えられない攻撃が雨のように降っているでしょうね」
自警団の皆が黙りこくって、ゴブリンの襲ってくると予想されていた方向を見ていた。その方向に飛んでいく弾を眺めながら、町が死んだように静かなことに気がついた。
「随分と町も静かですね、全員避難させたんですか?」
俺は自警団の人にそう尋ねると『いや、自宅から絶対に出ないようにと言いつけてある』と言われた。
「私たちはそれを聞いてないんですけど?」
「そりゃそうだ、お前達兄妹にはゴブリン討伐に関わってもらう理由があるからな」
気楽そうにそう言う男を見てから、ややペースの落ちた対物ライフルを見る。おそらくゴブリンの数が減ってきたのだろう。トーチカの稼働もやや落ちてきている。
「この装備は一体なんなんだ? ゴブリンを全滅させるほどの威力があるのか?」
そう言って対物ライフルに触ろうとする男を止めた。
「触らない方が良いですよ、多分それは銃をはるかに巨大にしたものですから」
驚愕した男が俺に訊ねる。
「コイツは銃なのか? 一度現物を見せてもらったことがあるが、そいつは手で軽く持てるようなものだったぞ? これはまるで馬車を打ち抜くように作られたものじゃないか!」
「そのくらいのものは打ち抜けるでしょうね。ですからこんなものを使用したことは内密にお願いしますよ?」
「あ、あぁ……分かった」
口止めは大事、どうせいずれは漏れる情報でも出来る限りは蓋をしておいた方が良い。ゴブリンが何匹消えようと知ったことではないが人間の恨みは買いたくないからな。余計なことを自由に喋られては困る。
ガシュン……ぷしゅう
音を立ててトーチカの機銃も対物ライフルも動きを止め、固定砲台も次弾を撃たなくなった。どうやらゴブリンの殲滅が終わったらしい。
「お兄ちゃん、これは終わったって事でいいんでしょうか?」
「多分な……ゴブリンの生き残りはいないだろうな」
自警団の人たちに『もう危険は無いのでゴブリンの襲来してきた方に行ってみましょう』と提案した。この町からは何一つ見えなかった。まるでゴブリンなど存在していなかったかのように綺麗な平原が広がっている。
「あ、ああ分かった。検分に行くとしよう。もう一度聞くが危険は無いんだな?」
「ええ、ゴブリンはもう居ない……いえ、死体になってころがっているでしょうね」
それを聞いて自警団は観測拠点の方へ向けて進んでいった。俺とシャーリーも関係者と言うことで同行する。しばらく歩くと視界の中で向こう側が朱く染まっているのが見えた。動くものの影は見当たらないので根絶やしに成功したのだろう。
「うぇ……ゴブリンでも死体はキツいな……」
「吐くなよ新入り」
自警団の隊長がそう言って慣れた顔でゴブリン達の肉片を調べていく。ここにはゴブリンの死体はなく、機銃の射撃で挽き肉状にされた肉片がほとんどだった。
「すさまじい威力だな……」
「でしょう! お兄ちゃんの力を見ましたか!」
こんな場でも自信と気分の高揚を隠さない妹の度胸に驚きながら、ゴブリンの生き残りがいないことを確認して町への帰還となった。
町に着くなり昨日作った防衛設備を全て破棄した。綺麗な光の粒子になって崩れ去っていくそれらを見ながら、皆があきれかえっていた、シャーリーを除いてだが。
「では報酬を頂きましょうか! アレだけのゴブリンを倒したのですからそれなりに頂けますよね?」
「ああ、もちろんだ。きっちり支払わせてもらう。銀行へついてきてくれ」
そして銀行に着くと俺たちは金貨三百枚をもらった。シャーリーの要求は金貨千枚だったが、『ゴブリン一匹に金貨一枚は払えないだろう?』と言われて渋々報酬の減額を受け入れた。
金貨を前部持って帰ると言うシャーリーをなだめて銀行に預けたまま、幾ばくかの金貨だけを持って帰った。
「お兄ちゃん、これで町の有名人ですね!」
喜んでいるシャーリーを横目に、俺はそんなに有名になりたいとは思っていなかった。このスキルは危険すぎるのではないだろうか? その疑念が頭から離れず、なかなか気が晴れなかった。
「まったくもう……お兄ちゃんは英雄なんですからもっとドーンと構えてくださいよ? しょうがないですね、美味しいご飯を作ってあげますから元気を出してくださいよ」
そう言ったシャーリーの作った料理は確かに美味しかった。俺は風呂に入って考えがまとまらないままベッドに倒れ込んだ。
「うー……良かったのかなあ」
コンコン
ドアがノックされた。いつもならノックなど無しに飛び込んでくるシャーリーにしては異例のことだ。
「何か用か?」
ドアを開けて入ってきたシャーリーは普通の服を着て俺のベッドの隣の床に布団を敷いた。
「今日はここで寝てあげます」
「なんで……」
「お兄ちゃんが不安そうだからですよ」
その言葉にこみ上げてくる者があったのでシャーリーの反対側に寝返りをうっていった。
「ありがとな……」
「ええ、早く元気を出してくださいね」
その晩は妙に月の綺麗な夜だった。
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